第28話「おこづかい」

「――えっ!? 俺転校しないんですか!?」


 あの後同級生たちに返信をしまくっていた俺は話があると夜見さんの部屋に呼び出され、その際に言われた内容を思わず聞き返してしまった。


「うん」

「いや、うんって……! えっ、今までのくだりなんだったんですか!?」


 悪びれる様子もなく頷く夜見さんに俺はツッコまずにいられなかった。

 この人の専属護衛になることが俺の望みを聞いてもらう条件だったわけで、それには俺が夜見さんの元に行かなければならない。

 だから転校云々の手続きを全て終わらせたはずなのに、それが全て白紙に戻らされたとはいったいどういうことだ?


「必要がなくなった。ただそれだけの話」

「い、いったいどういうことです……?」

「すぐにわかる。――あぁ、そういえば頼人のお父さんから伝言を預かってた」

「伝言……?」

「うん、明日大切な人に会わせたいから帰って来てほしいって言ってた」


 夜見さんから父さんの伝言を聞き、俺はすぐにピンッと来た。

 前に父さんは再婚すると言っていたため、ついにその時が来たということだろう。


「わかりました。それにしても、いきなりですね……」

「君が一ヵ月間閉じこもってたからね。これでも待ってくれてたみたいだよ」

「なるほど――って、閉じこもってたって言い方やめてもらえません?」

「でも事実」

「正確には閉じ込められていた、かと」

「さほど変わらない」


 いや、全然違うと思うのだが?

 閉じこもってたってなんか引きこもりみたいじゃないか。

 そのまま父さんに伝えられたら普通に俺がぶん殴られるレベルだぞ。


「明日朝から移動だから、準備しておいて。もうこっちには戻ってこないから忘れ物しないようにね」

「はぁ……って、本当に護衛の件はどうするのですか!?」


 父さんからの伝言で忘れかけていたが、うやむやにされそうだった護衛の件を慌てて聞き直す。

 すると夜見さんはとてもめんどくさそうな表情をした。

 めんどくさいから思い出すなとでも言いたげな表情だ。

 この人は普段こういった感情は表情に出さないため、これはわざとやっていることがすぐにわかる。

 どうやら夜見さん的には触れられると都合が悪いらしく、もうその話題をしてくるなということらしい。


「――お嬢様、さすがにちゃんとご説明されたほうがよろしいのでは……?」


 俺たちのやりとりを見かねたのか、ここまで黙り込んで事の成り行きを見守っていたメイドさんが口を挟んでくれた。

 どうやら彼女は事情を知っているらしい。


「やだ」


 しかし、夜見さんは話してくれないようだ。

 こうなってくるとなんだかとんでもないことが隠されている気がする。


「お、お嬢様……?」

「…………」


 夜見さんの反応に戸惑うメイドさんに対し、夜見さんは無表情で牽制をした。

 それでメイドさんは何も言えなくなってしまう。


 いや、うん。

 本当に何を隠しているんだ、この人……。


「あの、夜見さん……?」

「君は気にしなくていい。大丈夫、ちゃんと約束は守ってもらうから」


 うん、全然大丈夫に聞こえないのは俺だけだろうか?

 この状況でどうやって約束を守れと?

 まさか、夜見さんがこちらに来るのか?


 ――いや、無理だろ。

 だって夜見さんが今通っているのは大金持ちが通う学校で、同世代の金持ちたちと繋がれる最高の場所だ。

 そして、彼女自身東京でいくつもの会社を経営している。

 そんな彼女がこちらに来られるはずがない。

 夜見さんのお父さんだって絶対に了承しないだろう。


 となれば、本当に夜見さんは何を考えているのか。

 この人は頭の出来が違いすぎて俺も読み取れないことが多い。


 ……結局、どれだけ考えたところでこうなっては答えなんてわからないんだ。

 もう探るのはやめておいたほうがいいだろう。


「わかりました、あなたの指示を待ちます」

「ん、いい子」

「俺は子供ですか……」


 歳は変わらないのにまるで子供扱いしてくる夜見さんに思わず苦笑いが出てきた。

 この人はたまに子供扱いしてくるところが困る。

 身長や見た目的には俺よりも夜見さんのほうが子供に見えるだろうに。


「何? 言いたいことがあるのなら言っていいよ?」

「いえ、夜見さんのほうが子供――」

「それが君の最期の言葉になるかもしれないけどね」

「なんでもありません……」


 夜見さんからニコッととても素敵な笑みを向けられた俺は、とてつもない寒気に襲われて慌てて口を閉ざした。


 そうだった、この人の『言っていい』という言葉は『覚悟があるのなら・・・・・・・・』という言葉が前に隠されていることを忘れていた。

 下手なことを言えばどんな目に遭わされるかわかったもんじゃないのだ。


「…………」


 夜見さんの笑顔に戦慄しているとメイドさんが憐れむような表情で俺の肩に手を置いてきた。

 うん、この人の目から見ても俺はなかなかに酷い扱いをされているらしい。


「馬鹿なこと言ってないで明日は早いから早く寝るといい」


 夜見さんはそれだけ言うと、無防備にもベッドの上に寝転がった。

 どうやらもう眠たいらしい。

 このフリーダムなところも相変わらずだ。

 前に一年経っても頑固なところは変わらないと夜見さんに言われたが、この人の自由さも変わっていない。


 多分これから俺はこの人に振り回されることになるのだろう。

 転校という話も水に流れてクラスメイトたちにどういう表情で会えばいいのかわからないし、明日は父さんの再婚相手に会わないといけないということでなんだか頭を抱えたくなってきた。


「……ん、これあげる」


 これからのことに一人苦笑いをしていると、何やら夜見さんがベッドから起き上がって俺に封筒を渡してきた。


「これは?」

「おこづかい」

「…………」


 中身を見てみると、お小遣いというだけあって確かにお金が入っていた。

 だが、一万円札が十枚というどう考えてもお小遣いじゃない金額が入っている。


 俺はソッとその封筒をメイドさんに渡して、そのまま部屋を出て行くのだった。


 ――いや、うん。

 こんな大金受け取れるわけないじゃないか。

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