……あんたに一番似合わなそうな言葉だな


「一番弟子ポジションは大変じゃのお。どんまい」

「だぁれが一番弟子だ!! あの人にとっては非常食そのイチ程度だっての!! 食うなら見た目が好みな方がいいっていう変態だぞ!!」


 クティは力いっぱい叫ぶと隅の方で状況を見守っていた愛子に血走った目を向けた。


「……めちゃくちゃ不本意だが、仕方ねえからしばらくここにおく。部屋とかもろもろ準備頼む」

「そっちの子もですか?」


 愛子が視線を向けたのは雄介だった。やはり愛子は双月が外レ者で雄介は普通の人間だと気づいている。緒方たちのように外レ者に詳しい人間なのか、そうは見えないけれど外レ者なのか。判断がつかず雄介の体は強張った。


「そっちの鬼もどきはおまけ。リンさんが気に入ったのはそっちのガキ」


 クティの言葉に愛子は意外そうな顔をした。改めて観察するような視線を向けられて居心地が悪くなる。しかし、それよりも気になることがあった。


「……鬼もどきって、なんで俺のことを知っている」


 双月がクティを睨みつけた。事の次第によっては今すぐ殴りかかるという気迫を感じる。そんな双月の反応をみてクティは鼻で笑った。


「大鷲から聞かなかったのかよ。俺が食うのは分岐だ」

「それは聞いた……」

「なら答えは簡単だろ。分岐っていうのは未来にだけあるものじゃない。選び終わった過去にだってある。それを見ればお前らがどういう道筋でここまで来たのかだってわかる」


 クティは空は青いと語るようにあっさりといった。揺るぎない姿に雄介はリンと対面したときとは違う恐怖を覚える。

 未来も過去も見通すことができる。それはその気になれば雄介の人生にいくらでも介入できるということだ。未来が良くなるか悪くなるかはクティの気分次第。雄介の人生は目の前の存在の気まぐれで簡単にもてあそばれる。

 それに気づいて背筋が冷たくなる。

 雄介の感情の変化に気づいたクティは目を細めて笑った。


「これからお前が対峙するのは、こういうものだ」


 お前らではなく、お前とクティはいった。外レた双月は彼らに対抗する術を持っている。しかし雄介は無力なまま。無力なままで彼らと渡り合わなければいけない。


「あっさり死なれたら俺も困る。ここでせいぜい賢く逃げる方法を学んでけ」


 クティはそういうとソファにどっかり腰をおろした。愛子が扉の一つを開けていなくなると部屋は静かになった。クティは雄介と双月には興味が失せたようで見向きもしない。

 居心地の悪さに視線をさまよわせていると、大鷲が控えめに手をあげた。


「クティ、わしは?」

「とっとと帰れ。終わったら呼ぶ。いや、めんどくせえから毎日、目だぜ」

「横暴!! わしじゃって可愛い教え子の一人じゃろ!」

「顔も出さねえ、茶菓子も持ってこねえ、面倒ごと押し付ける時だけ連絡もよこさずに現れる。これのどこが可愛い教え子だ!」

「そういえばまだ仕事が残っておったんじゃった。うっかり」


 旗色が悪くなったとたん、大鷲はわざとらしく手を叩いて、雄介と双月に軽く手をふるとさっさと部屋を出ていった。その逃げ足の速さは双月すら唖然とするほどで、雄介もしばし呆然と大鷲が消えたドアを見つめた。


「大鷲は師匠への礼儀はてんでダメだが、この世界で生き残っていくのには参考になるからよく見とけ」

「……自分が不利になったらすぐに逃げろってことか?」


 不快げに眉間にシワを寄せる双月に視線も向けず、クティは退屈そうに腕につけたブレスレットを弄んだ。


「その通り。俺達の世界は人間が大好きな努力、気合、根性なんてあてにならねえ。弱ければ食べられ、強ければ生き残る。それだけだ」

「だからって、尻尾巻いて逃げろっていうのか」

「死にたくないならな。死にたいなら別にいい。生きることよりもプライドが大事って言うなら、勝手に死ね」


 相変わらず双月の顔を見ることもなく、つまらなそうな顔で温度のない言葉を口にする。気だるそうにはなたれる言葉が妙に胸に刺さるのは、クティが持っている力なのか。それとも、雄介が目の前の得体のしれない存在を恐れているからなのか。


「……俺が死んだら困るんじゃないのか」

「ちゃんと忠告したのに聞かずにバカやって死ぬのは俺のせいじゃねえだろ」


 クティは相変わらず双月と視線も合わせず、退屈そうにあくびをした。そのいかにも面倒くさいという態度に双月の機嫌が下がっていく。慌てて雄介が止めようとするのも間に合わず、双月はクティの前に立つ。ソファに足を組んで座っているクティを双月は険しい顔で見下ろした。

 それでもクティの態度は変わらない。むしろ楽し気に双月を見上げている。


「思ったよりも気性が荒いな。それじゃすぐ死ぬぞ」

「それは俺の実力を見てからいえ」

「おい、双月!」


 雄介が叫ぶと同時、双月は拳を振りかぶってクティに殴りかかった。雄介は双月の力を身をもって知っている。鍛えているようには見えないクティが双月の本気の拳を耐えられるとは思えなかった。来て早々、教えを乞うべき相手を殴って流血沙汰。そんな嫌な予感に雄介は青くなるが、目に飛び込んできたのは雄介が全く想像していなかった展開だった。


 気づけば双月はソファに押さえつけられていた。うつ伏せに倒された双月は右手を押さえつけられ、左手は背中に回されている。そのうえでクティは双月の腰の上に悠々と乗っかっていた。

 一瞬の出来事だった。見ていた雄介にはなにがどうなったのか理解できなかったが、双月もわからなかったらしい。珍しく年相応の子供らしい表情でクティを見上げていた。


「お前、ちゃんと話聞いてか? 俺は分岐が見えるっていっただろ。お前の次の行動なんてお見通しなんだよ」


 ニヤニヤと楽しそうにクティは笑う。拘束された双月の顔が屈辱で歪んだ。


「お前は肉体強化タイプっぽいから、純粋な戦闘能力でいったら俺より上だろう。けどな、行動がよめるならやりようはいくらでもある」


 クティはそういうと双月の拘束をといて立ち上がる。さっさとどけ。というように手を払われて、双月はクティをにらみつけながらソファから立ち上がった。


「説明するから、二人でそっち座れ」


 そういって示されたのはクティが座っているソファの向かい側。クティは三人は悠々と座れるソファの中央にどっかりと腰を下ろし、偉そうに足を組む。

 最初からソファに座れと指示をくれたら双月が怒ったりしなかったのでは。そう雄介は思ったが途中で気づく。もしかしたら双月が怒るようにわざと煽ったのかもしれない。他人を警戒し、雄介以外の話はほとんど聞く耳を持たない双月に分かりやすい実力差、序列を見せつけるために。

 探るようにクティに視線を向けるとクティは楽し気に口の端をあげた。それが答えのような気がして、とんでもない相手だと雄介はため息をつきそうになった。


「お前らがここに連れてこられた理由はわかっているよな」

「双月がなにを必要とするか把握するためと、外レ者の勉強をするためです」


 雄介が答えるとクティが目を細めた。出来のいい子供を見る先生のような顔をされ居心地が悪くなる。


「その通り、よぉーくわかってんな、さすがリンさんのお気に入り。そっちの短気なガキとは大違いだ」


 クティはそういうとわざとバカにした顔で双月を見た。双月の眉が吊り上がる。そのやり取りを見て、雄介はクティの人物像を少し修正した。人の神経を逆なでする性格なのは素のようだ。


「じゃんけんじゃ、グーは絶対にパーには勝てない。目の前にいるのが勝てる相手かどうか見定められねえと長生きできねえぞ」


 そういうとクティは双月を鼻で笑う。双月は明らかにイラついているが言い返しはしなかった。殴りかかったところで先ほどと同じ結果になるのが目に見えているし、口下手な双月ではクティに口で勝てるとも思えない。


「どうやったら分かるようになるんですか?」

「短気なガキはまずはいっぱい食うしかねえな。リンさんのお気に入りは学べ、慣れろ」


 ざっくりとした答えが返ってきて雄介は肩透かしを食らった。不満が顔に現れていたのだろうクティは肩眉を吊り上げる。


「そんな急に強くなれるわけねえだろ。何事も地道にコツコツとだ」

「……あんたに一番似合わなそうな言葉だな」


 目がちかちかするようなド派手な迷彩柄に、ジャラジャラとアクセサリーをつけた、お世辞には真面目とはいいがたい恰好をしたクティに地道という言葉はまるで似あわない。双月と同じく思わず半眼になってしまった雄介を見て、クティは顔をしかめる。


「人を見かけで判断すんな。俺達みたいな存在相手に一番やっちゃいけねえことだぞ」

 クティはそういうと愛子が消えていったドアを指さした。


「愛子を見てどう思った」

「……同世代にも年上にも見える方だなと思いました」

「折れそう」

「お気に入りはまだ見込みあるが、ガキの方はダメだな」

 クティはそういうと大げさに肩をすくめた。


「愛子は元人間。食べるのは人の幸福だ」


 雄介と双月は同時に体を震わせた。人の幸福。それを食べられた者の末路は簡単に想像することができる。


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