第5話 エルトニクス少年の旅立ち

 僕の名前はエルトニクス。

 現在十二歳の、どこにでもいる男の子。

 父、アルリディオは、いろんな魔法薬品ポーションを作る薬学技師。

 母、チャルフィオナは、近隣最強と噂される狩人ハンター


 ちょっと変わった両親のお陰で、村の中では名物一家みたいな扱いだけれど、ほんの少し『一族の秘密』があるくらいで、それ以外は普通の一般家庭だ。

 そう、あの日までは……。


 その日は両親の結婚記念日だったので、二人は村から少し離れたジマリの街に、朝からデートに出掛けていた。

 僕は留守番をしながら、疲れて帰ってくる父さんと母さんの為に夕飯の仕度を始めようとしていたんだ。


 昼も過ぎた頃、夕飯のメインにしようと考えていた『香草鹿』を狩りに行こうと準備している所に、いきなり血相を変えた母さんが一人で・・・帰ってきた。

 万年新婚夫婦なんて村の人から言われるくらい仲のいい両親なのに、母さん一人で帰って来るなんてただ事じゃない。

 一体、何があったんだろう……。


「リディさん……お父さんが魔物に拐われました」

 いそいそと、バックパックに荷物を詰めながら母さんが言う。

「と、父さんが!」

「ええ。だから、これから私がお父さんを助けに行きます!」

 突然の事態に慌てる僕の肩を叩いて、母さんはとんでもない事を言い出した。

 ちょっと待って、そんなの無理だよ!

 せめて、国の騎士団に助力を頼むとかしないと……。

 でも、母さんは小さく首を振ってそれは出来ないと言った。


「魔物の狙いは、明らかにお父さんだったの。つまり、『私たち一族』を狙っていた可能性が高いわ……」

 僕達の一族……それってつまり『勇者の一族』を?

「国に助力を求める為に私達が勇者の一族だと明かせば、政治利用されるか、可哀想な人を見る目で見られるかのどちらかよ」

 う、ううん……どっちも嫌だなぁ。


 でも、母さん一人で何匹いるかも解らない魔物の相手をするのは、いくらなんでも無理がある。

 こうなったら、僕も一緒に……。

「あなたは後から一人で追ってらっしゃい」

 うん、二人で父さんを……って、え?

 いま一人でって言った?


 一応、問い返すと母さんはにっこり笑って頷いた。

「ちょうどいいので、今回の事をあなたへの『成人の儀式』にします」

 ええっ!

 あ、あの『成人の儀式』!?


 それは一族に伝わる、いわゆる一人前として認められるための試練。

 年長者から吹っ掛けられる無理難題をクリアしなければ、何かにつけて一族から口を出され続ける事になるとか。

 試練未達成の、ある親戚のお兄さんは言っていた。

「親戚の集まりが怖すぎて、新年に実家に帰れない」と……。

 つまりは、煩わしさから解放されて自由になるためには、必ず乗り越えなければならない試練でもあるんだ。


 でも、僕はまだ十二歳なのに一人で魔界に行けって言うのは、いままで聞いた事があるどの『成人の儀式』よりもめちゃくちゃだ。

「大丈夫! 私は十歳の時に竜殺しを達成しましたから」

 うん、一番めちゃくちゃな人が身近にいた。っていうか、母さん『竜殺し』だったの!?

 両親に昔の話を尋ねると、必ず二人のノロケ話になってそれ以外の情報が入って来ないから知らなかった……。


 当時の私は、恋する乙女でしたから無敵でしたね……と、照れたように言う。

 僕はまだ恋っていうのがよく解らないけれど、そこまで物理的に無敵になれる物なんだろうか?


「あなたなら、きっと大丈夫。私達の修行に耐えたのだから」

 言われて、もっと小さかった頃に受けていた、母さんからの修行の日々を思い出す。

 あ……体が勝手に震えてきた……。

 恐怖ってなかなか色褪せないんだなぁ……。


 さて、そうこうしているうちに準備を整えた母さんは、僕に一振りの剣を手渡してきた。

「これは、ご先祖様が使っていた魔法剣の一つです。あなたが勇者の血筋であることを隠蔽できるので、持っていきなさい」

 魔法剣! それは文字通り、魔力が籠った武器だ。

 とても高価な物で、王国騎士団の人達でも一部しか持っていないという。

 本来は大人用と言うこともあって、受け取ったその剣はズシリと手に重かったけれど……何て言うか、ワクワクしてきた。

 僕もやっぱり男の子だからね。


「ではエルトニクス。あなたの『成人の儀式』の内容を伝えます」

 真面目な顔つきで、母さんは僕を見つめる。

 僕も覚悟を決めてその内容に耳を傾けた。

「これより旅立ち、魔界で待つ私達の所に到着した時に試練の達成とします。期間は特にもうけませんが、あまりのんびりしていると、いつの間にかあなたに弟か妹が出来てるかもしれません!」

 ……そういう生々しいのは、ちょっとやめて欲しいなぁ。

 多分、本気で言ってるから対応に困るし。


「あとは、自分の裁量で仲間を集めてもいいでしょう。ただし、『勇者の一族』であることは秘密でね」

 そう言ってもらえると助かる。さすがに、単身で魔界を行脚する自信はないし。

 あ、でもこれだけは聞いておかなくちゃ。


「拐われた父さんは、魔界のどの辺にいるの?」

 何か当てはあるんだろうから、ぜひ教えてほしい。

 さすがに手がかりなく魔界を探索しろとは言わないだろう。

 「さあ……見当もつきません」

 まさかの手がかり無しだった。


 え、それじゃ母さんはどうやって父さんを探すの!?

「愛があるから大丈夫!」

 ああ、うん……母さんの場合は、それで本当に見つけ出せそうだから困る。


「まぁ、探し出すのも試練の内容に含まれます。それじゃあ、頑張ってね」

 そう言いながら、母さんは僕を抱きしめてきた。

 ちょっと照れ臭いけど、しばらく会えなくなるから僕も母さんに抱きつく。

「あなたは、私とリディさんの息子……きっと試練をクリアしてくれると信じているけど、必ず生きて私達の所にたどり着いてね……」

 少し物騒だけど、僕を想ってくれている気持ちは伝わってくる。

「もしも未達成のまま、長く時間が絶ち過ぎたら、修行のやり直しをしますから」

 過去に体験した地獄が脳裏をよぎり、嫌な汗が流れる。

 うん……絶対に試練を果たして見せるよ!


 その後、先に家を出た母さんは疾風のように駈けていき、あっという間に姿が見えなくなってしまった。

 その時に髪の毛が一本、アンテナみたいにピンと立っていたから、愛の電波とやらを受信していたのかもしれない。

 本当に父さんをすぐ見つけ出しそうだなぁ……。


 さて、それじゃ僕も旅立ちの用意をしなければ。

 でも、その前に……。


 僕は先ほど母さんから受け取った魔法剣を、そっと鞘から抜いてみた。

 なにしろ、ご先祖様である初代勇者が残した剣だ。

 勇者の気配を隠すらしいけど、他にはどんな能力があるんだろう。

 刀身から炎や電撃が迸る姿を想像するとワクワクしてくる。

しかし……。


「普通……の剣だな……」

 煌めく刀身の輝きは切れ味の鋭さを思わせるけど、他はいたって普通だ。

 少し拍子抜け……そう思った次の瞬間、突然剣から怪しい気配が立ち上った!


『お……おお……』

 どこからともなく声が聞こえる……。

『久々の娑婆しゃばの空気だ……』

 間違いない……この剣だ。この剣が喋っているんだ!

 まさかこれって……伝説中の伝説、『生きている剣』なの!?

 すごい! さすがご先祖様!

 まさか、こんな神器クラスの剣が実在するなんて!

 興奮冷めやらぬ僕に、手にしていた剣が語りかけてくる。

『お主が我を抜き放ったのか?』

「そ、そうだよ」

 ものすごいお宝に話しかけられて、少し緊張してしまう。


『そうか……ならば貴様は我が依り代として、その肉体を貰い受けるぞ!』

 ……ええっ!?

『我が名は『肉斬にくき包丁ほうちょう骨食ほねはみ丸』! 斬らせろ……斬らせろおぉぉぉっ!』

 ご、ご先祖様! これって完全に、魔剣妖刀の類いじゃないですか! 

 本当にこんなの、使ってたんですか!?


 手の中では暴れようとする魔剣を必死で押さえ込みながら、こんなんで本当に母さん達に追い付けるのか僕の不安だけが増大していった……。

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