第4話 ヌシ

 川エビ用の罠を増やして仕掛けたけど、二か所で罠が無くなっていた。

 更に、もう一か所では罠が壊されていた。


 陸の上から引き揚げて壊したのではなく、川の中で何かが食い付いたようで、結んだ蔓が切られていた。

 罠が壊されていたのは、魚を獲った浅瀬から少し川を下った淵に近い場所だ。


 川の水は透明度が高いけど、淵はかなりの深さがあるようで底までは見渡せないが、覗き込んでいると時折ユラリと大きな影が動くのが見える。

 どうやら、川のヌシが住み着いているようだ。


 試しに長い枝の先に、蔓で燻製の頭を結わいて淵に垂らしてみた。

 ヌシともなれば警戒心も強く、こんな仕掛けでは姿を見せないかと思いきや、五分ほどで淵の底から大きな影が姿を現した。


「うわっ……なんだよ、あれ」

「うぅぅぅ……」


 水の中だから大きく見えるのかもしれないが、2メートルぐらいありそうな大きな影はナマズのように見える。

 川岸に僕とフィヤが居るのに、ヌシはまるで警戒する様子も見せずに悠々と淵を泳ぎ回り、深みへと戻って行った。


 やはり僕らの存在がバレていたのだと思ったら、ヌシは深みから一気に浮上して来ると、燻製の頭をバクっと丸飲みにして水面からジャンプした。

 結わいた蔓を食い千切り、大きな水飛沫を上げて一気に深みへと潜って行った。


「きゅーん……きゅーん……」


 フィヤはヌシの大きな口に丸飲みにされそうだと感じたのか、尻尾を股に挟んで僕の後ろに隠れている。

 ちょっとチビっていたのは、見なかった事にしてあげよう。


 浅瀬までは上がって来ないのかもしれないけど、淵で泳いでいたら本当にフィヤは丸飲みにされていたかもしれない。

 ヌシの大きさには圧倒される思いだけど、その一方で仕留められたら大量の食糧をゲット出来るとも考えてしまった。


 この世界の冬が僕の予想よりも厳しく長いものだったら、最悪フィヤと一緒に飢え死にしてしまうかもしれない。

 それを回避するには食料を確保するしかないので、川のヌシには僕とフィヤの食料になってもらおう。


 僕らの見ている前で燻製の頭を丸飲みしたように、ヌシの警戒心は高くない。

 これは僕らにとって、とても有利な条件だ。


 簡単に誘い出せそうだが、問題はどうやって川から引き上げるかだ。

 日本だったら、釣り道具屋で釣り針と釣り糸を買ってくれば、簡単に釣り上げられそうだが、ここにはそんな便利な道具は無い。


 僕は50メートルぐらいは泳げるけど、水の中でヌシと戦って勝てるとも思えない。

 やっぱり、浅瀬で仕留めるしかないだろう。


 僕が立てた作戦は、燻製の頭でヌシを浅瀬に誘き寄せ、川を網で仕切って閉じ込め、銛を突き刺して仕留めるという感じだ。

 早速、網と銛の準備に取り掛かる。


 銛を思い付いたのは、川辺に生えている不思議な木の枝を思い出したからだ。

 この木の枝には、カラタチのように鋭い棘が生えている。


 棘の長さは30センチぐらいあって、根元の太さも5センチぐらいあるが、横に力を入れると根元からポロっと取れた。

 棘はとても硬く、返しのような突起があって、深く刺さったら抜けそうもない。


 棘を沢山折って集め、家に持ち帰って加工した。

 根元に穴を開け、蔓を通して結んでおく。


 手頃な太さの2メートルほどの長さの枝を拾ってきて、先の部分を削って、棘がはまるようにした。

 これで蔓を結んだ棘を何本か刺してやれば、さすがのヌシも観念するだろう。


 網は魚獲りに使った物を補強して一枚、もう一枚は新たに蔓を結んで作った。

 蔓の本数を倍にしてあるので、たぶんヌシでも切れないはずだ。


 川岸に杭を四本立てて、まずは上流を網で仕切った。

 次に、下流にも網を入れて、片側だけ網の端を結ばずに沈めておく。


 これで、網と網の間に燻製の頭を仕掛けて、ヌシが現れるのを待つだけだ。

 燻製の頭は、匂いが良く出るように川原の石で叩いて潰し、上流側の網に縛り付け、いよいよヌシとの対決開始だ。


 下流の網の近くに陣取り、ヌシが通るの待つ。

 20分ぐらい経っても、ヌシは姿を現さなかった。


 やはり浅瀬には上がって来ないのかもしれないと思いつつ、更に20分ほど待っていると、目の前を大きな影が通りすぎて行った。


「よし、来た!」


 急いで下流の網を張り、これでヌシを浅瀬に閉じ込めた。

 川原に用意した銛を手にしてヌシの姿を探すと、上流の網に縛った燻製の頭に食い付いて暴れている。


 水飛沫を立てて、網を食い千切ろうと暴れているが、蔓を束ねて補強したので簡単には切れない。

 暴れるヌシのお腹に、思いっきり銛を突き立てた。


 ヌシは燻製の頭を吐き出して、下流を目指した。

 次の銛をセットしながら追いかけると、ヌシは網に遮られて淵へ戻れずにいた。

 

 川に踏み込みながら、もう一本銛を突き入れた。

 最初の銛も刺さったままだが、それでもヌシは動きを止めまない。


 急いで三本目の銛をセットして、狙いを定めて頭の近くに突き立てた。

 ヌシは猛然と暴れたが、銛が抜ける気配はない。


「きゃう、きゃうぅぅ……きゃん、きゃん、きゃん!」


 フィヤは不安そうに鳴きながら、川原をウロウロしているが、ヌシが怖いのか水辺までは近付いて来ない。

 そして、四本目の銛を突き立てると、さすがのヌシも動きが鈍くなった。


 もう大丈夫かと思い、川岸から銛に結んだ蔓を引っ張った途端、ヌシが大きく暴れて蔓が一本切れた。

 引っ張っていた蔓を慌てて離し、もう一度銛に持ち替えて、五本目の銛をヌシの頭に突き入れた。


 水飛沫を上げてビクンビクンと大きく痙攣した後、ヌシはグッタリと動かなくなった。


「よっしゃー! とったどー! ヌシ、とったどー!」

「きゃん、きゃん、きゃん、きゃん!」


 勝ち鬨を上げると、フィヤも嬉しそうに走り回った。

 フィヤは何もしてないんだけど……まぁ、いいか。


 仕留めたヌシの尾を持って川原へと引き上げ、すぐに解体に取り掛かる。

 カッターナイフを使って、大き目の切り身に切り分けて家へと運んだ。


 予め準備をしておいたので、すぐに燻製作りを始められた。

 ヌシは、丸々と太っていたので、普通の魚五十匹分以上の燻製が出来るはずだ。


 それとは別に、身を串に刺して、本日の食事にしよう。


「きゃぅぅぅ、きゃぅぅぅ……きゃん、きゃん、きゃん!」

「まだ、まだ焼けてないよ、駄目、お預け!」

「きゅーん……きゅーん……」

「可愛い顔しても、駄目だからね!」


 遠火に炙られた切り身が、香ばしい匂いを漂わせ始めると、フィヤは我慢出来ないとばかりに僕に頭をこすりつけてきた。

 それでも序列は大事だから、まずはヌシを仕留めた僕が食べてからだ。


 ヌシの身は綺麗な白身で、炙られた所は薄っすらと焦げ目が入っている。

 齧り付けば香ばしい香りと、じゅわっと旨みが口いっぱいに広がっていく。

 ほっこりとしていて、泥臭みも全く無い。


「うんまー! ヌシ、うんまー!」

「きゃう、きゃう、きゃん、きゃん、きゃん!」

「はいはい、分かったよ、熱いから火傷するなよ……」

「はぐはぐ、きゅーん……はぐはぐはぐ」


 余程美味しかったのだろう、夢中で齧り付いた後、フィヤはうっとりとした声を洩らし、また夢中で食べ続けた。

 大きな切り身をペロリと完食すると、フィヤは満足そうな顔でかまどの横に寝転がり、すぐに寝息を立て始める。


 その横で、燻製の火を調整しながら、夜までノンビリと過ごした。

 ヌシを仕留めた後も、川には罠を仕掛けて、川エビやカジカのような魚を捕まえて食料にした。


 獲れるうちは川から食料を調達して、燻製はあくまで冬の間の保存食にするつもりだった。

 川から獲れる獲物の数も減り始めて、時々降る雨は、凍えるほどの寒さを運んでくる。


 暖かい昼間を選んで水浴びをしてみたが、あまりの冷たさに悲鳴を上げる羽目になった。

 ちなみに、フィヤは川に入ろうともしないので、抱えて連れて来て強制的に洗った。


「きゃう、きゃう、きゃう、きゅーん……きゅーん……」


 悲鳴を上げたフィヤと一緒に川原に駆け戻り、焚き火に当たった。

 もう、春になるまでは水浴びは無理そうだ。


 獲物が殆ど獲れなくなってきたので、昼間は薪拾いと土器作りに挑戦した。

 粘土を掘って来て、良く捏ねて空気を抜き、土器の形にしていく。


 目標は、大きな鍋と、取り分ける器だ。

 壊れても良いように、鍋を三つ、器は五つほど作って、天日干しにした。


 カラカラになるまで天日干しした鍋と器は、かまどの灰を入れた穴の中に並べて、乾いた落ち葉をかけて埋め、更に細い枝などを積み上げて焚き火をして焼く。

 この方法は、林間学校の実習で見学したやり方をアレンジしたものだ。


 半日かけて焼いたあとは、冷めるまで放置、翌日取り出してみると、鍋が一個割れてしまった以外は土器になっていた。

 少し塩気のある川の水を土器の鍋で汲み、家のかまどに据えて火に掛けてみる。


 水漏れするのではないか、途中で割れたりしないかドキドキしたが、無事にお湯が沸いたので、燻製の魚を使ってスープを作ってみる。

 スープと言っても、具は燻製の魚だけなので何とも味気ないが、それでも『焼く』の他に『煮る』という調理法が出来たのは大きな進歩だ。


「はぁ……暖まるよ……」

「きゃん……きゃぅぅぅ……きゃん……」

「熱いから気をつけろよ……って、ちょっと冷ましてあげようか……」


 フィヤにもスープを器によそってあげたが、ちょっと熱かったらしく、上手く食べられない。

 器をフーフーして少し冷ましてあげると、フィヤは燻製に齧りつき、スープもペロリと完食してみせた。


 味は、お世辞にも褒められたものではないが、これから厳しくなるであろう冬に、暖かいものが食べられる目途が立ってほっとした。

 土器でスープを作った二日後、降ってきたのは雨ではなくて雪だった。


 昼過ぎから降り始めた雪は、翌朝まで降り続き、家の周囲を真っ白に染めてしまった。


「きゃん、きゃん、きゃん、きゃん!」


 最初、初めて見る雪に戸惑っていたフィヤだが、すぐに慣れると、真っ白になった家の回りを夢中になって走り回り始めた。


「本当に、犬は喜び庭駆け回るんだねぇ……」


 楽しそうに駆け回るフィヤに、雪を被せたり、雪玉を放ってやったりして、遊んでいたのだが、午後になるとまた雲行きが怪しくなり、夕方には吹雪になった。

 家の中には、薪もたくさん拾って来て積んであるが、思っていたよりも厳しい冬になりそうな気がする。


 それでも、家の中に入り、シッカリと戸を閉めて焚き火をしていれば、凍える事はなさそうだ。

 何よりも、フィヤという名のモフモフの暖房器具があるから大丈夫だろう。

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