第106話 記録。
夫の施設での様子を記録しておこう。
リハビリがメインだった老健から、今の施設に移って一か月以上経過。
うん。
徐々に日常生活動作が悪くなっている気がする。
施設側は、トイレでの排泄介助をやめたのだろう。
常時、紙オムツで対応しているようだ。
ただこれに関しては、私も仕方ないと思う。
体の大きい夫のトイレ介助は、女性一人では転倒のリスクがあるから。
さて、これはある日の出来事である。
夕飯のため、食堂へ夫を連れて行こうと介護士さん二人が部屋にやってきた。
私は、どのタイプの紙オムツをこれから購入するのがベストなのか、介護士さんに聞いてみた。
介護士さんは「わからない」という。
なんでも、施設の業務用の紙オムツを使うか家族が買ってきた物を使うか、本来ならその二択が紙オムツ対応らしい。
私はというと、施設の業務用の紙オムツだと費用が高くなるから、家族購入を申し込みしていた。が、何を買えばいいのかわからないので、ピタッと合うモノがわかるまで、施設のお買い物代行を頼んでいたのである。(こういうやり方は、本来ないのだという)
私としては、以前病院に紙オムツを買って持って行ったら、「これじゃなくてこういうのがいいんです」と買い直しがあったので、介護士さんが使いやすいものを購入したいという思いがあったのだが……
が、夫は尿漏れしやすいタイプで、かなりの枚数のパットを使っているらしい。しかも、ちょっと尿をしただけでも交換を要求する…… なんなら、夜中に交換してとナースコールが鳴ったけれど、してなかったこともあったらしい……
そんな感じで、どの紙オムツを買うのがいいのか、介護士さんにもわからないのだそうだ。
「……そうですか」
そう言って、うなだれる私。
そんな会話を、ポケッとした顔で聞いている夫。
夫に聞かせたくない会話だったなぁと思ったものの、紙オムツ問題は重要である。
その話が終わると、介護士さんは夫を車いすに乗せようとしていた。
「あっ、漏れてる」
夫は、おしっこをしていたらしい。
「こうして、三回ぐらい洗濯することもあるんですよ」
そう言いながら、介護士さんはズボンを脱がして濡れた紙オムツを外す。
イライラしているように感じられた。
「あっ、手袋するの忘れてた」
その介護士さんはそう言って、扉を開け廊下へ出た。
開けられたままの扉。
夫の股間も、オープンだ。
『……マジか』
呆然とする私。
もう一人の介護士さんが気づき、慌てて「ごめんなさいね」と言って性器を隠してくれ、ホッとした。
夫の『人としての尊厳』は、こうして消されていくのだろうか?
私は、夫を愛する優しい妻ではない。
それでも、そんな夫を見るのは辛かった。やるせなかった。切なかった。
なんともいえない暗い影が、私を包んだ。
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