第11話 返り討ちリベンジャー
妾の周りには、暖かい湯気が。
ラライルの周囲には、凍りついた蒸気が。
まるで、天国と地獄が同居したような大浴場に、ガチガチとラライルの歯の当たる音が響く。
それが、意外にうるさい……考え事の邪魔だな。
「ま、まさか、ガキだけじゃなくて、女も化け物だったとはな……」
どうやら、踏んではならぬ虎の尾を踏んだ事に気付いたようだ。が、少し遅かったな。
「お、おい……化け物」
震えながら呼び掛けられた声に、思案を中断してラライルの顔を見上げる。
「こ、殺すなら今のうちだぞ」
いや、そこまでする気は無いんだが……死にたいのか?
「ア、アタシを生きて、帰したら……絶対にお前と例のガキに……復讐に行くからな!」
うわあ……先にちょっかい出してきて返り討ちにあったという完全な逆恨みなのに、なんでここまで粘着できるのだろう。
歪んだ面子とプライドを持った奴等は、本当に面倒くさいものだな。
こういう手合いは、とことんビビらせて復讐する気も起きなくさせるのがベストだろう。
「ふむ……」
呟いて、妾は立ち上がる。
しかし、ラライルの目には怯えはなく、さらに強い視線をぶつけてくるほどだ。
こういったプライドのためなら命も要らぬというタイプには、まぁ普通の脅しは効きづらいだろう。
だが……倫理観や羞恥心に訴える方法には、どうでるかな?
スッとかざした妾の手から、魔力の光が一本の線となって空中に印を形作る。
「なん……だ、そりゃ……」
魔法の知識が無さそうなラライルには、この印の意味は解るまい。
もっとも、魔法の知識があっても解るものではないが。
なぜなら、妾がいま適当に作っただけの物であり、ただのハッタリだからな!
しかし、警戒するラライルに妾は冷たい笑みを向けて語りだす。
「この紋章は、古に伝わる『色欲の印』という……」
「色欲の……印?」
そんなものを突然出してきた妾に、ラライルは怪訝そうな表情になった。
「お前らみたいな連中は、たとえ
言葉の意味がよく解らなかったのか、ラライルの頭の上に「?」が浮かぶ。
「この色欲の印を撃ち込まれた女は、情欲の虜となり男を求めずにはいられなくなる。お主は、妾達への復讐などどうでもよくなり、男を追いかける事を優先する女になるのだ」
ラライルの顔色が真っ青になった。震えが大きくなったのも、寒さのせいではないだろう。
「う、嘘だろ……そんな……」
うむ、もちろん嘘だ!
適当に考えただけの印にそんな効果はないし、そもそも『色欲の印』なんて物自体が存在しない。
だが、妾の力の片鱗を見せてやった事でラライルはすっかり信じ込んでいる。
この際だから、二度と妾達に会いたくないと思うくらい、骨の髄までビビらせてやろう。
「嘘か誠か……撃ち込まれてみれば解るであろう」
「お、おい……」
スッと手をラライルに向けてかざすと、奴の瞳に怯えの陰が挿す。
「『冒険者ラライル』はこれで死ぬ……」
静かな呟きに、ラライルは緊張でゴクリと喉を鳴らす。
「次に目が覚めた時には、『超ド級淫乱伝説 ラライルさん』のスタートだ!」
「や、やめろ! アタシはそんなのになりたくない!」
そうだな……「命よりプライドが大事」なんて人間が「プライドより『
涙目で訴えるラライルに向かって、妾は魔法を放った!
「アギィッ♥」
逃げることも出来ず、まともに魔法を食らったラライルの体が、一際大きな悲鳴と共にビクン! と跳ね上がった。
そしてそのまま、仰け反るような形で脱力して動かなくなる。
ふむう……恐怖心と電撃魔法の相乗効果で気を失ったか。
まぁ、これだけ脅しておけばもう復讐なんぞ考えないだろう。
「今の悲鳴はなんだ!何があった、リーダー!」
ケリがついたとホッとしたのもつかの間、ラライルの部下であるウルフ・三郎と数人の手下が、この
よし、お前ら全員、死刑確定な。
大方、眠らせた妾を運ぶために用意していた人員なのだろう。
だが、計画とは逆に失神するラライルと、ぴんぴんしている妾を見て奴等は石のように固まる。
そして、妾はこいつらを地獄に送る前に、どうしても聞いておかねばならぬ事が一つあった。
「おい、ウルフ・三郎……なぜ貴様は妾のブラジャーを頭に被っておるのか……」
「え……Fカップだったから……」
大正解だ。貴様には、念入りに死をくれてやろう!
──轟音と共に妾の電撃魔法がラライル組の連中を焼き焦がし、氷塊で固められた不細工なオブジェに仕立てあげる。
特にウルフ・三郎については、頭頂部の毛を念入りに燃やして不毛の大地としてやった。
その後、ホテルの従業員に大浴場破壊の原因として奴等を引き渡し、ついでに妾達の宿泊費もこいつらにつけておく。
別に虫みたいな連中に見られても大して恥は感じないが、これで妾の裸を見た事はチャラにしてやろう。
だが、少しまいったな。
くそっ、あのブラ気に入っていたのに!
どこかで間に合わせの下着でも買えるといいがなぁ……はぁ……。
それからしばらくして、ホテルで爆発音があったと聞いて、慌てて戻ってきたエル達と合流した。
ふふっ、そんなに妾が心配だったか。愛い奴め。
とりあえず何があったかを説明すると、より一層心配されたが、まったくもって無傷であるから安心するが良い。
しかし、妾の裸を見た三郎どもにエルと骨夫は憤慨したままだった。
そんなエルの頭を撫でつつ、ホテルのチェックアウトを済ませ、いよいよ妾達は魔界へと向けて出発する。
が、「その前に……」とエルが妾に問いかけてきた。
「アルトさん……その格好で大丈夫なんですか?」
ギクリと一瞬、体が強張る! ま、まさか、妾が今ノーブラであることがバレたのか!?
「結構、過酷な旅になると思いますけど、ドレスみたいな服装だとこの先大変だと思いますよ」
あ、格好ってそっちの方か……。
それならば心配することはない。
一見すればただのドレスに見えるかもしれないが、これでも魔界で随一の特殊な布地で仕立て上げてあるのだ!
そこいらの鎧よりも遥かに物理、魔法の防御力は高いし、自動で修復する機能もついている。
さらに、着用者の周囲に快適な環境空間をもたらす加護まで備えた優れものよ!
そんな妾の説明に、エルは目を丸くしながらさすがはアルトさんと称賛してくれた。
ふふん、まぁな。
さあ、気分も良くなった事だし、ちゃっちゃと行ってみようではないか!
目指すは『緑の帯』の手前にある街の一つ、『リオールの街』!
骨夫に転移魔法でゲートを展開させ、妾達は意気揚々とそれに飛び込んで行った。
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