走って!メロス君

透真もぐら

走って!メロス君




メロス君は激怒しました。


授業が終わり放課後になっても起こしてくれなかった彼の友人セリヌンティウス君にです。


いつもの寝ることが大好きな彼ならばセリヌンティウス君の日々の生活で疲れた友を気遣う一連の行動に感謝していたことでしょう。


しかしその日のメロス君にはのっぴきならない事情があったのです。

彼は急いで携帯のメール履歴を見ます。



メロス君へ

明日の放課後暇だったら買い物付き合ってください。校門裏で待ってます。   よしこ



「くそぅ!いや待て、よしこちゃんなら僕を心配して連絡をくれるはず、なのに」


メロス君はメール履歴を念入りに確認します。


「ない!ないぞ!まさか見放されちゃったのか…うぅ、よしこちゃん…。」


メロス君は先日勇気を出して告白し、交際までなんとかしてこぎづけたよしこちゃんに呆れられた悲しみに打ちひしがれました。


「うぅ…」と、そのとき教室のドアを無作法に開ける者がいました。

メロス君は泣き顔を見られまいとついとそちらを向き、目を見開きます。


「メロス君、どうしたんだい。」


「セリヌンティウス君!君なんてことをしてくれたんだ!今日はよしこちゃんとのデートだったのに!なんで起こしてくれなかったんだい!」


メロス君は般若の形相でまくしたてます。セリヌンティウス君はなんとか宥めようと必死です。その困り顔はまるで翁のようです。


「落ち着くんだメロス君、第一、僕が君を優しく起こす義理なんてないじゃないか!」


「確かに。」


「それより、愛しのよしこちゃんなら先生に連れて行かれたぞ。」


「!?本当かい、セリヌンティウス君。一帯なぜ?いや誰先生にだい!」


「ディオニス先生にだ。」


「な、なんだって!」


ディオニス先生は暴君として学校中に知られている国語の先生です。

かく言うメロス君も居眠りをよくディオニス先生に咎められています。


「あの暴君に連れて行かれたなんてよしこちゃんが心配だ!助けにいかなくては!君もついてきてくれるね!セリヌンティウス君!」


「え、う、うん!もちろん!」


メロス君は走ります。

セリヌンティウス君は未だ翁の形相です。


「失礼します!ディオニス先生はいらっしゃいますでしょうか!」


メロス君は生まれたての赤子のような大きな声で職員室に入ります。彼の悪い癖です。


「なんのようだね、メロス君。」


呼びかけに応えたのはディオニス先生その人でした。ディオニス先生は全長216cmの巨漢です。


「大きいぞぉ!」


しかし、メロス君は引きません。


「先ほどよしこさんが先生に連れて行かれたそうですが、本当でしょうか!」


「それを知ってどうするんだね。」


「誠に私事ではありますが!今日ぼくはよしこさんとデ、デ、デートの約束をしていましたぁ!彼女を返していただきたい!」


ディオニス先生は頭から落雷を浴びたような顔をしました。


「君、彼女と付き合っているのかね?くぅ、学生のくせに生意気だぞぉ!」


ディオニス先生の顔はみるみると赤身を帯びていきます。


「メロス君、君は授業中いつも寝ているな。俺は君の将来が心配でたまらんのだ。よって君は今から補習だ。デートは諦めなさい!」


今度はメロス君の頭に落雷が落ちる番でした。


「そ、そんな…いや、ディオニス先生、彼女は、よしこちゃんは一体どこに!」


「彼女ならさっき返したぞ。」


もう一個落雷が落ちました。


「そ、そんな…彼女を助けにきたつもりが、こんな藪蛇あんまりだぁ!」


メロス君はおいおいと泣きむせびます。セリヌンティウス君はメロス君の背中をさすってやろうと職員室のドアを開け、彼に近づきます。


すると、メロス君はセリヌンティウス君の手をがしりと掴みました。


「ディオニス先生、お願いがあります。補習は必ず受けましょう。ですがその前に彼女に"また明日"を伝えたいのです。」


「ふん!そう言って逃げるつもりだろう。」


ディオニス先生はメロス君を蔑みの目で見おろしています。


「では僕の心友のセリヌンティウス君を置いていきます。セリヌンティウス君にかけて必ずやこの場に舞い戻ってくることを約束しましょう!では、さらば!」


「ふん!期待しないで待つとしよう。」


ディオニス先生はがしりとセリヌンティウス君の腕をつかみます。


「おいこらまて、メロス!メロス!」


セリヌンティウス君の悲痛な叫びを背中に彼は駆け出します。


「メロォォォォォォォォォォォォス!!!」


走りながらメロス君は泣いていました。


「うぅ、済まないセリヌンティウス君…持つべきものは友達だぁ、うぅ、ふ、ははっ!」


紛れもない笑い泣きであった。


「よしこちゃんどこだぁ!どこにいるんだぁ!はぁん!」

メロス君は携帯を見ます。



メロス君へ

ごめん!ディオニス先生に引き止められちゃった!でも今用事終わったからすぐに校門に行くね!まっててね!     よしこ



「校門か…セリヌンティウス君には悪いけど今日はよしこちゃんとのデート楽しむぞぉ!」


彼の疾走はいつのまにかスキップに変わっていた。


「がるるるるるるるるるるるる」


彼の好きップを止めたのは何やら不穏な音でした。彼は音のする方向をちらっと見ます。


土佐犬がいました。


(土佐犬がいる。しかも、あれは首輪をつけてない。野良の土佐犬だぁ!)


思わず後ずさるメロス君。

土佐犬は問答無用でメロス君に襲いかかってきます。


「うおおおおおおおおおお!」


意味のわからない状況に関わらずメロス君の頭は冷静でした。


(これでも足の速さには自信がある。幸い土佐犬はあまり速くない!なんとか逃げ切れる!)


メロス君の目の前には猛々しい曲がり角があります。


「あのコーナーで差をつけるんだぁ!」 


遠心力を利用して曲がり角を華麗に走り抜けるメロス君。しかし彼の足は止まりました。


「あ、メロス。」


それはメロス君が金を借りパクしていた友達でした。彼は当然の如く返すあてなどありません。なぜなら彼の財布の中にはよしこちゃんとのデート費しか入ってなかったからです。


「はぅあ!」


「テメェ!金返せや!」

友人は鬼の形相です。


「くそったれ!」

即座に振り向くメロス君。


しかし、彼の目の前には野生の土佐犬。

まさに四面楚歌、孤立無援、背水の陣。


しかし、メロス君の低性能な頭のコンピュータはフル回転。


(これしかない!)


彼は土佐犬の脇をすり抜けます。そしてそのまま窓にダイブ!


「馬鹿な!ここは3階だぞ!?」

「がおおおおおおお!?」


「うおおおおおおおおお!」

メロス君は体を大きく揺らします。


友人と野生の土佐犬はメロス君の死を意識した、ところがどっこい彼の体は木の枝に引っかかっていたのでした。


「まっていろ!よしこちゃん今行くぞ!」


彼は今一度走り出しました。






よしこちゃんは夕焼けに照らされる校舎を見ていました。


彼女の名前を呼ぶ声がします。

それはよく聞き慣れた声でした。


「よしこちゃん!!!!」


「メロス君。どうしたの?そんな傷だらけで?」


「ダメージ加工ってやつだよ。ごめんこんな時間になっちゃって。」


よしこは首を振ります。

「いいのよ、お互い様。サァいきましょう。」


メロス君とよしこちゃんは手と手を取って歩き出した。



よしこちゃんとのデートはメロス君にとって幸せそのものでした。自然と顔が緩みます。


「メロス君。」


「なんだいよしこちゃん?」


しかし、彼の思いとは裏腹によしこちゃんの顔は神妙なものでした。


「メロス君、何か悩みでもあるの?ちっとも楽しそうじゃないじゃない。」


「え?そんなことないよ!とても楽しいよ!」


「嘘。時計を見てばっかりじゃない。メロス君、私メロス君が私のこと大切に思ってくれているのはとても好きだけど、友達と馬鹿なことやってるあなたも同じくらい好きよ。」


よしこちゃんの顔は真剣でした。

その顔は例えようのない彼女の顔でした。メロス君は目を見開いた後、その目を閉じて深呼吸をします。そして彼だけの笑顔をよしこに向けるのです。


「ごめん!ちょっと野暮用ができた!また明日!」


彼は走ります。

そういえば今日は走ってばかりだと息を弾ませながら思うのでした。





セリヌンティウスは激怒しました。自分を置き去りに彼女とのデートにうつつをぬかしている元心友のメロスにです。


「やはりメロスは来ないな。まあ来るはずもない。お前たちの友情は所詮その程度だったのだよ!」


温厚なセリヌンティウス君が怒るのも無理はありません。彼はグラウンドのど真ん中ではりつけにされていました。


「くそぅ、今日の夕食は僕の好きなハンバーグだって言うのに、うぅ…ご飯が冷めてしまう…」


「はっは!恨むならメロスを恨むんだな!」


と、その時グラウンド全体に響き渡るほど大きな声でディオニスの名前を呼ぶ声があります。


「やい!ディオニス!僕の友達を返してもらおう!」


「お前は!メロス!まさか本当に戻ってきたというのか!?」


メロス君ははりつけにされたセリヌンティウス君のもとへ歩みを続けます。


「約束通り俺は戻ってきた。サァ、彼を離せ!」


ディオニス先生はメロス君の迫力に身を引きます。


「ふん!負けた!降参だ!俺はお前は絶対に戻ってくることはないと思っていた。

しかしお前は戻ってきた!

メロス、セリヌンティウス、お前らの友情しかと見届けた!よしこちゃんとの交際も今は認めよう。しかしだ!メロス!俺は学生交際なんて断固反対だ!ではまた明日!さらばだ!」


そう言い残しディオニスは去って行きました。メロスは君はすかざす彼に唾を吐きます。


メロス君はセリヌンティウスの拘束を解きます。


「済まないセリヌンティウス君、僕は一度は君のことを捨て、よしこちゃんとのデートを楽しんでしまった。愚かな僕を許してくれ!」


メロス君は真珠のような涙の滴を頬にぶら下げながらセリヌンティウス君の手を握ります。


「メロス君、僕も君はもう戻ってこないのではないかと疑ってしまった。愚かなのは僕の方だ。こちらこそ許してくれないか。」


セリヌンティウス君は自由になりました。


「セリヌンティウス君。」

「メロス君。」


二人は抱き合います。

セリヌンティウス君はメロス君の耳元に口を近づけます。




「でも君のせいで僕の大好きなハンバーグは冷めてしまっただろう。この恨み晴らさでおくべきか。」






メロス君はグラウンドに寝そべって空を見上げています。とても綺麗な星空でした。


近づいてくる気配を感じ、彼は振り返ります。


よしこちゃんです。


「メロス君、その顔どうしたの?大変、青タンができてるわ。」


案の定セリヌンティウス君にタコ殴りにされて気がつくとグラウンドに寝そべっていたのです。 


「よしこちゃん、心配ないよ。この顔もダメージ加工ってやつさ。」


よしこちゃんは少し考え彼の隣で寝そべります。


「よしこちゃん!?かわいい服が汚れてしまうよ!」


「制服よ。かわいいものでもないわ。」


「でも…」


「綺麗な星空ね、メロス君もちゃんと見て。」


メロス君も彼女にならって星空を見上げます。夜のグラウンドはメロス君とよしこちゃん二人きりでした。






しばらくしてよしこちゃんは隣の彼がかわいい寝息をたてていることに気づきました。彼女はゆっくりと、彼を起こさないよう身を起こします。


「いつもみんなと馬鹿みたいにはしゃいで、かわいい顔で寝るあなたが好きよ、メロス君。」



よしこちゃんはメロス君の頭を優しく撫でるのでした。

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走って!メロス君 透真もぐら @Mogra316

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