第2話 その後の魔王軍

「し、しかしお主一人というのはどういう事なのか……」

「……仕方がない事なのです。何しろ、あの勇者との激闘の後ですから」

 絶句しかけた妾に、遠い所を見ているような声で骨夫が言う。

 勇者との戦いの後……まさか!


「皆、討ち死にしたとでもいうのか……」

 恐ろしい可能性……それでも問わずにはいられない。

 しかし、骨夫から返ってきたのは意外な言葉であった。


「あ、いや。普通に解散しました」

 ガクリと玉座から崩れ落ちそうになる。

 か、解散? それは少し薄情すぎではないだろうか。

「魔王様が封印されてしまい、求心力が失われた所に他の勢力からもちょっかいを出されてしまって……」

 う……それを言われてしまうと、耳が痛い。

「しかし、我々四天王は最後まで抵抗を続けました。ですが……」

 少しの沈黙。そうか……骨夫以外の四天王は、助からなかったのか。

 王の娘として、皆の忠義……嬉しく思う。


「あ、いえ。今では四天王みんなも独立して、各々に頑張ってます!」

 再び玉座から転げ落ちそうになった。

 生きてるおるのかよ! あと、独立ってどういう事なのかっ!


「大工、居酒屋、運送業……皆、新しい道を歩んでおります!」

「何で普通に就職しておるんじゃあぁぁっ!」

 ダン! と玉座を叩いて、ツッコまずにはいられない!

 せめて、某かの一大勢力とかになっていて欲しかった!

「ま、魔王軍としての誇りは……」

「そこは仕方がありません、働かなければ食っていけませんから」

 ハハハと笑いながら諭してくる骨夫。正論だけに若干、腹が立つ。


「かく言う私も、就職してました」

 お前もかよ!


「アンデッド丸出しでしたが、医療関係の仕事でして」

 チャレンジャーだな、お前も雇い主も!


「まぁ、患者が怯えすぎるので、すぐクビになりましたけどね! HAHAHA!」

 予想通りすぎる!

 ていうか、自虐的に笑ってるけどちょっと泣いてるではないか。そんなに医療関係で働きたかったの!?


 ああ、もうちょっと待て! ツッコミが追い付かんわ! というより、魔王軍がそこまで落ちぶれていたとは、さすがに予想外すぎた。

 ええい、妾が目覚めた以上はなんとか軍を立て直さねばなるまい。

 しかし……そうは言ってみたものの、ここはやはり偉大なカリスマである父上の復活が必要不可欠ではある。

 その為には……。


「骨夫よ、今より人間界に向かうがよい。そして、勇者の系譜たる者を捕らえて来るのだ!」

 妾は骨夫に命令を下す!

 勇者のかけた封印は、勇者の血をもって解除することができる。

 これは、封印系と呼ばれる魔術の基本なのだ。

 しかし、骨夫は神妙な声色で妾の命令に意義を申し立ててきた。


「姫様……それは今の時代、難しいと存じ上げます。魔王様が封印されてから二百年……最近では、人間と共存する魔族も少なくないのです」

 二百年……。

 なるほど、それだけの時が経てば色々と変化もあるだろう。

 だが!


 躊躇する骨夫に対して、妾は内に秘めたる魔力を解放してみせる。

 その強大で激しい力の奔流に、骨夫の表情が凍り付いた!

「妾をなんと心得る。他の魔族も人間も関係ない! 目的の為に、邪魔する者は全て蹴散らしてこその魔王軍であろうが!」

 さらに威圧して見せながら、妾は威厳を持って言い放つ!


「魔王の娘、アルトニエルの名を持って命ずる!手段は問わぬ、勇者の系譜に連なる者を、必ず我が前に連れてこい!」

「ヒュー、マジ暴君ですなぁ!」

 何故か嬉しそうに反応する骨夫。しかし、どうやらやる気は出た様子だ。

「では、姫様! 命令遂行にあたって、二つお願いがございます!」

 やる気になった部下の進言なら聞き入れてやらねばなるまい。

どんな願いかな?


「はっ!まず私は魔王様からの魔力の供給が弱まっており、現状ではちょっと大きいニジマス程の戦闘力しかありません」

 どのくらいの強さなんだろう、それ……。

「故に、全盛期の力を取り戻すためにも、姫様と魔力供給のラインを形成させていただきたいのです」

 ……まぁ、四天王ともあろう者がニジマス位の戦闘力では格好がつかないから、それは良しとしよう。


「そしてもう一つ。不覚にも、かつて勇者が攻めて来たとき、私は別の現場で戦っていた為に、奴めの情報が全くありません。何か、勇者の系譜と知れる特徴などがあれば教えていただきたいのです」

 なるほど、それは知っておかねばならないな。

 ふむ……勇者の特徴か。


 かつて見た、父上と勇者の戦いを思い出す。

 まだ、少年といえる位の勇者が、父上と互角に激闘を繰り広げたあの時。

 そう、あの時の勇者は……。


「可愛いかった……」

「は?」

 ポツリと呟いた妾の言葉に、なに言ってんのこの人? みたいなニュアンスで骨夫が返してくる。

 やば……つい口に出してしまった。

 いや、もちろん「小僧のくせにー」とか「よくも父上をー」とか、小憎たらしいのは間違いないのだよ?

 しかし、それはそれとして……結構、美少年であったこともまた事実なのだ。

 まぁ、妾の美貌に屈しなかったり、逆境に追い詰められても懸命に立ち向かってくるあたりが、健気で可愛らしかった要素の一つであるな。


 とはいえ、骨夫に馬鹿を見る目で見られているのは気に入らないので、妾はいま座っている玉座の便利機能を使うことにした。

「これを見るがいい」

 そう言って玉座に魔力を送り込むと、空中に鏡のような物が浮かび上がる。

 そこに、父上と勇者の戦いの場面が写し出された!

 おお……と、骨夫が感嘆の声を漏らす。

 これぞ魔王の玉座便利機能の一つ、録画再生機能!

 この部屋で起こった事を映像として残す事ができる優れものである。


「なるほど……この少年が勇者ですか……」

 映像内で父上と戦う少年を見据えて、骨夫が目を光らせた。

「ふむ……外見的な要素で子孫等を見つける事はできないかもしれませんが、この特徴的な魔力の波動は受け継がれているかもしれませんな」

 うむ、なかなか目の付け所は良い。ならばそれを頼りに探して参れ!


「ははーっ!」

 骨夫は深く頭を下げる。

 そして奴の願い通りに、妾との魔力供給のラインを繋げてやった。

 その途端、骨夫に宿る死の魔力が活性化していくのが目に見えてわかる!

「おおお……す、素晴らしい!」

 おそらく全盛期に近い力を取り戻せたようで、骨夫は歓喜に震えていた。


「姫様、ありがとうございます。このキャルシアム・骨夫、必ずや姫様のご命令を遂行してみせましょう!」

 そう言い残すと、元気一杯になったアンデッドは、身に纏う闇のオーラに溶け込むようにして姿を消してしまった。

 おそらく、玉座の機能で見せた勇者の魔力に似たパターンを探索、感知してそこへ向かったのだろう。さすが四天王の一人。

フフフ……頼もしいことだ。


 一人、骨夫の成果を待つ身となった妾は、何とはなしに先ほどの父上と勇者が戦うシーンをもう一度再生させる。

 父上に立ち向かう、少年勇者の戦い……。

「やっぱり、可愛いよな……」

 ため息と共に、そんな言葉が妾の口から吐き出されていた。

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