綴り合う縁、これからも -1-

 お父様とお母様がやって来ました。

 いつか来るだろうなぁとは思っていましたが、即日だとは思いませんでした。


 アサギさんも――


「来るとは思っていたが……まさか、もう来たとは」


 ――と、おっしゃっていますし、同じ気持ちのようです。

 ……ふふ。お揃い、ですね。


「さぁ、部屋に案内しておくれ、ちゅ~たん」

「『ちゅ~たん』!? ……あぁ、そういえば、そんな話だったな」


 アサギさんがこめかみを押さえて眉間にしわを寄せています。

 すみません、お恥ずかしい親で。

 会食の時は外だったので『ツヅリ』と呼んでいましたが、基本的には『ちゅぢゅりたん』なんです。


「さぁ、ちゅ~たん。ワタクシたちの部屋はどこかしら?」

「お母様、どうしてそのことを? お父様も」

「なに、仮面の少女が教えてくれたのだ。ちゅぢゅりたんのお友達なのだろう?」


 エスカラーチェさんが?


「ちゅぢゅりたんは、ワタクシたちを嫌って家を出たのではない。その証拠に、ワタクシたちと一緒に住む部屋を用意してあると」


 確かに、わたしはお父様のこともお母様のことも疎ましく思ってはいません。

 でも、あのお部屋は……ただ寂しくて、いつか一緒に暮らせたらって、そんな妄想に逃げ込むために……だから、全然立派でもなくて……狭いですし、お父様とお母様がお過ごしになるには格が落ちるといいますか……


「ちゅぢゅりたんの思い出の場所でもあるから実家はそのままに、たまに泊まりに行くくらいはしてあげるといいと、彼女が言ってくれてな」


 お父様が、わたしの肩に手を乗せます。

 お母様は反対の肩に。


 そして、お二人してわたしの顔を覗き込んで、まぶしいくらいの笑顔でおっしゃいました。


「「だから、引っ越してきた」」

「『たまに泊まりに来い』って話だったんだろ!?」


 アサギさんの反論に、お母様は頬に手を添え呆れたように嘆息しました。


「たまに帰るわよ」

「比重、逆!」

「おぉ、そうだ。ではあの屋敷をそなたにくれてやろう」

「持て余す! 見たことないけど絶対持て余す!」


 確かに、あんな広いお屋敷にアサギさんお一人で住むのは大変だと思います。


「なに。屋敷のことは執事と給仕たちに任せておけば問題はない」

「それよりも、ワタクシたちに大切なのは失いかけていたツヅリとの時間を取り戻すことだわ」


 お母様の腕が、わたしを抱きしめます。

 優しく、温かく、とてもいい匂いがしました。

 そんなお母様ごと、お父様が抱きしめてくれました。

 大きな手で、太く頑丈な腕で、力強く。


「もう一度、家族をやり直させてくれないか」

「今度こそ、あなたを悲しませるようなことはしないわ」

「お父様……お母様……」

「「というわけで、屋敷の管理はよろしくね、従業員くん」」

「誰が出て行くものか」


 お父様たちとアサギさんが睨み合っています。

 エスカラーチェさんの時とは違い、少々険悪な雰囲気です。


「あ、あのっ!」


 お母様の腕から抜け出し、わたしは両親の前に立ちます。

 背に、アサギさんを庇うように。


「アサギさんは大切な人なので、離れ離れになると……あの…………わたし、悲しみます、よ?」


 言っていて恥ずかしくなりました。

 でも、真実です。


 朝起きて、アサギさんがここにいないなんて、そんなのイヤです。

 眠る前にアサギさんにご挨拶できないなんて、そんなの耐えられません。


「わたし、毎朝アサギさんのご飯を食べると、心に誓ったんです」


 そうでなければ、わたしの一日は始まりません。

 一日が始まらなければ、わたしの人生はそこで終わってしまいます。人生とは、一日一日の積み重ねなのですから。


「……この男、小癪な手を使いおって……っ!」

「ちゅぢゅりたんを餌付けするだなんて……っ!」

「「けど、ちゅぢゅりたんを悲しませたくない!」」

「仲いいな、この夫婦」


 背後から、アサギさんの呆れたような声が聞こえます。

 はい。アサギさんのおかげで、すっかり元通りの仲良し夫婦ですね。

 わたしも、初めて見ました。こんなに仲睦まじいお父様とお母様を。すごく嬉しいです。


「そういえば、お父様とお母様は朝食を済まされましたか? わたしたちも軽くしかいただいていませんし、もしよろしければご一緒にいかがですか?」


 今朝はわたしが焼いた焼き芋をはんぶんこしただけですし、アサギさんの手料理をまだいただいていません。

 やはり、朝はアサギさんの朝食がなければ始まりません。


 ――と、そんな思いからそう尋ねたのですが、直後にアサギさんの承諾を得ていないことに気付き、慌てて後ろを振り返りました。

 アサギさんを見ると、少し呆れたような顔で肩をすくめられてしまいました。


「分かった。すぐ作るから荷物を上に運んでおくといい」

「す、すみません、勝手に。あの、わたしもお手伝いを――」

「今日はいいよ」


 ぽんっと、わたしの頭を優しく叩いて――


「明日からも、ずっと一緒なんだから」


 そう笑ってくださいました。

 そんな言葉が、なんとも嬉しくて、むず痒くて、恥ずかしくて。


「……はい。一緒、です」


 自然と顔が熱くなりました。

 わたしの頬は今、赤く染まっていないでしょうか?

 照れているのがバレると、ちょっと恥ずかしいです。


「「ちゅぢゅりたん可愛い~、従業員くんは邪魔だけど」」

「うるせぇよ」


 わたしを挟んでアサギさんたちの視線が火花を散らします。

 なんだか取り合われているようで、気恥ずかしいです。

 ……アサギさんもわたしを欲しいと、思ってくださっているのだと思うと……顔が茹ります。


「で、では、荷物を置いてきますね。すぐ戻りますから、あの……」


 取り合われた後、両親と共にここを出て行くのは、なんだかアサギさんを蔑ろにしているように思われそうで――それは絶対に嫌なので――


「……待っていて、ください、ね?」


 そうお願いしておきました。


 なぜでしょう。

 アサギさんが拳を握って、小さくガッツポーズをされています。

 まぶたを閉じ、何かを噛みしめているように天を仰いでいます。


「行ってこい。美味い朝食を作って、……待ってるから」


 少しだけ間を開けて、待っていると言ったアサギさんの頬はうっすらと色付いていました。

 照れているアサギさん、可愛いです。


 いいものを見たなぁ~と上機嫌のまま、わたしは両親を三階へ案内しました。

 荷物の積み上がった散らかった部屋を見せて叱られはしないかと、ちょっとドキドキしてしまいましたが、何もない手狭な部屋が珍しいのか、二人とも部屋のあちらこちらを見てははしゃいでいました。


 ご飯を作るのにも時間はかかります。

 アサギさんを急かさないように、少しだけここで親子水入らずの時間を過ごしていきましょう。



 独りぼっちで過ごしていた静かな部屋が、今日はとても賑やかで、不思議と温かい色合いに染まっているように見えました。





「美味いではないか!」


 お父様がサツマイモのおにぎりを食べて感激されています。

 本来なら本日の朝食はベーグルだったのですが、お母様がアサギさんにおねだりしたようです。

 昨日、わたしが食べていたおにぎりが食べたいと。

 途中から姿が見えないなぁ~と思っていたら、アサギさんのところへ行っていたんですね……むぅ、わたしに内緒で。ズルいです。


「この甘い実がいい味を出しているな。なんといったか……?」

「これは、『サツマイモ』というのですよ、あなた。ちゅぢゅりたんの大好物ですわ」

「なっ!? なぜ我が知らぬことをそなたが知っているのだ!?」

「おほほほ。当然の知識ですわよ」


 アサギさんに聞いたんですね。

 勝ち誇るお母様の顔を、お父様が悔しそうに睨みつけています。

 あ、お父様の視線がアサギさんに移りました。


「卑怯だぞ、従業員くん! 我にもちゅぢゅりたんマル秘情報を寄越すのだ!」

「……仲良くしてくださいよ」

「仲は良いさ! 世界一愛している! ちゅぢゅりたんと同率一位だ! その上で、優位に立ちたいのだ、家長として! 夫として! 父として!」

「……子供か」


 駄々っ子なお父様に、アサギさんの素が一瞬顔を見せます。

 うふふ。アサギさん、他の人ならもっと砕けた口調で話されるのに、お父様とお母様にはことさら気を遣ってくださっているようです。

 すみません、お気を遣わせて。

 でも、なんだか……くすぐったいです。


「アサギさん。敬語が大変なら、普段通りの言葉でも構いませんよ」

「お前が敬語なのに、俺がタメ口きけるかよ……」


 手をひらひらと振って、気にするなと言ってくださいます。

 アサギさんのそばにいるのは、本当に心地いいです。

 わたしは……アサギさんにとって居心地のいい相手なのでしょうか?


 確かめたい……

 けれど、恥ずかしいですし、ちょっと、怖い……です。


「うむ、この料理は気に入った。従業員くん、お代わりを頼もうか」

「『従業員くん』をやめてくれたら考えますよ」

「お代わりだ、アサギくん」

「意外とあっさりと!?」


 くすっ。

 アサギさん、思わずいつもの口調がこぼれてますよ。

 こういう時にふと顔を覗かせる素の表情が、わたし、大好きなんですよね。


「あなたはどうします、お義母さん?」


 はぅっ……、アサギさんがわたしの両親を『お義父さん』とか『お義母さん』と呼ぶと、なんだか照れます。

 ただ、そう呼ぶ時の瞳がやたらと挑戦的なのはなぜなのでしょう?


「ワタクシは結構ですわ。その代わり、例のデザートをいただこうかしら」

「貴様ぁ、アサギ! 我に秘匿している情報はあといくつあるのだ!?」


 お父様がアサギさんの肩を掴んで激しく揺さぶります。


「も、もうない、もうないですから、やめ……激し…………えぇい、やめんか!」


 両腕を振り上げてお父様の手を振り払うアサギさん。

 あぁ、もうすっかりとアサギさんのペースですね。

 すごいですアサギさん。

 気難しいと恐れられているウチの両親のどちらとも、もうすっかり仲良しです。


「大学芋という、ツヅリの好物を用意してあります」


 大学芋!?


 以前、アサギさんが「こんなものを作ってみた」と食べさせてくださった、サツマイモの美味しいデザートです。

 あれがまた食べられるんですね!?


「「「…………」」」


 アサギさんと両親が揃ってわたしを見ていました。

 わたしの、頭の辺りを。


「では、それをいただこう」

「相当美味しいようですね」

「ご覧の通りですよ」

「はっ!? ヘアテールを見るのはやめてくださいっ」


 勝手に揺れ動くヘアテールを握って押さえつけます。

 仕方ないんです。嬉しい時には動くものなのです、これは!

 もう。……なんだか心を覗かれたようで、恥ずかしいです。


「あと、スイートポテトっていう新しいデザートを作ってみた」


 新しいデザートですか!?

 それも、お名前から察するにサツマイモのデザートのようですけれど!?


 ぱっと、胸の中に嬉しさが広がり、顔をアサギさんに向けると――また三人揃ってわたしの頭の辺りを凝視していました。首を上下に動かして。


「もう! 見ないでください!」


 髪型を変えようかと、ちょっとだけ考えてしまいました。



 大学芋とスイートポテトはとても美味しく、賑やかな食卓に自然と頬が緩みました。

 でも……、二人きりの食事も、またお願いしたいなぁ……なんて、思ってしまっているのですけれど。





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