縁、結ぶ。異世界結婚相談所~現世で100連敗を喫してもなお、結婚目指して異種族婚活はじめます~
宮地拓海
プロローグ
神が統合せし『世界』へ -1-
東京都某所。
小雨にみぞれが混じるような、そんな寒いある日。
僕は登録している結婚相談所の事務所の椅子に座り、向かいに座る僕の担当者である佐藤さんの顔を見つめていた。
イケメンでいつもクールな佐藤さんの眉間に、くっきりとしたシワが刻まれている。あまりに珍しいその光景に、僕の視線は自然とそこに集中してしまう。
「今回も、ダメですか?」
「えぇ……ちょっと」
時刻は十八時。
十四時からセッティングしてもらったお見合いが終わり、店を出ると同時に「今回の人は無理です」と伝えたら、いつも冷静で、物腰が柔らかい佐藤さんの顔から表情が消え、「ちょっと話しましょう」と車に押し込まれて、この事務所が入居している雑居ビルへと連れてこられたのだ。
事務所に入って、暖房をつけて、僕にお茶を入れてくれて、今日お見合いをした女性のデータが印刷されたプロフィールシートをプリントアウトして、僕の向かいに座るまで、佐藤さんは一言も口を利かなかった。
そして、開口一番に出てきた言葉が、先ほどのものだった。
「悪くない相手だと思いましたけどね。というより、こんなに条件のいい女性は他にいないと思いますが」
確かに、相手の女性は素晴らしい人だった。
小柄で可愛らしく、笑顔がとても似合う女性で、栄養士の免許を持っているため料理は完璧、趣味はぬいぐるみを自作することだとかで裁縫もプロ級の腕前を持っているらしい。
それなのに控えめで、僕を立ててくれて、出しゃばらず、けれどこちらに気を遣わせないくらいの絶妙な距離を保ち、それを嫌味なくやってのける気遣いの出来る人で、正直、結婚相談所になど頼らなくてもこの人なら相手はいくらでもいるだろうと思える、そんな女性だった。
けれど、僕にはどうしても譲れない条件があって……
「やっぱりアレですか? 彼女の両親との同居がネックでしたか?」
それが、彼女が結婚できなかった理由なのだそうだ。
結婚後はご両親の実家で一緒に住みたいらしく、それを許容してくれる相手でなければ結婚は出来ないと、彼女は真剣に語っていた。
「僕は、大家族に憧れがありますから、同居は望むところ、と言いますかむしろこちらからお願いしたいくらいで」
「じゃあ、どうしてですか!?」
大声と共にテーブルが殴りつけられる。
初めて目の当たりにした佐藤さんの感情的な一面に、思わず息をのんだ。
佐藤さんに睨みつけられて驚くと同時に、こんな時に申し訳ないのだけれど、本当に整った顔だなとそんなことを思ってしまった。
佐藤さんはとても礼儀正しく、気が利いて、多くは語らないけれど行き届いた気配りをしてくれる。男の僕から見てもこんなに素敵な男性はそういないだろうと思うほどだ。
そのため、佐藤さんは結婚相談所に通う者たちの間ではちょっとした有名人だった。
二十五歳という若さで、これまで通算九百九十九組のカップルを成婚させている敏腕相談員で、誰が言い始めたのか『縁結びの達人』なんて二つ名が付けられていた。
よその結婚相談所で九十連敗を喫してしまった僕は、そんな噂を耳にして「彼ならば」と意気込んでこの結婚相談所に登録したのだ。
なのに、そんな敏腕の佐藤さんをもってしても、僕は結婚相手を見つけられずにいた。
まったく自慢にならないのだけれど……今回のお見合いで通算百連敗。
向こうからお断りされることもあるし、こちらからお断りすることもある。理由はどうあれ、うまくいかなかったお見合いを、僕は敗北だと捉えている。
だから、今日は僕の百連敗記念日だ。
ここに登録して初めて佐藤さんと会った時、僕は「百連敗は避けたいですよねぇ」なんてことを自虐交じりに言っていた。「それはないですよ」なんて言葉を期待したのかもしれないし、口にすることで『そんなことになってたまるか』と自分で思いたかったのかもしれない。
けど、佐藤さんはその時、何も言わずに苦笑を漏らしただけだった。
まるで、こうなる未来が分かっていたかのように……
「……失敬」
小さく言って、佐藤さんはテーブルを叩いた時に歪んでしまったプロフィールシートをまっすぐに直した。
佐藤さんには、本当に迷惑をかけていると思っている。
僕のせいで佐藤さんも十連敗という不名誉な記録を樹立してしまっている。
今後の佐藤さんの昇進に響かなければいいのだけれど……
「塩屋さん」
……仏の顔も三度までと言うし、佐藤さんの心に巣くう鬼を呼び覚ましてしまうのは、誰でなくこの僕なんだろうな。
「塩屋虎吉さん」
「は、はい」
フルネームで名前を呼ばれ、自然と身が引き締まる。
余計なことを考えてボーっとしてしまっていたことを反省し、改めて真正面を向くと、これまでに見たこともないほどの真剣みを帯びた眼差しが僕に注がれていた。
「塩屋さんはどうしても結婚がしたいんですよね?」
「……はい」
ともすれば脅迫とも捉えられそうな強い語気で言葉が投げかけられる。
十数メートル先からこの場面を見た誰かが思わず110番通報してしまったとしても、それを咎めることなんてきっと出来ないだろう。
けれど、悪いのは紛れもなく僕だ。
佐藤さんをここまで豹変させるに至った原因は僕自身の言動にあるのだから。
「あなたはまだお若い。まぁ、同じ歳なので自分で言うのも口幅ったいですが、まだまだ結婚のチャンスはたくさんある。それでも、今すぐに、どうしても結婚したい、あなたはそう言った」
「…………はい」
「その熱意に応えようと、こちらも塩屋さんの条件に当てはまる女性を探しては見合いの席をセッティングしています。悪条件の女性を押しつけるような真似はしていませんよね?」
「………………はい」
婚活市場を渡り歩いてきた僕は、もはや悪徳顧客としてブラックリストに載せられても文句は言えない立場だ。
これまでお世話になった相談所でもたくさんの相談員の方に面倒をかけてきた。
一向に成果を上げられない僕に呆れ、愛想を尽かし、ついには数撃ちゃ当たるとばかりに希望条件など一切無視した見合い話を次から次へと持ってくる人もいた。
けれど、それにどうこう言う資格など僕にはなかった。
そして、最後の頼みと『縁結びの達人』に縋りついた僕を、佐藤さんは優しく受け入れてくれた。
「どうしても結婚したいんです」、そう言った僕の言葉を、佐藤さんはしっかりと聞いてくれた。
だからこそ、僕はここで、恩に報いるためにも、結婚を決めようと思った。
けれど……
「で、もう一度伺いたいんですが…………今回の女性も、ダメでしたか?」
「……………………はい」
「はぁ……」と、佐藤さんは重たいため息を吐き出した。
本当……申し訳ない。
「正直に教えてもらえませんか? 今回の女性の、どこがダメだったのか」
これ以上の女性はもういないぞと、佐藤さんは言いたそうだった。
確かに、あんなに素敵な女性はきっともういないのだろう。けれど……
けれど、僕にはどうしても叶えたい夢があって……
「彼女……今日、ちょっと………………鼻声、でしたよね?」
「え? ……あぁ、まぁ」
記憶の中の彼女の声を思い出そうとしているのか、首を捻る佐藤さん。
「今日は寒かったですからね。それで鼻声に……」
「そうなんです! 今日、寒かったですよね!?」
言いたかったことを、それに関連する言葉を佐藤さんが口にして、思わず僕は立ち上がった。テーブルに手を突いて身を乗り出して、佐藤さんに訴えかける。
「鼻声ということは、風邪を引いている、もしくは風邪気味だということですよね?」
「ま、まぁ……そう、かもしれませんね」
「風邪もしくは風邪気味なのに、彼女は今日、お見合いに来ましたよね!?」
「約束を守る、常識的な女性だということなんじゃ……」
「でも今日、すっごく寒いですよね!? 見てください、窓の外! みぞれ! いや、もうあれ雪ですよ!」
指を差すと、佐藤さんは首ごと窓の外へ視線を向ける。
窓の外には、大粒の、べしゃっとした雪が降っていた。
「こんな寒い日に外出しちゃダメじゃないですか! だって彼女、風邪もしくは風邪気味なんですよ!? 悪化したらどうするんですか!? いや、絶対悪化しますよ! 体調管理下手くそですか!? 意識低い系女子ですか!?」
「いや、そんな……ちょっと外出したくらいで……」
「佐藤さん。ちょっと窓開けていいですか?」
「えっ!?」
佐藤さんが驚いた様子で僕を見ているが、僕は構わず窓へ歩み寄り一気に開け放つ。
身を切るような冷たい風が吹き込んできて、折角温まりかけていた部屋の空気が一瞬で冷え切る。
「ほら! こんなに寒いんですよ? 彼女、きっと家に帰るまでに風邪を拗らせます! 悪化します! なのに『私、栄養には詳しいので』なんて油断してるからきっともっと悪化させてしまうんです! 肺炎コースですよ、これは!」
「し、塩屋さん。いいから落ち着いて。で、窓閉めましょう」
やや強張った顔つきをしながらも、佐藤さんが宥めるような声音で僕を諭す。
しかし、一度火のついた勢いは自分でも止められない。
「肺炎は恐ろしい病気なんです。適切な処置をしなければ命を落とすことだってあるんです。佐藤さんも正直、ちょっと舐めてるでしょう、肺炎! でもね、肺炎の死者数は年間で十数万人に上るんですよ! 舐めてると死ぬんです! 彼女もきっと死にます!」
「いやそれは……」
「鼻声にもかかわらず、こんな寒い日に外出する人はもれなく死にますよね!?」
「ちょっと、塩屋さn……」
「人は生きているからこそ幸せになれるんです! 『いつまでも心で生き続ける』とか、そういうんじゃないんです! 僕は、ずっと一緒に生きていける人と、温かくて幸せな家庭を築きたいんです! 絶対に死なない、無敵の人と!」
「…………」
佐藤さんが押し黙る。けれど僕はなおも強く訴える。これだけは絶対に譲れないと。
「ねぇ、佐藤さん! 絶対死なない女の人とか、どこかにいませんか!?」
「…………いるわけねぇだろ」
「へ……?」
佐藤さんが初めて発した素の言葉に僕は驚いて、頭を沸騰させていた熱が一瞬で引いていった。
だから僕はそれに気付くことが出来たんだ。
開け放った窓の外。
一機のセスナがこちらに向かって突っ込んでくることに。
こんな悪天候の日に何を思って飛び立ったのかは知らないが、そのセスナは視界不良と凍てつく空気とべちゃべちゃの雪のせいで制御不能に陥っているようで……回避してくれる可能性はゼロだった。
振り返ると、佐藤さんも窓の外を見つめていて、視線が合うとなんとも言いがたい微妙な感じで微かに口を開いた。
あの時、佐藤さんは何を言いかけたのだろう。
その答えを、僕はもう知ることが出来ない。
なぜなら僕は、僕の体は、窓と壁を突き破って突っ込んできたセスナの機体に押し潰されたのだから。
あの頃の幸せな記憶が鮮明に蘇る――
穏やかな父さんと、お茶目な母さん、そして、気立てがよく、少しばかりエキセントリックな姉さん……家族と過ごしたかけがえのない毎日……
そんな幸せな家庭を、僕は築きたかったんだ……
ほんと……
結婚したかった…………
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