……舐められまくってるな
「最初の質問の答えに戻るとな、クティは保護されておらん。保護している外レ者のリーダーとして不法滞在しておる。が、わしらがまとめるよりもクティがまとめた方がうまくいく。じゃから追い出せないというわけじゃ」
「……舐められまくってるな」
双月の言葉に大鷲は肩を落とした。大鷲も分かってはいるらしい。
「しかしの、双月くんのように人から外レた場合も、先天性の外レ者を特視が保護した場合もクティの力が必要なんじゃよ。実はわしもセンジュカもクティにはお世話になっておっての……」
意外な事実に雄介は言葉を失った。クティのイメージが先程から定まらない。リンの一番弟子であり、保護施設に不法滞在しているゴロツキであり、大鷲とセンジュカの世話をした存在。一体どんな人物なのか。
「さっきもいったじゃろ。先天性は空腹を感じてもなにを食べればいいか分からぬと。それはわしらみたいな後天性もそうじゃ」
大鷲の言葉に思わず雄介は双月を見た。双月はじっと運転する大鷲を睨みつけている。否定の言葉が出ないのを見ると大鷲の言っていることは事実のようだ。
「わしの場合はの、目を使い続けなければならぬ」
大鷲の能力は遠視。一度いったことがある場所であれば見ることが出来るらしい。能力を使っているときの大鷲は額や頬に複数の瞳が開く。そして遠視している場所にも大鷲の目の一部が現れる。
地下で見せてもらったときは突然白い壁に人間の目玉が現れて随分驚いた。
しかし万能とは言い難い。一度行った場所しか見えないうえ、見ている側に気づかれて目を潰されると大鷲の体にダメージがはいる。音は聞こえない。見ている間は身動きが取れないなど制約は多い。
「わしが能力を使う時、額に一つ、頬に三つ目が開くじゃろ。あれ、それぞれに好みがあっての」
「……好み……」
「額の一号はバカップルを眺めるのが好きなんじゃが、頬の一番上の二号は修羅場を好む。次の三号は人の秘密を知りたがり、四号は特定の人物を長時間監視することを好む」
「……大変ですね……」
思わずもれた言葉に大鷲は深々とうなずいた。適当すぎるネーミングに突っ込む気が起きないほどには苦労しているように見えた。
「そういう風にの、外レ者にはルールがあるんじゃ。リン様ぐらい強くなればルールなんて関係なしに好き勝手できるらしいがの、そこまでいくのに相当な時間がかかる。そもそも自分に課されたルールを理解せにゃならん」
「それって自分ではわからないんですか」
「なんとなくは分かるぞ。わしの場合はなんとなーく人を凝視しておったの」
「それ、分かってないだろ」
大鷲の言葉に双月が顔をしかめた。大鷲には悪いが雄介もフォローできない。
なんとなく人を凝視していた行為から、大鷲の食事ルールにたどり着ける人間がいるとは思えない。
大鷲も無茶だと自覚があったのか苦笑を浮かべる。
「正直にいえばクティに助言をもらうまで、人を凝視していたことすら気づいておらんかったの。完全に無意識の行動じゃった」
「そこからよくルールを理解できましたね……」
「クティがおらんかったら無理じゃったろうな。じゃから、わしはクティには強くでられん。他のクティの世話になった者は大概そうじゃろ」
センジュカはそうでもないが。と大鷲は付け足した。センジュカが誰かに感謝する姿など想像もできないが、生きるか死ぬかのルールを教わっても感謝しないというのはらしすぎて苦笑がもれる。
「……一体どうやって把握するんだ。自分でもわからないっていうのに他人のだろ」
双月が刺々しい声をだす。
雄介は興味深い話を聞いている感覚だったが双月から今後の人生が関わることだ。そのことに気づいて雄介は姿勢をただした。
いくつかの資料をみたが外レ者の食事事情は千差万別だ。リンは感情。魔女は自分が生み出した花を食べなければいけない。大鷲の目ともまるで違うルールだ。
となれば双月は一体なにを食べなければいけないのか。
目覚めてからというもの双月の様子に変化はない。空腹を感じなくなったと食べる量は減っていた。それでも全く食べないわけではない。
羽澤の血を引く者はリンと魔女の影響で普通の人間よりも外レ者に近い。
だから普通の人間が外レるよりも猶予がある。数ヶ月はなにも食べなくても死ぬことはない。そう大鷲や緒方は予想していたが、不安は尽きない。
雄介と双月の空気が変わったのを感じたのか大鷲はふぅと息を吐いた。それからバックミラー越しに双月に目をあわせる。
「クティの能力は人の分岐を見ることなんじゃ」
「分岐……?」
雄介と双月の声が重なった。大鷲がそれを聞いて、「仲がいいの」と笑い声をあげる。
悪い気分ではなかったが、少々恥ずかしいので早く話をしてくれと雄介は大鷲を睨みつけた。
「説明が難しいんじゃが、わしらは生きる以上いろんな選択をするじゃろ。雄介くんの場合は、御酒草学園に入るか入らないかが大きな分岐じゃな」
「御酒草学園に入らなければここにはいないでしょうね」
「では入らない選択肢が選べるとしたら、雄介くんはそれを望むかの?」
「そんなもしもの話しても意味ないでしょう」
大鷲の言葉に呆れながら答える。
そんなの今更いったって意味がない。清水が抜け殻になったとき、両親が死んだとき、雄介は何度も考えた。清水の入学をとめていれば、両親をもっと見ていれば。そんなもしもをいくつも考えて、過去は変えられないと諦めた。
それを今更言われても雄介からすれば通り過ぎ、吹っ切れた事柄だ。大鷲はそういうもしもを口にしない人間だと思っていたので、少々失望しながら次の言葉を待った。
大鷲はじっと雄介を見ていた。その目は真剣で思わず雄介は体を強張らせた。
「そのもしもを実現出来るのがクティの能力じゃ」
「は……?」
双月が目を見開く。そんなことはありえないと表情が物語っていた。
「クティにかかれば、雄介くんが御酒草学園に入学する前に戻れる。なんならお兄さんが入学する前にだってもどれるぞ。必死に説得すればお兄さんを止めることもできるかもしれぬの」
「そんなわけ……」
「嘘みたいな話じゃろ。でも出来るんじゃよ。クティには」
前を向く大鷲の顔を見る。とても嘘をついているとは思えなかった。この場で嘘をつく意味もわからない。
となれば事実、クティは過去を変えられる力を持っている。
死んだ両親、病室で不安だとこぼした清水の顔が頭に浮かんだ。もし、本当に出来るのであれば……。
思考が飲み込まれそうになったとき、遮るように大鷲の声が車内に響いた。
「といっても、リン様の一番弟子だけあって一筋縄ではいかんからの。頼むのはおすすめせん。希望にすがって希望の選択肢を食べつくされた奴らはたくさんおる」
食べ尽くされる。その言葉にぞわりとした。
比喩ではない。リンが感情を食べるようにクティは選択を食べる。おそらく食べられた選択は元には戻らない。清水の記憶と同じだ。
「……もし、俺が咲月が死ぬ前に戻りたいといえば……」
隣からかすれた双月の声が聞こえた。その声に雄介はギクリとした。恐る恐る双月を見ると、瞳が揺れている。それは双月の心を現しているように見えた。
雄介には双月の気持ちがよく分かる。自分だってもしを考えて心が揺れている。
「今の双月くんなら戻れるじゃろな。しかし、もう一度いうがわしはおすすめせんぞ」
そういった大鷲の声はこわばっていた。
「わしの目に好みがあるようにクティにも好みがある。クティの好みはの幸福な選択。つまり、ぬしらにとって一番幸せな選択肢を食べたがる」
それが食べられたらどうなるのか、詳しく語られなくても想像ができた。
「リン様のように食べやすいものでもないし、ルールも複雑じゃ。だからこそ、食べられる時には食べられるだけ食べるのがクティじゃ。油断しておると、骨の髄までしゃぶられるぞ。頼むのであればよくよく用心しての」
「……頼むなとは言わないんですね」
雄介の言葉に大鷲は合わせていた目を外した。少しの間車内に沈黙が満ちる。ふぅと小さく息を吐き出した大鷲は重たい声でいった。
「わしじゃって、やり直したい過去の一つや二つあるからの……」
双月がぎゅっと両手を握りしめているのが視界のはしにうつった。雄介も知らず知らずのうちに手に力が入っていた。
戻れるのであれば、やり直せるのであれば。そう何度もおもい、不可能だと諦めてここまできた。それなのに、ここまで来て希望をちらつかせられる。
運命というものに意思があったとしたらずいぶん性格が悪い。そう雄介は思った。
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