エゴと嫉妬 -2-

 続いて、ザックハリー司祭の部屋へと招かれる。


「……甘っ」


 ザックハリー司祭の部屋は、ハルス司祭の部屋とは対照的で、事務的な物はほとんど目に付かず、寛ぐためのアイテムが随所に配置されていた。

 ふかふかのクッションが置かれ、鮮やかな色の布が壁を飾っている。

 部屋に立ちこめる甘ったるい香りはお香によるものらしい。

 あとは、よく分からない置物が戸棚に並んでいる。


「あ、これ……」

「へぇ、分かるかい、ツヅリちゃん」


 戸棚の中の置物を見て声を漏らしたツヅリ。

 ザックハリー司祭が寄ってきて、シルバーの女神像を手に取る。


「これは、ドーガ・オリバーの作ですか?」

「正解だよ。さすがツヅリちゃんだ。見る目があるね」


 何を知った風なことを。

 何を指して「さすが」なんて言葉が出てくるのか……


「今着ている服、ドー・レバリーだよね?」

「あ、はい。頂き物なんですが」

「いやいや、よく着こなしているよ。ドー・レバリーも、君のようなキュートなに着てもらえて、さぞ喜んでいるだろう」

「そんなことは……」


 服を褒められ、ツヅリが恥ずかしそうに俯く。

 そして、ちらりとこちらを見て、ハッとした風に口元を押さえる。

 そして、そそっと寄ってきて、俺に耳打ちをした。


「ドー・レバリーさんという仕立屋さんがいるんです。女性に人気のブランドなんですよ」


 へぇ、そうなのかい。

 俺は聞いたこともなかったよ、そんなもん。


「アサギ君は、服にはあまり興味ない?」

「そうですね。まだ、生きていくだけで必死なもんで」


 この『世界』に来てまだ二ヶ月半ほど。服だオシャレだと散財している余裕などない。


「それはよくないね」


 ザックハリー司祭は余裕のある笑みを浮かべて俺の肩を抱く。

 ……馴れ馴れしい。


「人が見るのは人間の外側だけだ。どれほど君が素晴らしい人間であろうと、外見にそれは現れない。まずは見た目を華やかに飾り、そして親密になってから初めて見てもらえるのが心だ。君の生き方では、折角のチャンスを逃してしまうことになりかねないよ」

「生憎――」


 肩に回された腕を掴んで振り解き、ザックハリー司祭の顔を真正面から睨み返す。


「見てくれに囚われるような人間と親しくするつもりはないので、苦労しておりません」


 顔を見て言い寄ってくる女は、大抵勝手な想像を押しつけてきて、意に沿わなければ「思ってたような人じゃなかった」と去っていく。

 そんな連中との付き合いは、もううんざりするほど経験したんでな。

 むしろ願い下げだ。


「それでは、多くの者を愛せないじゃないか」

「多くの者を愛する必要性を感じませんので」

「惜しいな……君になら、僕の考えを理解してもらえると思ったのだけれど」


 それはない。

 おそらく、一生かかっても、あんたの頭の中を開いて見せられたとしても、理解することは出来ないだろう。


「まぁ、いい。座りたまえ。ハーブティーを入れよう」


 俺たちをソファへ誘導し、甘い香りのハーブティーを持ってくる。

 ティーポットの蓋を開け、おもむろにどばどばと角砂糖を投入した。


「って、ちょっと!?」

「こうすると、とても美味しいんだよ」


 躊躇いなく角砂糖を放り込んでいくザックハリー司祭。

 ……砂糖はティーポットじゃなくて、カップへ、各々が好きな量を入れるものだろうが。


「さぁ、騙されたと思って飲んでごらんよ。美味しいから」


 満面の笑みでティーカップを差し出してくる。

 コレを、飲むのか……

 じっとこちらを見てくるザックハリー司祭。

 くそ……飲めばいいんだろう、飲めば!


 意を決してティーカップに口を付ける。

 ふわっとハチミツのような香りが鼻の奥へ抜け、そして思う。


「……騙された……っ!」


 あ………………っまっ!


「味覚、死んでんじゃねぇのか?」

「ア、アサギさん、大丈夫ですか!?」

「ツヅリ、絶対飲むな……胃袋がひっくり返るぞ……」

「そんなに、ですか?」

「そんなことないよ。試しに飲んでみてよ、ツヅリちゃん」

「えっと……じゃあ、一口だけ……」


 ザックハリー司祭からの笑顔の圧に気圧されて、ツヅリがティーカップに手を伸ばす。なので、横から掻っ攫って一気に飲み干した。



 あぁぁぁ~~まぁぁぁああ~~~~いっ!



「……鈍器を持っていたら、絶対に殴ってる……っ!」

「ア、アサギさん!? しっかりしてください! アサギさん!」


 ツヅリが俺の背中をさすってくれるが……やめてくれないかな、なんか余計に吐きそう。


「……無糖のハーブティーを要求します」

「そんなの、色が付いたお湯じゃないか。幸せにはなれない」

「人の幸せは千差万別だと思いますが……?」


 確かに、ハルス司祭の言っていた通りかもしれない。

 ザックハリー司祭の思い描く『幸せ』というのは、決められた一つの形でしかないのだろう。

 甘いお菓子と甘いハーブティー。そんなものを幸せだと思う者もいるのだろう。

 だが、塩辛と日本酒が人生の極みだと思う人間もいる。

 この人の考え方は、後者の幸せを否定している。


「こんなもので、本当にいいのかい?」

「はい。わたしも、こちらの方が親しみがあって好きです」

「まぁ、ツヅリちゃんがそう言うなら。……でも、今度は僕のハーブティーも楽しんでね。いつでも遊びに来ていいから☆」

「あは……あはは」


 よし、明確な返事は避けたな。えらいぞツヅリ。

 不服顔で出された無糖のハーブティー。……無糖なのに、口の中に殺人級の甘さが残っていて、これも甘く感じた。うがいがしたい。


「まず、率直に伺います。ザックハリー司祭はハルス司祭のことをどう思われていますか?」

「愛しているよ」


 即答だった。


「彼女ほど聡明で優秀で美しい女性はいない」


 なら、他の女に色目を使うなと言いたい。

 声を大にして言いたい。


「けれど、彼女は……最低限の行動しか起こさない。そこが、少し不満でもある」

「最低限、とは?」

「そうだね……」


 アゴに手を添えて、ザックハリー司祭が少し考え、こんなたとえ話を始めた。


「転んで膝を怪我した人がいるとしよう。そうしたら、彼女は傷薬と絆創膏を与えるんだ」

「十分ではないですか?」

「僕なら、患部を洗い、消毒し、薬を塗って絆創膏を貼り、患者を背負って医師のもとへ連れて行く。必要であればその患者の家まで赴いて夕飯を作ってあげるよ」

「明らかにやり過ぎですよ」

「僕はそれくらいしてもらえると嬉しい。自分がされて嬉しいことは、他人にもやってあげるべきじゃないか?」


 転んで膝を擦り剥いた程度で家まで押しかけられちゃたまったもんじゃないわ。


「俺なら、患部を洗うと言われた時点で結構ですと突っぱねますね。子供じゃないんで」

「君は味気ない人間だね。ハルスと気が合いそうだ」


 というより、あんたと気が合わないだけだと思うが。


「ツヅリちゃんはどうだい?」

「わたしは……」


 そこで、ツヅリは何を思ったのか、こんなことを言い出した。


「痛いの痛いの飛んでいけ~……って、言ってもらえると嬉しいです」


 …………え、マジで?


「なるほど、それはいいね。よし、今後僕の行動パターンに組み込んでおこう。いいアイデアをありがとう、ツヅリちゃん」


 採用されちゃったよ。

 俺、絶対この人の前で怪我しないようにしよう。


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