境面世界にて ~クラスの雑魚キャラで引きこもりな俺氏、ついにヒロインと出会う~

まき

第1話 夢の始まり

 気が付くと、俺は白い天井を見上げていた。


 どうやら俺は、自室のベッドに横たわっているようだ。開け放たれたカーテンからは、明るい日差しが入り込んできていて、少し眩しい。

 でも、指一本動かすことができない。体が言うことをきかない。

 ああ、またか。なんて思う。

 最近よくあるのだ。世間一般では、こういう現象を金縛りと言うらしい。

 なんでも幽霊に憑りつかれてかれているから、体が動かなくなっているとかなんとか。

 だがあいにく、幽霊らしき輩なんて出てこない。ただただ、自室の天井や壁を見せられているだけだ。

 実際には普通に寝ていて、単に夢を見ているだけらしい。

 それは体感的には夢を見ていると言うよりは、閉じた瞼が透けて見えているようなものと言った方がしっくりくる。

 夢を見ているときに特有の、なんだか体がふわふわと宙を浮いているような、不思議な感覚もある。

 俺はその感覚に身をゆだねるようにして、天井の模様を見つめ続ける。こうして天井を見上げていると、ふと思うことがある。


 この世界でのこの部屋の外は、いったいどうなっているのだろう。


 何せ毎回、ベッドの上からでしかこの世界を見たことがない。

 どうせなら、この世界を歩き回ってみたい。何とかして動けないかなあ、なんて思わないでもない。

 とりあえず気合を入れてみよう。はぁぁぁぁぁ!!

 俺の体が闘気の奔流に包まれていき、筋肉がムキムキに変化していく!!――わけはない。体はうんともすんとも言わない。

 まあ、いろいろやってみよう。俺は深呼吸をして、体の力を抜いてみる。

 すると不思議なことに、割と簡単に上体を起こすことができた。

 こうして自由に動かせる体を手に入れた俺は、そのまま布団をどけてベッドの脇に立ち上がる。

 これでこの世界を自由に動き回れるぞ。



 とりあえず、部屋の外に出てみよう。

 俺は自室のドアを開け、廊下に出てみた。

 部屋の外もやっぱり現実そっくりだ。違うところはと言えば、窓の外に見える道路に車が一台も走っていないところだろうか。

 俺の家の前を走っている道路は、けっこう交通量が多い。昼間なら通行人もそこそこいて、もちろん自転車に乗っている人もいる。

 いつも見ているのがそんな光景なので、静かな道路はすごく新鮮に映る。

 俺はしばらくぼーっと窓の外を見ていたが、ずっとこうしているのも何なので、家の中を見て回ってみた。

 どこもかしこも現実とほぼ同じ。よく見ると小物の配置とも違うところがあるが、正直大した違いでもない。

 大きな違いはと言えば、誰もいないということだろうか。

 時計を見るにこの世界では今は八時頃で、いつもなら居間に行けば家族が朝食をとっている最中のはずだ。

 なのに誰もいない。まるで俺以外の人間が、突如として消え失せたかのようだ。

 


 この際なので、外も散策してみることにした。

 すると、空気がうだるような暑さに変わった。そういえば、さっき見たカレンダーは九月のものがかかっていた。こんな空気感まで随分とリアルだ。

 さて、どこに行くか。

 どうせなら、普段行かないようなところに行ってみようかな。とりあえず、歩いてどこかへ行ってみるか。

 しかしまあ、本当に人っ子ひとりいないな。それどころか猫や犬もいないし、鳥も飛んでない。

 実に不思議な空間だ。

 ちなみに服装はパジャマのままだ。細かいことは気にしなくてもいいだろう。夢だし。



 …………。

 そして、なんとなく来てしまった。

 上ヶ崎高校。俺が通っている高校だ。

 いや、通っているは微妙に語弊がある。来たのは実に半年ぶりくらいだ。

 何もこんなところまで律儀に再現しなくてもいいんじゃないの。ていうか、何でこんなとこ来ちゃったんだろ。

 まあ、来たものは仕方がない。どうせなら、たぶん今日もぬけぬけと登校しているであろういじめっ子連中に、天誅をくらわせてやろうじゃないか。

 でもこの世界にあいつらはいないし、どうすればいいのだろう。

 俺はちょっと考える。とりあえず、教室の黒板に呪いの言葉でも書いてやろう。その後、あいつらの机を校庭に投げ捨ててやろう。

 よし、これでいこう。

 俺はさっそく校舎内に入り、半年ほど前まで毎日のように歩いていた廊下を進んでいく。


 ……リノリウムの床の感覚、久しぶりだなあ。


 カツッ、カツッという音を響かせながら足を進めていくと、ほどなく辿り着いた。

 四階の端にある一年一組の教室。俺が在籍しているクラス。

 なんとなく緊張する。これが夢だとわかっていても。

 俺は教室の扉に手にかけ、意を決して横に引いた。

 扉を開ければ、目の前に広がっていたのは何の変哲もない教室。

 なんだ、全然大したことないじゃないか。緊張して損した。


 さて、始めるか。

 俺はまず、黒板にいじめっ子連中の名前を書いて「氏ね!!」と大きく書く。

 …………。

 いやあ、気持ちいい。


 次に、いじめっ子連中の机を窓から放り投げることとする。

 とりあえず窓を開けて、ふと気づく。そう言えば、今の席順がどうなっているのかを知らない。半年もすれば、席替えくらいあるだろう。

 いや、細かいことはいいか。夢だし。


 と言うことで、俺の知っている席順に基づいて裁きを下すこととしよう。

 俺はひとつの机に手をかける。うっ……けっこう重い。

 俺はよたよたと机を運んで、窓の外に放り投げる。すごく疲れるぞ、夢なのに。

 少しの間をおいてガシャンと、机が地面にたたきつけられる音が響いてくる。

 おお、神の鉄槌がついに下され――


「何してるの?」


 背後からいきなり声をかけられて、俺は心臓が口から飛び出そうになるくらいびっくりした。

 声のした方を見ると教室の入口のところで、見知らぬ女子生徒がぽかんとした表情で立っていた。

 腰まで伸びた長い黒髪。整った目鼻立ちに、平均かそれより少し高いくらいの身長。

 一言で言おう。可愛い。なんだ、この夢の世界にもちゃんと人間もいるんじゃないか。しかもあんな美少女が。

 ……なんて考えている余裕もなく、


「あ、い、いや、これはその……」


 と、俺は思わず早口で弁明しようとする。

 いや、夢なんだし、別にいいだろ。

 そんなことを思った次の瞬間のことだった。

 急に目の前の景色が白んでいく。


「……何だ!?」

 

 そして、急激に意識が浮上していくような感覚に襲われた。


 ……ああ、そうか。

 ……これは、覚醒し始めているんだ。


『————!』


 彼女が何かを言っているのか、声が聞こえる。

 でももうよく聞き取れない。

 どうせなら、名前くらい聞きたかったな。

 夢が終わっていく。

 ………………。

 …………。

 ……。

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