「夜、寝起きて飲む…」

 喉が、渇いた。


 少し前から、ベッドの上で、天井に揺らめく カーテンの隙間から差し込む薄明かりを見上げている。


 そのまま寝てしまおうと思ったが、どうにも喉が渇いている。自分の感覚以上に、身体は水分を欲しているようだ。



 寝室のある二階から、ゆっくりと一階へ降りていく。

 冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのペットボトルを取ろうとして手が止まった。サイダーのボトルが目に入ったからだ。


 虫歯を気にする自分がいるが……。いや、いいや。


 サイダーを手に取った。

 コップに注いで、一口飲む。


 うまい……!


 嘆息が、震える息となって鼻から抜けていく。

 乾いたスポンジのような身体に、水分とともに炭酸の泡と甘みが染みわたる。細胞が爽やかな甘い泡に洗われて、喜びに躍っているようだった。


 長く尾を引く満足げなため息が口から出てきた。


「『夜、寝起きて飲む水』か」


 枕草子の一節が、ふと頭に浮かんだ。

 清少納言がサイダーを口にしたらどう表現したのだろう、などと思いつつ、コップを洗おうと蛇口に手を伸ばす。


 そこで、初めてヤツに気づいた。明らかなる生命の気配がそこにはあった。生体反応を前に全身が寒気立つ。


「いやっ!」


 思わず自分の中の乙女が悲鳴を上げてしまった。


 蜘蛛である。割と大きめ。サイズ感でいったら500円玉よりちょっとデカい感じだ。足の長い、このまま放置したらそのうち手の平を超えるサイズに成長するであろうことが容易に予測できる、そんなタイプの蜘蛛だ。


 どうしよう……。


「……」


「……?」


「あ」


 間の抜けた声が出た。

 それは、トマトのヘタであった。

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