第19話 ここぞというときに支払いを渋るやつはいずれおちぶれる
「ゴボァア」
声なのかそれとも何かの音なのか、奇妙な音と一緒に泥の塊に姿を変えたグリード、マッドグリードはその体積を膨張させていった。
「う、うわあああああああああああ」
膨れ上がる泥状の体に警察官さんたちが飲み込まれていく。
「構うな、撃て、撃てぇええええええ」
応戦のために撃った銃弾も大したダメージを与えず泥の中に沈み込んでいった。
「まずいですね」
「ええ、これだと物理攻撃は大半無効みたいだから、私のダーマも意味ないし。みるみるうちに体が大きくなっていってる」
すでにマッドグリードの体は最初の三倍ほどに膨れ上がっていた。
たまたま遠い位置にいた私たちにはまだ距離があるけど五分も経たずにここまで到達することは簡単に予測できた。
「たぶんあれは彼の能力じゃなくて他の人の能力だと思うんです」
「その意見には私も同感」
ブラックボックスを使っているのと同じグリードかはわからないけど、たぶんさっき私が見た二つの陰のうちのどちらか。今は他の場所に移動したのか下から見えない位置に動いたのか見えなくなっている。
「あれだけの能力なら本体への負荷もかなりのはずです。さっきまで活動限界寸前だったからあと五分もしないうちに限界を迎えて能力が解除されるはず。それまで僕達で何とか抑えこめれば――」
ドカァァン
「な……爆発した」
ドカン、ドカン、ドカドカドッカァン
最初の大きな爆発を合図にマッドグリードの膨れ上がった体のあちこちで大きな爆発が起こった。
「何、これ、もしかしてこのグリード……じばく、しているの」
「そんな」
ドカドカドカドカドカァンドカァン
グリードの爆発で公園の遊具や樹木が粉々に吹き飛ばされていく。
「まずいわね。あれじゃあ誘爆が怖くて攻撃できない。ただでさえ物理攻撃の効果がないっていうのに」
「………………」
さっきまで銃を乱発していた警察官さんたちも今は爆発を誘発しないためにマッドグリードから離れた位置で様子を伺っている。
自爆まがいの体内爆発が起こる度にマッドグリードの残骸、そしてグリードのものではない赤い液体が辺り一帯に飛び散る。
「このままじゃ」
活動限界を待っている暇はない。恐らく活動限界を迎えるときこのグリードは全身を使った超巨大な爆発を起こしてこの辺り一帯を吹き飛ばすに違いない。
どうにかしなきゃいけないけど、下手な攻撃をすれば爆発を誘発する。最悪活動限界時に起こす大爆発までのタイムリミットを縮めてしまうかもしれない。
やるなら一瞬で、跡形もないほどにマッドグリードを消し飛ばせる超火力のマネーアクションをぶつけるしかない。
今の私が使える最大のマネーアクションでそれができるか……
「五分五分ってところね」
おもしろいじゃない。どうせ何もしなかったらここでみんな爆死。
だったら――
「金持さん」
マネーアクションを発動しようスマホを取り出した瞬間、一文君が私に向かって話しかけてきた。
「何、今は時間がないのだけれど」
「僕に考えがあります、協力してくれませんか」
一文君の言葉に私は眉をよせた。
恐らく、いや間違いなく私よりヒューマンタグが低い一文君にこの状況を打破できる手立てはないと私は考えていたからだ。
例外はあるが、通常使えるマネーアクションはその人のヒューマンタグの約七割の価格のものだけ。
とてもじゃないけどこの状況を打破できるマネーアクションを一文君が使えるとは……
それでも私を見る一文君の目は真剣そのものだった。
「僕があのグリードを……殺します」
「…………わかったわ」
頭で答えを出すよりも早く私は頷いていた。
「だんだん、爆発が大きくなっているわね」
ドカドカドカァァァン
このままじゃこの周りどころかこの地区の三分の一ぐらいがこのグリードの自爆で地図から消えてしまうかもしれない。
「で、私は何をすればいいの、一文君」
そう言うと一文君は花の美しさにひかれるハチドリのように私の芸術的な顔に自分の顔を近づけてきて――
「え、ちょ、い、いちもん、君」
「金持さん」
「は、はい」
一文君は唐突にひざを折ると、一瞬お姫様に忠誠を誓う騎士のように顔を上げて、そして
「お金を、貸してください。お願いします」
「へ………………」
絵に描いたようにキレイな土下座を私に向かって行った。
「何でもしますから、どうかお金を貸してください。お願いします」
「………………」
何だろう。無性に一文君の頭の上を踏みつけたい。
いや、なんで一文君がお金を貸してほしいのかはわかる。さっきあれだけのマネーアクションを使っていたんだから、たぶんもうマネーアクションを使うお金を持っていないんでしょう。だから財閥のお嬢様である私にお金を貸りようとする一文君の気持ちは分からなくはない。わからなくはないのだけど、他に言い方があるでしょう。
私は一旦、一文君の後頭部を踏みつけたい欲求を抑えて話を進めることにした。
「話は分かったわよ……で、幾ら貸してほしいの」
貸すと言ったけれど一文君には朝チンピラ君たちに絡まれてるところを助けてもらった?し、実際さっきお礼を一文君のマイバンクに振り込むつもりだった。
あげるって言ってもよかったけれどまたさっきの問答になりそうだったからとりあえず今は貸してあとで助けてくれたお礼って言えばいいわよね
「これ……くらいです」
そう言って彼は頭を地面に付けたまま人差し指を立てた右腕を私に向かってあげた。
「\百万」
「いえ」
彼は頭を挙げずに否定した。
「じゃあ\一千万」
確かに高いけれど、まあそれくらいのマネーアクションじゃないとこの状況は――
「いえ……違います」
「え、じゃあ、いくらなの」
もしかして\十万、それぐらいならわざわざ土下座しなくても……
「………………\一億………………です」
「え…………」
いくらお嬢様の私でも一億が大金なのはわかっている。というかそんな大金いくら私でもそんな簡単に人に貸せるわけがない。っていうかそもそも……
「よくそんな大金、人に借りようとしたわね」
「っぐ、大変申し訳なく思っています」
いや、申し訳ない以前に非常識。というかそもそも、
「\一億なんてマネーアクションこの世に存在しているの」
そんな高額なマネーアクション聞いたことがない。当然私もそんな高いマネーアクション持っていない。
「金持さんにしか頼めないんです。どうか……お願いします」
「いや、そりゃ、そんな大金、私にしか無理でしょうけど」
ドガァァァァン
私たちの近くでこれまでと比較にならないくらい大きな爆発が起こった。
気付くとマッドグリードの体は既に公園の半分以上を埋め尽くしていた。もう最後の大爆発まで時間がない。
「ああ、もう分かったわよ。\一億でも\二億でも好きなだけ持っていきなさい」
急いで私はスマホを操作、彼のマイバンクに一億を振り込もうと手続きを進める。
「あ、ありがとう金持さん」
「いいから、さっさとあんたのマイバンクの振込番号を教えなさい。」
\一億はさすがにありがとうで済まされる金額じゃない。もしこの状況をどうにかできなかったら十割増しで請求してやる。
私が振り込み操作をしている間にマッドグリードは最後の大自爆のために体を何倍にも大きく膨れ上がらせ始めた。
「は、はやく、爆発まで時間がないわよ」
「こ、これが僕のマイバンクの振込番号です」
私は一文君のスマホに映った十桁の番号を高速で入力、\一億を彼の口座に振り込んだ。
「できたわよ」
「ありがとうございます」
マッドグリードの体は既に五階建てのビルよりも大きく膨れ上がっていた。ミチミチと破裂前の風船から出てくる音が聞こえてきそうなほどだ。
「やばいわよ、もう破裂寸前」
「大丈夫ですよ」
そう言うと一文君は破裂寸前のマッドグリードの前まで歩くと左手に持ったスマホを上にかざして叫んだ。
「マネーアクション発動、カリバー」
マネーアクションを発動すると一文君の右手に金色に光る剣が現れた。
「ごめん、許してほしいと言わないけど……ごめん、救ってあげられなくて」
一文君が右手の剣を振った瞬間、全てが光の中へ飲み込まれ消え去った。
すべてが元に戻ったとき、マッドグリードの姿はなくなっていた。まるで初めからそんなものはなかったかのようにきれいさっぱり消失していた。
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