第28話 まさかの登校
気が付くと俺は俺は暗い天井を見上げていた。
カーテンから光が漏れてきている。時計を見ると、朝の7時だった。
…………。
ついさっきまで見ていた夢のことを思い出す。
倉敷さんが言ってくれたこと。姉ちゃんがしてくれたことを俺がする……か。
そして最後には、笑顔でさよならを言ってくれた倉敷さん。
彼女は俺と同じように別の世界からあの世界にやってきた人間なのだろうか、それともあの世界でのみ存在する人間なのだろうか。
結局わからなかった。
でも、今度こそもう会えないんだろうな……。まだまだ話したいことはたくさんあったのに。
なんでだろうな。こんなにも倉敷さんが恋しいのは。
もしかしたら倉敷さんは、俺にとってとっくにただの夢の少女なんかでは、なくなっていたのかもしれないな。
…………。
なにはともあれ、倉敷さんが俺のためにいろいろ考えてくれたんだ。俺も行動で示さなければならないな。
俺はとりあえず起床し、自室を出る。
こんな朝早くから起きたのは実に数ヶ月ぶりになる。目指す先は、姉ちゃんの部屋だ。
昨夜から部屋に閉じこもりっきりで出てきていない。もしかしたら、このまま俺以上の真性ニートになってしまうかもしれない。
だから起こしてやるってわけだ。俺は姉ちゃんの部屋をどんどんとノックする。
「おい、姉ちゃんよ。遅刻するぞ早く起きろ」
大声で叫んでみる。
返事がない。もしや屍にでもなってしまったのだろうか。
……それ死んどるやん。
まさか本当に? 俺はどんどんノックする。
「おい姉ちゃん! 生きてるのか!?」
それでもやっぱり返事はない。いつもの姉ちゃんなら「うるさい!!」と怒鳴ってきてるところなのに。
どうしよう。俺のせいでまさかリスカでもしたのか。いや、さすがにそれは。
くっ、こうなったら。なんとかして引きずり出すしかない。
「姉ちゃん! 俺学校行くからついてきて! 一人で行くの怖いからついてきてくれー!」
「へぇー。じゃあそこまで言うなら仕方ないねー。ついて行ってやるよ」
いきなり後ろから声をかけられた。振り向くと、制服姿の姉ちゃんがにやにやしながら立っていた。
「え!? なんでいんの!? 引きこもってるんじゃないの!?」
「あんたじゃないんだから、引きこもってなんかいられないよ」
姉ちゃんはちょっとあきれたような、あるいは照れ笑いのような表情を見せる。
なんだかんだでいつも通りのようだった。何だ。心配して損した。
「あー、じゃあ俺は寝なおそうかな。おやすみ」
俺は自室に戻ろうとすると、後ろからグイッと首根っこをつかまれた。
「ちょっと待ちな。あんた学校行くんだろ。寝るんじゃなくて、制服着てこい」
「あー、いや、あれはその、言葉のあやと言うか……」
「着てこい」
姉ちゃんが笑いながらギロッと睨みをきかせてくる。
「…………」
……ぐっ……どうする!? このままでは学校まで連行されてしまう。
そうなったら終わりだ。何か手はないか、何か!
…………そうだ!
「ぐっ、ぐぉあっ!! ああっ、な、なぜか急に腹が!!」
俺は腹を抱えてものすごく痛そうに悶絶してみる。
「学校行きたいのに、い、行きたいのにー! この腹痛では無理だ!」
「制服着てこい。ほら、見ててやるから」
どうやら俺の迫真の演技は全然通用しなかったようだ。
姉ちゃんはニコニコ笑みを浮かべて俺の部屋の扉を開け、俺を部屋の中に放り込んだ。
そして扉の空いた入口で腕くみして突っ立って俺を監視してくる。
「…………」
結局、俺は制服に着替えさせられた。
もちろん、着替え中の一部始終は姉ちゃんに全部見られた。と言うか、俺がもたもたしていたら、子供かお人形よろしく着替えさせられた。
そして今、朝の通学路を姉ちゃんに引きずられつつ、しぶしぶ歩いている。
か、帰りたい……。
なにせ、周りには俺たちと同じ制服を着た高校生がうじゃうじゃといるのだ。
地獄だ。針のむしろだ。おうちに帰りたい!
なんかもう、トラックでも突っ込んでくればいいのに。そして異世界に転生して俺TUEEE無双するんだ……。
大丈夫。痛いのは一瞬さ。このまま学校行くよりはマシ。
「智也」
俺が額に青筋を立ててつつ足を重々しく運んでいると、姉ちゃんが急に俺の名前を呼んだ。
「な、なんだよ……」
「ありがとね。私のこと心配してくれたんだろ?」
そして、ガラでもなく俺に礼を言ってくる。
「なんだよ気持ち悪い。礼はいいから早く家に帰してくれ」
「それはそれこれはこれ」
さらには、にかっと笑ってそんな酷いことを言ってくる。
ええ……。そこ一番重要なところだろ……。やっぱ、こいつは普通に横暴なんじゃね。
そして、いつの間にやら高校の校門前に到着してしまった。
ここをくぐるのか。すさまじいなあ。
「まったく、挙動不審にオドオドするんじゃないよ、恥ずかしい……あ、結菜ちゃん。おはよう」
姉ちゃんが手を挙げて挨拶したを見てみると、登校する人波の中に香川さんの姿があった。
「おはようございます楓先輩……って、美作君! どうしたの、学校来るなんて」
香川さんは驚愕の表情で大丈夫? と言わんばかりに心配そうな目を向けてくる。
いや、心配してくれるのは有難いんだけど……なんか、これはこれである意味酷くね?
「結菜ちゃんだって風邪ひいてたんでしょ。もう体は大丈夫なの?」
「ええ。おかげさまで。……それより美作君、もう平気なの?」
「全然平気じゃない! 今すぐにでも家に帰りたい!」
「ははっ、そうだよねぇ」
不登校経験者だからか、香川さんはわかるわかると言わんばかりにうなずいている。
「まあでも、教室に入っちゃえば意外とどうにかなるもんだよ」
「あ、じゃあ結菜ちゃん。こいつのことお願いできる?」
「はい」
「ごめんね、いつもいつも」
そう言って、姉ちゃんは校舎の中へ消えていった。
「私たちも行こう」
「あ、ああ……」
そしてついに来てしまった1年1組の教室。
香川さんが教室の扉を開け、それに俺が続く。
教室の中を見れば、グループを作ってだべっている奴やひとりでボーっとしている奴など、一学期まで毎日のように見てきたちょっと懐かしい光景が広がっていた。
その中には、あの今田たちの姿もある。
俺が教室に入るや否や、教室内にいた奴らのうち数人が珍しいものを見るかのようにこっちを見てきた。
「おい、お前ちょっと声かけて来いよ」
「えー、やだよ。お前行けよ」
なんて小声も聞こえてくる。
ただ、そういう風にクラスの奴らが俺に関心を示したのも一瞬の話で、ほとんどの奴はすぐに視線を元に戻した。
ん、まあ、こんなもんだろうけど。
「あ、美作君の今の席はあそこね。私はその隣」
と、香川さんが指さしたのは窓際の一番後ろの席。
お、おう。ラノベとかでよくある「あの」席じゃないか。
入学して早々の時は席が出席番号順だったから、俺はその右隣だったんだっけ。隣の横山君のことがちょっとうらやましかったもんだが、いつの間にか念願かなってたらしい。
とりあえず、俺は今現在の自分の席だというその場所まで行って腰を下ろした。
「ああそうそう。香川さん、これ」
俺は思い出したようにカバンから印刷した数枚の紙を取り出し、右隣りの席に座った香川さんに手渡した。
「え、なにこれ」
「小説。ちょっと書いたから持ってきた。まだ設定と簡単なプロットしか書いてないけど……」
「あ、うん。じゃあ、さっそく読んでみてもいい?」
「ああ……、お手柔らかにお願いします……」
香川さんは俺の小説の設定とプロットに、さらさらと目を通し始めた。
……その顔が、徐々に驚愕の表情へと変わっていく。
え、なにその反応。もしかして俺、知らず知らずのうちに神作書いちゃったとか?
「…………美作君、この倉敷碧って……」
「ああ、それな。俺がほぼ毎晩見ていた夢が元ネタ……て言うかまんまなんだわ」
「……誰かから聞いたとかじゃなくて?」
「へ? いや、そんなことないぞ。俺の全くのフィクションだ。100パーセントオリジナルのフィクション」
「そんなはずない」
どうしたというのだろう。香川さんの様子がちょっとおかしい。
「あー、えっと、どういうこと?」
「……この倉敷碧は、私のお姉ちゃんだよ……。絶対そう」
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