良縁は懐を温める -3-
「ワタシたちの結婚指輪は、そなたに作ってほしいのだ、トラキチ殿」
「無理ですよ!?」
僕はまだ、丸めた銀を少しだけ変形させたひな鳥を作れる程度だ。
指輪のような繊細な細工はまだまだ出来ない。出来るはずがない。
言うなれば、鉛筆でトンボのイラストを描くのが精一杯な一般人に、ルーブル美術館に展示する絵画を描けと言っているようなものだ。
「なぁに、時間ならまだまだある」
僕が難色を示すことを見込んでいたのか、エリアナさんは余裕の表情を取り戻し、僕の説得にかかる。
「婚約はしたが、結婚はまだ先になりそうなのだ。準備することや、根回しが必要な連中もいる。何より……」
と、またもじもじし始めて。
「は、初めて出来た、か、かれ、彼氏、だからな……その、普通の恋人同士の時間も、少し堪能したいと思ってな……」
浮かれてらっしゃる。
「でも、『独身』はトラキチ殿に差し上げたからな。結婚は必ずする。……してくれるって、う、うう、ウチの人、も、言っているし……な」
ただ、結婚まではもう少し時間がかかる。と、そういうことらしい。
僕にしても、無理して今すぐ結婚してほしいと思っているわけではないし、時間がかかるのは一切問題ないのだが……それにしても。
「僕が指輪を作れるようになるなんて、何年先になるか……十年じゃ足りないかもしれませんよ?」
「それならばそれでもよいのだ」
龍族は寿命が長い。
その龍族に仕えていたバジリスク族も、相応に寿命が長いのだとか。
だから、エリアナさんたちにとって十年なんて年月は、それほどたいした時間ではないのだという。
超人気ホテルの予約が半年待ち――くらいの感覚だろうか?
楽しみが先に延びちゃったけど、その分それまでの時間わくわくして楽しいね、みたいな。
「ワタシも、ダ、ダー、ダーリン、も……ふへへ……トラキチ殿に作ってもらった指輪がいいと思っているのだ。トラキチ殿に、是非とも作ってほしいのだ。ワタシと、あ、あの、あの人、の、運命を結んでくれたトラキチ殿に…………ふへへへへへ」
どうやら、「ダーリン」とか「あの人」とか言ってるのが楽しいらしい。
どの呼び方がいいか、今まさに思案中のようだ。
「ご主人もそれでいいっておっしゃってるんですか?」
ゲルベルトさんとは、……正直あまり友好関係を築けていないと思うんだけれど……なんというか、発破をかけるつもりだったとはいえ、長年慕い続けてきた女性に不埒を働いた男は、やっぱり憎いのではないかと……
「『ご主人』!? お。おぉ……それも、いいな……『主人』か……くふふ、ワタシがそんなことを言ったら驚き過ぎてひっくり返るかもしれないな」
想像の中でゲルベルトさんがひっくり返っているらしい。エリアナさんがすごく楽しそうに笑っている。
もう、何をしても、何を想像しても幸せな気持ちになれるのだろうな。
初めての恋人か……浮かれるよね、そりゃ。
いや、そういうことではなくて。
千二百年もの片思い(実質ずっと両思いだったけれど)を実らせたお二人の結婚指輪が、それもエリアナさんはお姫様だというし、そんな人の指輪が銀でいいのだろうか?
シルバーリングと言えば、高校生カップルが「初めて出来た恋人とお揃いで」って感じで購入する、ちょっと言い方は悪いけれど、お手軽なアクセサリーというイメージがある。
もちろん高価なシルバーアクセサリーもあるのだが、安いモノは500円程度で売っていた。
そういうものはすぐに黒ずんで、耐久性もさほどよくはない。
オシャレの入り口として、ちょっと背伸びしたい年頃の子たちが身に着けるアクセサリー……僕の中ではそんな位置づけなのだが……
「そ、それはそうとな、トラキチ殿……ちょ、ちょっと髪型を変えてみたのだが? ど、どうだろうか? あ、あの人……しゅ、主人は、喜んでくれるだろうか? その……か、『かわいい』とか、言ってくれると思うか? どうかな?」
なんか、ものすごく高校生カップルっぽいことを気にしてらっしゃる。
……ちょっと、「別にシルバーアクセで大丈夫かも」とか思っちゃった。
とりあえず、三つ編みしてみたんですね。
とても似合ってますし、可愛いですよ。
「ゲルベルトさんの性格を考えると、『かわいい』と言葉にはされないかもしれませんが――」
「あの腰抜けめっ!」
「で、でも! でもですね! きっと、あまりの可愛さに驚いてしばらく言葉をなくされると思いますよ。こう、目を大きく見開いて、ぽ~っとした顔で見つめたりして」
「そ、その反応を彼が……しゅ、主人が見せれば、それは『かわいい』と思っているということなのか!?」
「おそらくは。かなりの高確率でそうだと思いますよ」
結構分かりやすい人だったし、それくらいの反応は見せるだろう。
「で、では……もし、しゅ、主人がそのような反応を見せたら、その……き、聞いても、いいだろうか?」
「かわいいかどうかをですか?」
「う、うむ! 聞きたい……の、だが……やはり重いだろうか? 煩わしいか? 嫌われるか!?」
「いえ、重くないですし、嫌われたりしませんから、絶対!」
「絶対!? なぜそう言い切れる!?」
「だって、べた惚れでしたもん、ゲルベルトさん!」
あんなの、見ただけで分かりますって。
分かってないのはあなただけですよ、きっと。
「べっ、べた…………そ~かなぁ~! そうなのかなぁ~」
にやにやにやにやと、エリアナさんの表情筋が融解してく。このペースで緩み続ければ、やがて液状化するだろう。
「とにかく、この依頼を受けてはくれないだろうか。ワタシの一生の頼みだと思って。この通りだ」
緩んでいた表情を引き締めて、深々と頭を下げるエリアナさん。
それがどういうことなのか、それは隣で泡を吹いて倒れている師匠を見れば一目瞭然だ。
龍族が一般庶民に頭を下げるというのは、とんでもないことなのだろう。
でも、それが出来てしまうエリアナさん。僕はそんな彼女を誇りに思う。幸運にも知り合いになれたこの奇跡に感謝すら覚える。
なので、……まったく自信はないけれど……
「分かりました。全力でやってみます」
「そうか! それはありがたい!」
「納得のいくものが完成したら連絡します」
「うむ! その日を心待ちにしているぞ!」
差し出された手を、真正面から握り返す。
契約完了。
僕の初めての依頼は、とんでもない大事業になりそうだ。
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