相容れない二人 -4-

「だったら、お二人とももう少し歩み寄って、互いを尊重し合ってみてはいかがですか?」


 そこまで深い愛情で結ばれているなら、ほんの少しの譲歩と我慢くらいしてくれればいい。

 そうすれば、誰にも迷惑はかからないのだから。

 ……と、そんな俺の提案も、この二人には届かない。


「僕は尊重しているんだけれどねぇ」

「よく言う。独りよがりの博愛主義者が」

「……ね? 可愛くないでしょう?」

「それはすまなかったな。どうやら私には可愛げというものが欠落しているのだろう。期待をされても応えることは不可能であろうな」

「そんなことはないよ。女の子は誰だってみんな可愛いものさ。僕にとっては、どの女の子もスウィーツみたいなものだよ。ね?」


「ね?」と、ツヅリにウィンクを飛ばすザックハリー司祭。

 ツヅリも、どうしたものかと、戸惑いながら愛想笑いを返していた。

 ……返す必要もなかったと思うけどな。


「彼女よ。そこの男の目は見ない方がよいぞ。たらしこまれてしまうからな」

「そんなことないよ。僕の愛情は広く無限なだけだから。ハルスの発言はただのヤキモチだから、気にしないでね」

「えっと……あの……」


 双方に話を振られて戸惑うツヅリ。

 ヘアテールが行き場を失ってふらふら揺れている。


「我々のことはいいので、お二人の話をしましょう」


 ツヅリを庇うように身を乗り出し、司祭二人からの視線を遮る。

 すると、ザックハリー司祭の目が細められ、俺をジロリと睨んだ。


「えっと、君……名前は?」

「アサギです」

「そう、アサギ君……」


 ふぅっと息を漏らして体を起こし、鷹揚に背もたれに身を預けて俺を指さす。


「ヤキモチはみっともない行為だと知るべきだよ。独占欲というものは、誰も幸せにはしない」

「……おっしゃっている意味がよく分かりませんね」


 その態度に、その言葉に、若干イラッとしてしまい、少しだけ素が出てしまった。


「僕はただ、そこの可愛いお嬢さんを可愛いと言っているだけだろう? 何も悪いことはしていない。それなのに、こうも敵意を向けられると不愉快だな。それとも何かい? 彼女は、君の所有物なのかな?」


 カチンときた。

 何に?

 すべてにだ。


「我々は離婚回避のために呼ばれたと思っていたのですが?」

「その通りだよ」

「お力になりたかったのですが実に残念です」

「僕たちの依頼は引き受けられないと?」

「片方に再構築の意志がないのであれば、部外者がいくら手を尽くしても無意味ですからね」

「再構築の意志はあるさ。僕はハルスを愛している。そう言っただろう?」

「では、その愛する配偶者の前で、他の女性に色目を使うようなことはなさるべきではないのでは?」

「色目なんて使っていないさ。ただ事実を事実のまま述べただけだよ。それともなにかい? 可愛い女性に可愛いと事実を告げると、それは不貞行為に当たるのかな?」

「不貞に当たらずとも、いい気分ではないのではないですか? こんなに素敵な配偶者がいるのにもかかわらず、あなたはそれをくさし、他の女性を褒める。不愉快じゃないわけがないでしょう?」

「へぇ、君はハルスが素敵な女性だと思うのかい?」

「思いますよ」

「では、君は今、我が妻に対し不貞行為を働いたというわけだね?」


 ……この男は何を言っているんだ?


「君の理論ではそうなのだろう? 配偶者のある男が他の女性を褒めることが不貞に当たるなら、他の男が配偶者のある女性を褒めることもまた不貞に当たる。僕は君を訴えることが出来そうだね」

「……子供ですか、あなたは?」


 そんなものはただの屁理屈だと、少し考えれば分かりそうなものだが。


「子供っぽいというのは、僕にとっては褒め言葉だね。我慢と苦痛を甘受するのが大人だというなら、僕は一生大人になどならなくて結構だ」

「……なんて自分本位な」

「自分本位は君だろう、アサギ君?」


 ザックハリー司祭の目が、指が、こちらに向き固定される。


「君は僕が気に入らなかった……だから、理屈を捏ねて僕を非難しているんだ。違うかい?」


 話にならない。

 離婚危機を回避する話し合いの最中に、夫人の前で別の女を「可愛い」だなんて発言する男がどこにいる?

 それを非常識だと諫めれば、非常識はお前だと反論する。まるでこちらが嫉妬に駆られて屁理屈を捏ねているかのように。


 そもそも、こちらは頼まれてここにいるのだ。

 こんな風にケンカを売られてまで親切に相談に乗ってやる謂れはない。


「帰るぞ、ツヅリ。この二人の離婚を止めることは不可能なようだ」


 きっと、今無理やり繋ぎとめたところで近い将来また破綻する。

 不誠実なこの男が生き方を変えない限り、遅かれ早かれ離婚することになるだろう。


 時間の無駄だと、ツヅリを立たせようとしたのだが……


「待ってください、アサギさん。あの……出来れば、もう少しだけ……」


 ツヅリは、もう少しこの二人に――ザックハリー司祭に付き合うつもりのようだ。

 正気か?


「それじゃあ、こうすればどうだろうか?」


 立ち上がらないツヅリを見ていると、視界の外からザックハリー司祭の声が聞こえてくる。


「彼には早々にお引き取りいただいて、ツヅリちゃん、君が僕の相談に乗ってくれるというのは――」


 頭が沸騰したように熱くなり、拳を振りかぶり……かけた時、目の前のテーブルがけたたましい音を立てて両断された。


「大概にしろよ……下郎」


 どこから引っ張り出してきたのか、2メートルを超える巨大な剣を振り下ろし、ハルス司祭が修羅のような瞳でザックハリー司祭を睨みつけていた。


「貴様のその毒々しいまでの甘さが他人に迷惑をかけているとなぜ分からぬのだ!」

「い、いや、ハルス! 今この場においては、君のその刺々しいまでの激しさが僕たち全員に迷惑をかけているよ!?」

「なら、私と一緒に死ぬか!?」

「一度落ち着きましょう!」


 人生で、最大音量の声を絞り出した。

 大剣を構えるハルス司祭と、狙われているザックハリー司祭の間に体を割り込ませるのには勇気が必要だったが、なんとか踏み出し二人を分断する位置に陣取って両腕を広げた。


 このまま帰ったら、人が死ぬ!


「とりあえず、場を仕切り直しましょう! 一度お二人は別室に移動していただいて、個別に話を聞かせてください!」


 二人同時に話を聞こうとすれば、また些細なことから口論となりかねない。


「そう……だな」

「まぁ、……うん。そうしようか?」


 ハルス司祭は剣を納め、ザックハリー司祭も軽薄な笑みを引っ込めて真顔で頷いていた。






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