第10話 刺客

 とりあえずの話し合いの末、妾達の今後の動向は決まった。


 まずは、骨夫の転位魔法で人間界と魔界の間に伸びる大森林、『緑の帯』付近まで転位する。

 そうしていくつかある、二つの世界を繋ぐ街道を通って魔界に入り、妾達の城へ向かうのだ。

 魔界に入ってからも転位魔法が使えれば楽なのだが、転位した瞬間に勇者の系譜化け物どもと鉢合わせになっては目も当てられない。

 なので、ここは慎重に行くとしよう。

 後は、エルの力も借りて城を取り戻しつつ、やつらを倒し父上を復活させて魔界を再統治!

 それと同時にエルの両親も探し出して、妾達の大勝利!と。


 うむ、完璧だな!

 まぁ、あくまで「計画上は」というだけだから、途中でイレギュラーは起こるかもしれない。が、このメンバーならば、無事に乗りきれるだろう!


 そんな訳で、様々な準備を整える必要があるので、この街を出るのは昼過ぎくらいと決め、それまでは各自で別れて行動する事になった。

 エルと骨夫は買い物にでかけ、妾といえば……。


「ふふん、やはりこの時間帯なら貸し切り状態だな!」

 チェックアウト前に、妾は再びホテルの大浴場を訪れていた。

 いやー、昨夜は完全に汚れを落とすことばかりに集中していて、風呂をじっくり堪能できていなかったからな。

 もう一度、ゆっくり入っておかねばと思っておったのだ。


 一応、弁明しておけば、これは魔術師として必要なプロセスの一つでもある。

 体内の魔力量の回復や増幅に、集中して魔力を練り上げるためには心身共にリラックスできる風呂が、一番の環境なのだ。

 ……本当だぞ。


 さてと……。

 妾は髪を纏め上げ、全裸となって湯船に向かう。

 人気ひとけはないし、タオルで隠すような真似はしない。もっとも、誰か居ても隠したりはしないが。

 妾くらいに完璧なプロポーションとなると、他者が見とれるのは必然であるし、羨望の眼差しで視られる事でまた妾の美しさは磨かれるというものだ。

 とはいえ、昨夜とは違って誰もいない大浴場も大変よろしい。

 人目を気にすることなく、湯船に浸かって思いっきり伸びをする。

 ん~、気持ちいい。


 「くは~」と人前では見せられるほど気の抜けた声と表情で、妾は風呂を楽しんで……もとい、精神集中の為にリラックスしていた。


 だが、それから数分も経たない内に、もう一人の客がこの大浴場に現れる。

 むぅ……まぁ、公共施設だから仕方がないが、貸し切り状態の終了はちと残念だったな……。


 どんな者が訪れたのかと、新規の客にチラリと目をやる。

 引き締った肉体に、少し日に焼けた肌。

 さらには、何気ない様子の中にも隙のない佇まいは、中々の腕の持ち主であることを告げる。

 さしずめ、この街のギルドに所属する冒険者といったところか。

 そこそこ使えそうではあるが、プロポーションの点で言えば妾の完全勝利であるな。


 女は、軽く湯で体を洗った後、妾から少し離れた場所で湯船に浸かる。

 その時、なにやらフワリと甘い香りが漂った気がした。

「?」

 何だろうと、鼻をスンスン鳴らしていると、後から入ってきた冒険者風の女がこちらの顔をじっと見つめている。

 う……恥ずかしい所を見られてしまったか。


「……妾の顔に何かついているかな?」

 なるべく動揺しないように、務めてキリッとしながら声をかけると、女は慌てたように手を振ってみせる。

「す、すいません! あんまりにも綺麗な方なんで、つい見惚れてしまって……」

 ほほう、なかなか正直な奴ではないか。そういう訳なら仕方があるまい。


「あの……ひょっとして、昨日ラライル組の人たちと揉めていた魔族の方達ですか?」

 ん? もしかしてこやつ、昨日のウルフ・三郎達とのやり取りを見ていた野次馬の一人か?

「揉めた……と言うほどでもない。単に火の粉を払っただけよ」

 まぁ、払ってくれたのはエルだがな。


「やっぱり! それらしい魔族の美女と、可愛い少年がこちらに泊まっていると聞いて、一度お会いしたかったんですよー」

 にこやかに女は近づいてくる。

 なんだ、こやつ……。


 そんな情報を得て妾に接近してくるとは、ラライル組に嫌な目に会わされたか、蹴落とそうとしているライバルか?

 どちらにしろ、用心……

「素敵ですよね、美しき令嬢を護るあどけない少年騎士! 物語みたいで、女として憧れちゃうなぁ……」

 まぁね! そりゃあ、憧れても仕方がないとは思うがね!

 なんだこやつ、意外と良い奴かもしれんな!


「やっぱり、アレなんですか……お二人はただならぬ仲だったりするんですか……?」

 おいおい、声を潜めて何を聞いてくるのか!

 そりゃ、確かにエルは妾に惚れて……いや、ベタ惚れかもしれませんが? 妾は別に?

 そうだな、彼女が言っていた「主従関係にある令嬢と騎士」が一番近い関係かな。うん。


「そうですかぁ……それじゃあ、お前を捕らえれば・・・・・・・・あのガキを釣り・・・・・・・出せるんだな・・・・・・?」

 突然口調が変わった女は、ギラリと目を光らせると同時に、湯船に何かを投げ込んで妾から距離を取った!

 くっ、猛烈に湯船から沸き上がる、この甘い香りは……。


「そいつは『眠りの魔香』っていってね。凶暴な魔獣でも、昏倒させるほどの効果があるんだ。強力な魔族とはいえ、もうすぐおねんねさ」

 仕掛けた本人が平然としている所を見ると、解毒剤か何かを既に服用しているようだな……。

 しかし、腕組みしながら妾を眺めるこの女……一体、何者だ?

 妾の表情から何かを察したのか、女はニヤリと笑う。


「アタシはラライル。昨日、アンタらが恥をかかせてくれた連中をまとめてる者さ」

 まさか大将自らが先陣きって奇襲してくるとは意外だったが、なるほど手下の仇打ちか。

「まぁ、それもあるけど、この業界は舐められたら終わりでね。やられたら、速攻でやり返すのが流儀なんだ」

 ふん、それにしては妾を狙う辺り、見る目はようだな。

 それとも、エルの方を警戒しているのか?

「うちの三郎を、一撃で沈めるガキだからね、警戒はする……って、おい。なんで『眠りの魔香』が効かないのさ!?」

 ん? 本来なら、そろそろ効いてくる頃合いなのかな?

 平然としている妾に戸惑う女に、親切で寛大な妾は種明かしをしてやる。


「なに、その香が妾に届く前に、極薄い魔力障壁を張っただけよ」

「んな……」

 完全に奇襲だったにもかかわらず、失敗したラライルの顔が驚愕に歪む。

 先刻まで余裕綽々だった奴がこういう顔をするのは、相変わらず愉快だ。


「それよりも足元……気を付けるがいい」

「は?」

 妾の言葉に呆けるラライルを無視して、パチンと指を鳴らす!

 次の瞬間、妾の周辺を除いた・・・・・・・・全ての風呂の湯が・・・・・・・・真っ白に凍り付いた・・・・・・・・・


「なっ、ああっ?」

 一瞬で変化した状況にラライルは混乱し、もがいて脱出を謀ろうとする!

 しかし、太ももから下は完全に氷で固められており、逃げ出すことなどできはしなかった。


「お、お前はいったい……」

 寒さからか、恐怖からか……震える声でラライルが妾を凝視してくる。

 ふん……知らぬ事とは言え、『魔王の娘わらわ』にケンカを売った罪……そう軽くはないぞ?


 カエルを睨むヘビのように、眼力でラライルを絡め取った妾は、こやつをどんな目に会わせてやろうかと、しばし思案するのであった。

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