なあ、じゃあ悪魔はどこから来たんだ?
「羽澤を創り上げた始祖は双子だった。ある日、弟は兄と喧嘩して魔女が住むという森、昨日俺たちが通った森に入り込んだ。そこには魔女が好むとされる不思議な花が咲いていたらしい。今も魔女がすんでいる家の周辺には咲いてるって話だが、俺は行ったことないから知らない」
ぶっきらぼうな口調で鎮は続ける。口を挟める空気でもないため晃生も黙って続きを聞いた。
「そこで弟は花を持ち帰ることを思いついた。喧嘩した兄に一泡吹かせてやりたいっていう子供らしい動機で花を摘んだ。それに怒ったのは魔女。魔女は人間嫌いで、人間が森に入るのすら嫌がってた。そこにのこのこ入り込んだ弟が魔女が気に入っている花まで摘んでいこうとするものだから怒って、弟に呪いをかけようとした。それを止めたのが兄」
「……それで兄が呪われたのか?」
「ああ。魔女は弟をかばった兄の方に呪いをかけた。その方が弟が苦しむと思ったんだろ。しかもその呪いっていうのが、時間がたつにつれて化物に変わる呪い。牙が生えて、爪がのびて、手や足が増えたり、目が増えたり、角が生えたり。とにかく人ではないなにかに変貌する」
鎮は目を伏せた。
「……自分のせいで兄が化物に変わっていく。それを見ていることしか出来なかった弟は大層悔やんで、呪いをなんとか解こうと魔女と交渉した。そうして魔女と始祖の賭けが始まり、始祖の血を引く子孫に生まれた双子は上の子が呪われて生まれてくるようになった。そういうわけだ」
めでたし。とは決していえない重苦しい空気で鎮は話を終わらせた。部屋の中には沈黙が満ちる。慎司の鼻をすする音以外の物音はない。晃生は鎮が語った話を繰り返し、考える。
羽澤にくる前の晃生だったら、そんなバカなことあるわけないと鼻で笑う話だ。実際いまも半信半疑だ。本当に呪いなんてものがあるのか、人間が化物に変わることなんてありえるのか。そう疑う心が晃生の中にはある。
しかし、悪魔と呼ばれた存在。あの男が羽澤家にいるのは事実だ。あれが人ではないというのは理屈ではなく感覚で理解した。それほどまでに圧倒的だったのだ。リンという存在は。
だとすれば呪いも実際に存在するのではないか。そう晃生が考えたときある疑問がわいた。
「なあ、じゃあ悪魔はどこから来たんだ?」
鎮が語った話に登場したのは魔女と始祖。悪魔の名前は一言もでてこない。だがいま羽澤を牛耳っているのは悪魔。元凶である魔女は森の奥に引きこもっている。呪いをとくために羽澤が悪魔の力を欲したのか。それにしては羽澤家は悪魔という存在に怯えているように思える。
「……それが分からないんだよな」
「はあ?」
「そういう顔すんなよ! さっきもいったけど、分からないものは分からない! 岡倉分家の俺に聞くな!」
鎮は怒りの形相で立ち上がる。こうなると完全に逆キレだが勢いにおされるわけにはいかない。自分の命も慎司、由香里の命すらかかっているかもしれないと晃生は気合いを入れて鎮をにらみつけた。
「分からないで済ませられる話か。今の状況からいって魔女よりも悪魔の方が厄介だろ。生贄は魔女にじゃなくて悪魔に捧げられてるんだ」
「そんなの俺だって分かってる! でも分からねえもんはどうしようもない!」
鎮はキッパリとそういうと荒々しく腰を下ろした。それから目の前においてあったクッションを力一杯殴る。クッションで吸収されたとは思えない鈍い音が響いて、鎮の拳が心配になるほどだったが鎮は痛みよりも怒りで頭に血が上っているようだった。
「俺だって調べたんだよ。これでも! でも分からなかった。何代か前の当主が記録を全部処分したせいで、口頭でしか話が伝わってねえ。分家よりも本家の人間の方がそういうの詳しいだろうけど、あんまり俺が嗅ぎ回っても怪しまれるし」
「記録を処分したって……なんで……」
「そんなの俺が聞きてえよ!」
鎮はそう叫ぶとクッションに飛び込むようにつっぷした。慎司が驚いて顔を上げる勢いだ。ぐったりとクッションを抱えて黙り込む鎮を見ると晃生も哀れに思えてきた。
「……俺だって、今の現状は嫌なんだよ。何でクラスメイトから1人生贄なんて出さなきゃいけねえんだよ。仕方ないなんて言葉で納得できるか? 逃げ出さないように見張れって言われて、はい分かりました。なんて言える奴は頭がおかしい。晃生も慎司も普通にいい奴だし……でも由香里が生贄になるのも変だろ。アイツなにも悪いことなんてしてないのに」
クッションに顔を押しつけているせいで鎮の声はくぐもっていた。それでも鎮の葛藤はよく分かった。事情を知らずに困惑していた晃生たちよりもすべてしったうえでどうにもできない鎮の方が悩んでいたのかもしれない。
「なんでお前、俺たちに声かけたんだ?」
晃生が問いかけると鎮は顔をあげた。言われた意味が分からないという鎮の表情を見て晃生はなんとも言えない気持ちになる。
「クラスメイトや先輩たちが特待生に対して冷たいのは、生贄になるって知ってるからだろ」
もうすぐいなくなる。それが分かっている人間と親しく付き合うなんて普通はしないだろう。親しくなれば親しくなるほどいなくなるという喪失感に堪えられない。だからといって自分が代わりになりたくはない。だから見ないふりをする。いなくなっても問題がないと下に見る。冷たい態度、馬鹿にした言動は自分の心を守るための自衛も含まれる。そう思ったら晃生はクラスメイトたちを責める気にはなれなかった。
悪いのはそうした環境を作り出した羽澤家だ。
「お前だって俺たちと距離をとればよかった。由香里が俺たちに声をかけてきたのは俺と慎司が自分に近い立場だからだったからだろ。だけどお前は岡倉だ。岡倉の人間をアイツが食べないっていうなら、お前は俺たちに関わらなくて良かったはずだ」
監視するにしたって話しかける必要はない。他の岡倉の人間と同じように遠巻きに晃生たちを見ていれば良かった。それなのに鎮は話しかけてきて、下宿にも頻繁に現れた。なんでそんなことをしたのか。晃生は不思議で仕方がなかった。
いつのまにかクッションから顔をあげた慎司が眉をさげ鎮を見ていた。そこの目にも晃生と同じ困惑の色がある。慎司もどこかで思っていたのかもしれない。なんで鎮は自分たちによくしてくれるのだろうかと。
鎮は晃生、それから慎司をチラリと見て、再びクッションにつっぷした。しばらくむずがる子供のようにクッションを抱きしめ、足をジタバタと動かした鎮は観念するように力を抜く。
「俺さあ、兄さんとも父さんとも上手くいってないんだよな。うちは分家で岡倉の中でもたいした地位もなくて、名字だけ名乗ってるって感じだったんだけどさ、そんな俺がリン様には優秀だって評価を受けたわけ」
羽澤家の地位はリンの評価で決まる。分家でありながら優秀の評価を得た鎮。父はとても誇らしかったのだろうと、今までの話を聞くと想像が出来た。
「家族は大喜び。特に浮かれたのが父さんで、お前は立派な岡倉の男になるんだって小さい頃から習い事三昧。兄さんは生粋の岡倉って性格でとにかく真面目。羽澤家の役に立つのが指命だって本気で信じてるような人だから、父さんと一緒に俺を立派な岡倉にしようと毎日熱心に熱心に色々詰め込んでくるわけ。もー疲れてさあ」
そのときの窮屈さを思い出したのか鎮は体を完全に脱力させた。今の鎮を見ればその状況がいかに苦痛だったのか想像するのは簡単だ。思わず慎司と目を見合わせ、続いて2人そろって同情の視線を鎮に向けた。
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