2月27日
狛咲らき
音
目覚ましのアラームの音がして、僕は起きた。
2月27日土曜日午前7時。カーテンを開けると冷たい日光が僕を照らした。
何にも変わらないいつもの朝だ。
階段を降りてリビングに行くと、母がいつも通りの朝食を作っていつも通り「おはよう」と僕に声をかけてくれた。
父は既に出社していて家にはいつも通り僕と母のふたりしかいない。
「『試験って今日からだったかしら?』」
「『ううん、明後日だよ』」
「『そう。じゃあお昼に帰ってくるわけじゃないのね』」
一方的な定型文の応酬を終えて、母は新聞を広げた。
「『行ってきます』」
「『行ってらっしゃい』」
ゆっくりと朝食を済ませて身支度を整えてから、僕は学校へと向かった。
学校はいつも通り朝からどんよりとしていた。
「『もうすぐ試験だなんて嫌だなぁ』」
「『でもこれが終わったら、春休みだよ。最高じゃん』」
僕の席の後ろでそんな会話をしているものだから、思わず溜息が出てしまった。
「『おはよう、中島』」
そろそろだと思いながら待っていると、案の定僕の名前を呼ぶ声がした。
「『おはよう、山本。昨日は楽しかったな』」
「『まさかあんな時間までゲームするとは思わなかったよなぁ。お陰で寝不足だよ』」
「『思いの外難易度高かったよな。結局負けたし』」
「『そうそう。マルチ推奨とは言われてたけど、あんなのひとりで勝てっこないっての』」
そうやっていつも通り違和感のない会話をしていると、キンコンカンコンと授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
授業はあまりにも退屈で、机に突っ伏して目を瞑るととても良く眠れた。
気が付くと昇っていた太陽も沈み始め、ホームルームが終わって放課後となっていた。
「『中島ー帰ろうぜー』」
「『ああ』」
校門を出て、往来の少ない道路を渡り、小さな商店街をいつも通りの下らない話をしながら歩く。
つまらなくなってしまった日常の中でも、この時間だけは好きだった。
しかし小さな幸せの時間も終わりが近づいてきたようだ。
「『じゃあな』」
「『またな』」
僕と山本は互いに反対方向へと歩き始める。
結局今日もいつも通りなのだろうか。
何となく、今日はそんな気分じゃなかった。
「山本!」
何だ、と彼は振り返った。
「ちょっとだけ家に寄って行かないか?」
「どうした、突然」
「何でも良いじゃないか。どうせ暇だろ?」
「そりゃまあそうだけどさ」
ということで、山本を家に呼ぶことに成功した。
久々のこの状況に僅かに心を躍らせながら、僕達は再び下らない話に花を咲かせつつ、自宅へと向かった。
家の前には予想通り母がいた。ちょうど買い物しに出かけに行こうとしているところだった。
「あら、山本君じゃない。いらっしゃい」
「お久しぶりです。お邪魔します」
「ゆっくりしていってね」
母は嬉しそうに自転車を漕ぎ始めた。
「中島のとこに来るのいつ振りだっけ。懐かしいなぁ」
僕は何も言えないまま、ガチャリとドアを開けた。そしてそのまま2階に上がって僕の部屋まで招く。
山本は部屋を一周眺めてから「変わってないね」と呟いた。
「で、何するんだい?」
「昨日のゲームの続きかな。どうせ持ってきてるんだろう?」
「お、バレたか」
山本はニヤリと笑って鞄からゲームを取り出した。
「さて、再戦と行こうじゃないか」
そうしてひたすら山本とゲームをして3時間。リビングから美味しそうな匂いが漂ってきた。
「山本君、夕ご飯どうする? 一緒に食べる?」
いつの間にか帰ってきていた母が階段から呼びかける。
「一応山本君の分も作ったんだけど」
「あー、じゃあいただきます」
山本はそう応えると、携帯を開いて親に連絡し始めた。
山本の家庭では親の帰りが遅い関係上、ご飯も遅くに食べるそうだ。だから今から飯だという時間であっても融通が利く。
「そろそろ下に降りようか」
「そうだね。それにしても中島、お前こんなにゲーム下手だったか?昨日のプレイングが嘘みたいだよ」
夕ご飯を食べ終わり、楽しい時間の延長分もあと僅かとなった。しかし久々に感じられた既知の新鮮味を噛み締められたのはとても大きい。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
部屋に戻って開口一番に山本は言った。
「誘ってくれてありがとう。昔を思い出して楽しかったよ。今と変わらず一緒にゲームばっかしてた気がするけど」
「僕達にはこういうのが性に合ってるんだよ」
「ははっ、そうかもしれないな」
山本は持ってきたゲームを鞄に仕舞った。
「そういや明後日試験だったな。これで赤点取ったら責任取れよ?」
「はいはい」
そう言って僕は携帯を開いた。
「……うん、電話? 誰だろ」
部屋のドアを開けようとした瞬間に山本の携帯が鳴る。
背後の僕を特に気にしていないようだった。
「……中島? 何でお前が電話かけてきて——」
振り返った山本の頭目掛けて、僕はバットを思い切り振った。
鈍い音と共に山本はそのまま壁に倒れかかる。
ドクドクと頭から血を流しているが、まだ息はあるようだった。
「なか…じま…」
どうやら山本の意識もまだあるらしい。良かった、良かった。
「どう…して…」
僕は構わずバットを振り下ろした。
バットを振り下ろした。
振り下ろした。
振り下ろした。
振り下ろした。
「――どうしたの?何かあった?」
下から母の声が聞こえる。
「何でもないよ。それよりもお母さん、今日はちょっと眠いからもう寝るよ」
「あら、そうなの。あれ、山本君は?」
「何言ってるの。山本はもう帰ったじゃん」
「え、そうなの!? ちゃんと送って行きたかったのに」
僕はベッドに横になった。
部屋中に漂う異臭が鼻を突くが慣れればどうということはない。少しずつ瞼が重くなっていく。
最後に山本の方を見る。
赤く染まった部屋の一隅に転がる頭部のない人形。アレを山本と言えるのかは置いておいて、我ながら申し訳ないことをしたなという自覚はあった。
「……山本、また明日な」
あれだけのことをやっておきながらも、それでも僕の心は満たされはしなかった。
またしても何かが壊れる音がした。
目覚ましのアラームの音がして、僕は起きた。
2月27日土曜日午前7時。カーテンを開けると冷たい日光が僕を照らした。
何にも変わらないいつもの朝だ。
そして僕の記憶が正しければ、これでちょうど3千回目の2月27日となる。
階段を降りてリビングに行くと、母がいつも通りの朝食を作っていつも通り「おはよう」と僕に声をかけてくれた。
父は既に出社していて家にはいつも通り僕と母のふたりしかいない。
「『試験って今日からだったかしら?』」
「『ううん、明後日だよ』」
「『そう。じゃあお昼に帰ってくるわけじゃないのね』」
一方的な定型文の応酬を終えて、母は新聞を広げた。
どうやら記念すべき3千回目であっても特に変化はないらしい。
「『行ってきます』」
「『行ってらっしゃい』」
ゆっくりと朝食を済ませて身支度を整えてから、僕は学校へと向かった。
今日もまた春休みを待ち焦がれる奴らの声を聞かなくてはならない。
今日もまた山本と全然覚えていない『昨日』の話で盛り上がらなくてはならない。
退屈な日常は無限に続く。
でもそれすらも楽しまなければ、きっと心は死んでしまうだろう。
それとももう死んでいるのだろうか、その判断すらもできない。
「でも、まあいいか」
メビウスの輪のような運命はきっと僕を解放してくれやしないのだから、僕は僕で好きなことをやり続けよう。
だって意味なんてないのだから。
「『おはよう、中島』」
そろそろだと思いながら待っていると、案の定僕の名前を呼ぶ声がした。
「『――おはよう、山本。昨日は楽しかったな』」
さて、今日は何をしようかな。
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