7月26日[月] フォーチュン田中さん

 駅で切符を買っていると、勝手に自分の足がジャンプした。何事かと思って周りを見ると、同様に人々がジャンプしている。


 ホームのベンチに腰かけていたのが地元テレビ局・SUFUテレビなどでレポーターをしているタレントのフォーチュン田中さんだったので合点がいった。


 あんまり声をかけないほうがいいのかなと思いつつ、さっきのことがあったから恐る恐る話しかけてみた。

 改札でみんながジャンプしていたことを伝える。


「あ、やっちゃった?ごめんねぇ」とフォーチュン田中さんは苦笑い。「階段を駆け上がってる時、気を抜いちゃっててさ。気は付けてるんだけどね。階段はね~」とのこと。


 地団駄を踏むように足を踏み鳴らすと周囲の人々をジャンプさせる能力。これは、お笑い芸人トリオ・ダチョウ俱楽部の上島竜兵さんの持つ能力である。

 フォーチュン田中さんが若かりし頃に上島竜兵さんの弟子だったことは周知の事実である。


 フォーチュン田中さんはテレビ以上に気さくな方で、電車が来るまでの間、おしゃべりに付き合ってくれた。


 それにしても、あんな離れた場所の人間もジャンプさせられるとは知らなかった。


 だけど、フォーチュン田中さんは「師匠(上島さんのこと)はもっとすごいよ」と言っていた。

 上島さんは、テレビでは舞台上の特定の人だけをジャンプさせているが、そうやって多くの人の中から特定の人物だけを跳ばすのはかなりの訓練がいるらしい。


「師匠は、その気になれば東京ドーム内の人たちを一斉に跳ねさせるくらいの能力はあるのよ、実はね。セーブしてんの」と、フォーチュン田中さんは語っていた。


 ほかにも、東京時代の色んな楽しいエピソードを聞かせてもらえた。当然、他人に話せる範囲のことだろうけど、その内容は、日記にも書かずに、自分の胸の内に留めておこう。


 少しして、フォーチュン田中さんの乗る電車が来てしまった。


 わたしは、追いすがるようにフォーチュン田中さんの背に声をかけた。どこかもじもじしながら例のギャグをお願いしてみた。

 もし会えたらずっとやってもらいたいと憧れていたギャグがあるのだ。実は、フォーチュン田中さんがホームにいると分かった時点で淡い願望を抱いていた。


 フォーチュン田中さんは、快くうなずいて「ふぉ、ちゅ~ん👉」をやってくれた。両手で指矢印(👉)を作り、それを相手に向けて放つギャグだ。いつもテレビで見ている。


 やった!フォーチュン田中さんから、フォーチュンを注入された!


 このギャグ「ふぉ、ちゅ~ん👉」でフォーチュンを注入された人には、ささやかな幸運が訪れる。フォーチュン田中さんの能力だ。

 例えば、小銭をデトックスしたくて小銭で払おうとして「1円足りない……汗」となっても、最終的に1円が出てくるとか。

 野菜室に買い置きしていた野菜が、腐るのがほんの少し日持ちするとか。

 サンダルに挟まった小石が取り除けないまでも、あまり痛くない位置に移動してどうにか落ち着くとか。


 芸人を夢見たが、東京では芽が出なかったフォーチュン田中さん。だけど、こうやって地元に戻って、ささやかなフォーチュンを人々に配っている。わたしも頑張っていこうと思った。

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