魔王の娘と勇者の子孫
善信
第1話 魔王の娘アルトニエル
それは昔の話。
『鋼の魔王』と呼ばれる魔族の王が人間の勇者に敗れ、その居城に封印された……。
その魔王の娘である妾……アルトニエル・ローゼル・バオルは、いつか父上を復活させる為、封印が弱まる時期に合わせて眠りに着いた。
そして……ついに今日、この日!
妾は目覚めの時を迎える!
「んん……」
ベッドの上で上体を起こしつつ伸びをする。そうして、ぐるりと部屋の中を見回した。
妾が眠っていた部屋には結界が張られており、まるでここだけは時が止まっていたみたいに眠りにつく前と変わらない。
「どれくらい時が経ったのか……」
一人呟いて、ベッドから起き出した妾は姿見の前に立つ。
人間で言えば二十代前後くらいと評されていた妾の外見に、特に変化は見られない。
艶やかな銀色の髪も、新雪のような白い肌も、極上のルビーにも例えられた紅い瞳も、眠る前のままだ。
いや、少し髪は伸びたかもしれない……。
豊かな胸の双丘に蠱惑的なラインのくびれ、ほどよい丸みを帯びたヒップ……まさに完璧と言えよう。
やっべ! 妾、美しすぎる……。
父上が封印される前、魔界の男どもを魅了しまくった美貌は全く色褪せていない。
ふふふ……まずは一安心。
確認作業を終えると、妾は軽く体を動かして固まっていた体をほぐしていく。
すると、コキコキと体のあちこちから音がした。
うーむ……どうやらかなり長い間、眠っていたようだ。
改めてこんな目に会わされる原因となった人間に対して怒りの感情が湧いてくる。
おのれ……見ておれ人間どもめ!
父上を復活させた暁には、目に物見せてくれるわ!
「さて……父上を助ける計画の前に、この格好をどうにかしなければならぬな」
さすがに魔王の娘ともあろう者が、下着姿で城内をウロウロするわけにはいくまい。
チリンと侍女を呼びつける為の鈴を鳴らして、妾の着替えを持ってくるよう指示を…………あれ?
待てど暮らせど、侍女達が姿を現す気配はない。
ぬぅ……妾をなんと心得るのか!
呼べば即座に対応するように厳命してあった筈なのに、妾が眠っている間にずいぶんと怠慢になったらしい。
「誰ぞある!」
意図的に怒気を込めて、妾は叫ぶ!
その声に血相を変えた侍女達が、部屋のドアをノックして……ノックして…………あれぇ?
なぜ? どうして無反応?
あり得ない状況に、頭が混乱しそうになる。が、そこでピンと閃く物があった!
そうだ、この部屋にはまだ結界が張ってあったではないか!
いやぁ、妾としたことが不覚、不覚。
これではいくら妾が呼んでも、侍女達が気付かぬわけよな。
よーし、さっそく結界を解いて……。
妾は、改めて優雅に呼び鈴を鳴らす。
──しばらくして、やはり誰も現れなかった。
あ、ダメだ……妾、ちょっと泣きそう……。
しかし、弱気になってはいられない。
もしかしたら、妾が眠っている間に非常事態になっているかも知れぬのだ。
そうなっていた場合、ここは魔王の娘として城内の者達を導いてやらねば!
意を決してドアを開き、部屋の外をソッと覗き込む。
「ぐっ…」
途端に、埃とカビの臭いが妾の鼻を刺激してきた。
クシュン、クシュン!とくしゃみをしながら、一旦部屋の中に戦術的撤退!
ふぅ……危うく、アレルギーになるところであった。
しかし、チラリと見ただけではあるが、城内が荒らされたり襲われたりといった感じではなく、ただ長い間無人だった……といった、廃墟感があったように思える。
むぅ……本当に妾は、どれだけの時間を眠っていたというのであろう……。
だが、ここでじっとしていても仕方があるまい。
妾は部屋のクローゼットから適当な衣装取り出して身に纏い、鏡台で髪を整えると、再び姿見の前でおかしな所は無いかチェックする。
こんな時にと思われるかもしれないが、こんな時だからこそ支配者の娘としてみっともない姿を晒すわけにはいかないのだ。
「よし!」
化粧をしている時間はさすがに無いが、素っぴんでも妾は美しいから問題無し!
部屋の外に出て、口元をハンカチで覆いながら埃っぽい通路を進んでいく。
目指すは父上の玉座の間。あそこからなら、この城内にいる全ての者に妾の声を伝える事ができるからだ。
曲者と遭遇する危険性もチラリと考えんでもなかったが、あまりにも人の気配が無さすぎるのと、妾の強大な魔力があれば仮に遭遇しても万に一つもあるまい。
曲者なぞ、消し炭にしてくれる。
時折くしゃみをしながらも、玉座の間への最短ルートを進んで、妾は目的地にたどり着いた。
重厚な扉を開くとその部屋は、通路とはうってかわって塵一つ無い神殿を思わせる威厳に満ちたあの頃のままである。
これも、父上の魔力が活きている為なのだろうか。さすが、父上と言わざるを得ない。
さて、やるとしよう。
いそいそと一段高いところに鎮座する玉座に向かい、どっしりと腰を降ろす。
ふむ……この玉座からの景色を見るのは、なんとも久しぶりだ。
もっと小さかった頃に、父上の膝に乗せてもらった時以来か……。
「おのれ、勇者め……」
懐かしい思い出と共に、父上を封印した勇者への怒りが再び満ちてくる。
その気持ちと込めた魔力を玉座に流し込むと、この場に居ながらにして城の状況を把握できる玉座の能力が発動し始めた。
「妾はこの城の主にして、支配者である魔王の娘、アルトニエル! この城にいる下僕達は我が元に集結せよ!」
城のあらゆる場所に妾の声が響く。
これで城内にいる者は集まって来るだろう……。
──それからしばらくして。
玉座の間の扉を開き、最初の
「おお……本当に姫様ではありませんか……」
妾の姿を見て感極まったように呟く、その人物……彼は魔族どころか生者ですらなかった。
冥府の闇を素材にしたような漆黒のローブを身に纏い、完全に白骨化しているにも関わらず朽ちることなく行動するアンデッド……。
「魔王様直属の四天王が一人、キャルシアム・骨夫。御身の前に」
父上の魔力によって暗黒の生を受けた大幹部が、妾に向かって深々と頭を下げた。
死者の軍勢を操る、『死霊指揮官』の異名を持つこやつが健在なのは心強い。
「うむ、よくぞ来てくれた。で、他の者は?」
妾の質問に、骨夫は頭に?マークを浮かべて首を傾げる。
あれ? 妾、なにか変なこと聞いたかな……?
「い、いや……だから、現在の魔王軍はどうなっておるのかと……」
そこで骨夫は得心がいったようにポンと手を打った。
「魔王様直属の四天王が一人、キャルシアム・骨夫!」
うん、知ってる。
奴は改めて自己紹介をすると次の瞬間、とんでもない事を言いはなった!
「以上!」
……………ん? なんて?
「現在、我ら魔王軍の戦力は、私一名であります」
え? 一名って……え?
混乱する妾に向かって、ハッと気付いたように骨夫は手を振って訂正してきた。
そうよな、一人ってことはないよな。
「姫様も含めれば総員二名です!」
妾を含めてそれなの……?
そんな骨夫の言葉を肯定するように、その後扉を開けてこの玉座に現れる者は誰一人としていなかった。
妾は信じられぬ気持ちを抱え、言い様の無い脱力感と絶望感に耐えることしかてきなかった。
……少し泣く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます