まだ終わってない
その言葉に周囲は静まり返り、次の瞬間一斉にざわめいた。
誰もが驚いた顔で咲月を凝視している。深里ですらかすかに目を見開き、信じられないという顔で咲月を見つめた。
その視線を一身に受けた咲月は疲れきった顔をしていた。全てがどうでもいいという投げやりな口調で答える。
「……わかりますか」
「そりゃ分かる。お前らは独特だからな。でもまあ、普通の人間が分からないのは仕方ない」
リンはそういって笑い、それから周囲を意味ありげに見渡した。
「仕方ねえけど、失態だよな。閉じ込めて人目に触れさせないはずの双子の上がいる。いないんだったら存在しないのと一緒だったか? だが、ここにいるんだったらそれは間違いなく存在してるよな。さて、どうする。存在しないはずの者がここにいる。これは誰が責任をとる」
リンはそういうと航を指さし、それから深里、快斗へ順番へ指を動かす。
「羽澤家の務めを果たさなければいけないんだろう。お前らのうち誰かがとるのか?」
口元は弧を描いているが目が笑っていない。響をないがしろにされたことに対する怒りは消えてはいない。ただ責める機会をうかがっていただけだ。
のしかかるような圧に快斗は青ざめ、航は震える体をなんとか押さえつけて立っている。深里は眉を寄せじっと響を見つめていた。
「リン、もう止めよう。御膳祭はもう終わりだろう」
響がリンにかけよる。リンの着物の裾をつかみ不安げに見上げる響をみてリンは笑みを浮かべた。ここにきて初めて見る純粋な笑み。それをみて響はほっとした顔をするが、リンは響の頭を撫でるとハッキリとこういった。
「まだ終わってない」
空気が凍り付く。誰もがウソだろという顔でリンを見つめた。しかしリンは青ざめた響の顔を眺め、頭をなでながら優しい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「コイツらは俺に選べといった。なら、一人に絞る必要なんてないよな?」
「で、でも今までは……」
「それは羽澤が約束を守ってきたからだ。だから俺も守ってやった。一年に一人で我慢してやった。でも今年はどうだ、羽澤は約束を守れたか?」
リンは周囲を見渡した。
「守れてないよな。生け贄を逃がした。一人を決められなかった。志願者に押しつけた。しまいには保護すべき双子の上がここにいる」
そういうとリンは咲月を指さす。
「ほ、保護……?」
航の怪訝な声にリンはため息をついた。そこから分かっていないのかと物覚えの悪い子供に呆れるような顔で。
「保護だ。お前らいつのまにか勘違いしたみたいだけどなあ、双子の上ってのは繊細なんだよ。ちゃんと保護して見張っておかないとすぐ死ぬ。人間と俺たち側の境界線が曖昧だから、不安定になるとすぐ外レる」
外レる。その言葉の意味が晃生にはわからなかった。この場にいる者で知っている者は誰もいないように見えた。それでもそれがよくないことなのは理解できた。
リンは響の頭をひとなですると咲月に向き直る。
「お前がここにいるってことはお前の双子の弟は死んだか」
「……八歳の時、入れ替わってる間に首をつった」
「ってことは、元々入れ替わって遊んでたくちか。じゃあ戻ったとき弟が死んでいてショックだっただろ」
咲月が目を伏せる。そんな咲月を見てリンはわざとらしいくらいに優しい笑みを浮かべた。
「憎んだだろ。自分の弟を追い込んだ奴らを、環境を。生き残った贖罪として弟のように死ぬ双子が生まれないようにと願い、双子の地位回復を訴えてもだれも聞いてくれない。頭がおかしいとバカにされ蔑まれる。そうされるたびに思ったんだろ。弟もこうやって心を病んだんじゃないかって」
咲月の両頬をつかんでリンはささやく。まるで見てきたかのように物言いに咲月の目が見開かれた。リンの目が怪しく光る。細められた瞳を咲月は凝視した。もうそれしか見えないとでもいうように。
「復讐、したいだろ?」
「リン!」
響がリンを止めようと着物を引っ張った。たいした力じゃなかっただろうが、リンは肩をすくめて咲月から離れる。響は焦った顔で咲月を見たが、咲月はじっと手にもったナイフを見つめていた。長い前髪に隠れた、死んだように曇っていた瞳に光が入る。
「そうだ、最初からそうすればよかった」
「まて!」
そう響が叫んだ時には遅かった。咲月は持っていたナイフを握り直すと無防備に立っていた男に向かって投げつける。男の喉にそれはあっけないほど綺麗に突き刺さり、真っ赤な鮮血が吹き出した。
「いやあぁあ!?」
由香里の悲鳴。それに続いて怒声と悲鳴があがる。
咲月は悠々と死体に近づくと喉に刺さったナイフを引き抜いた。再び血が噴き出し、咲月の顔と衣服を赤く染める。それを気にもとめず咲月はぐるりと周囲を見渡すと視界にはいった新たな獲物に向かって走り出す。
「これはいい見世物だ。最近はなにかと平和だったからな。たまにはこれくらいスリリングな方が生を実感できていいだろ」
リンが映画でも見ているような呑気な顔で笑う。
その間にも咲月は腰が抜けた男の額に容赦なくナイフを突き刺した。倒れた男を一瞥することもなく逃げる背中や足にナイフを投げつけ動きをとめる。悠々と近づくと命乞いをする声に耳を傾けることもなく刺さったナイフを引き抜いて再び刺す。
暗闇でもわかる赤黒い血。悲鳴。返り血で赤く染まる衣服にナイフ。それみて咲月の口が弧をえがく。天を見上げ生気の宿った目を見開き、大きく口をあけて笑い出した。
「あーそうだ、最初からこうすればよかった。こうすれば良かったんだな
アハハハハ。と狂ったような笑い声が森に響き渡った。腹をよじり、目尻に涙を浮かべながら咲月は笑い続ける。
異様なその光景に晃生たちは動けなかった。リンは愉快げに響は呆然と、航たちはなにかに取り憑かれたようにじっとそれを見続ける。
笑い続ける咲月の額がゴボゴボと粟立つ。皮膚が盛り上がり、なにかが突き出した。つるりとした見た目の黒いなにか。淡い月の光を浴びてかすかに輝くそれは角のように見えた。
「お……鬼……」
鎮が震える声でつぶやく。
たしかにそれは鬼に見えた。咲月の目はいつの間にか白かった部分が黒く代わり、右の額から生えた角は誇るように天を向いている。顔を隠すように伸ばした前髪をかきあげると、咲月は笑った。初めて生きている意味を知った。そんな楽しげな顔で。
咲月の血走った目が晃生たちをとらえる。そう気づいた瞬間走り出した。あれはもう人ではない。これ以上ここにいたら殺される。そんな恐怖が晃生たちの足を突き動かす。
「な、なんだよアレ!!」
鎮が悲鳴じみた声をあげた。
「俺に分かるか!!」
怒鳴り返しながら晃生はひたすら足を動かした。慎司が着いてきながら横目で確認し、とにかく走る。
分かることが一つだけあるとすれば、あれは自分たちには手に負えない。それだけだ。
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