ご当主様はどうお思いで?
「響様はどうやら清水晃生を気に入ったようです」
星良が口を開いたとたん、その場にどよめきが広がった。
星良がいるのは広いお座敷。そこには机と座椅子が並べられ、着物やスーツを着た人物が座っている。見目麗しい見た目の者が多い羽澤家が一同にそろう場は圧巻ともいえるが、一身に視線を集める星良に気後れした様子はない。
本家に近い、信家と呼ばれる分家に産まれた星良は昔から人に注目されていた。リンにも優秀という評価を貰い、幼くして許嫁も決まっている。リンから目をかけられ、次の世代に優秀な子孫を残すべく許嫁を選んでもらえることは羽澤家では名誉なことだ。星良は数少ない、リンから期待される子供であった。
両親はずいぶん喜んだ。両親の世代の時はリンに許嫁を決めて貰うほど気に入られた子は生まれなかった。何とか自分たちで選んだ相手で目をかけられる子供が生まれた。そのことが両親にとっては誇りであったのだ。
あなたは選ばれた子。そう言われて星良は愛されて育った。
だからこそ、星良は納得いかないのである。同い年だというのに、自分を差し置いてリンから寵愛を一身に受ける響という存在が。
「響様が気にかけるのであれば、生贄の選定は考え直した方がいいかもしれません」
にこりと笑みを浮かべて告げればその場はまさしく慌ただしくなる。
最初から決まっていることだと強行しようとする者もいれば、様子を見ようという者もいる。保険の2人にかえようと主張する者もおり、場は混沌としていた。
ここにいるのは御膳祭に捧げる生贄の最終決定を下す者たち。羽澤家の中で地位を持つ者たちである。といっても響が次期当主を辞退した頃から羽澤家は4つに割れ、揉めに揉めている。同じ場にいるといっても思惑はそれぞれ。話がまとまるはずもない。
こうなることなんて考えれば分かることなのに、なんて響はバカなのかしら。
そう星良は心の中で思いながら柔らかな笑みを浮かべ続ける。瞳は氷のように冷え切っていようと、笑みさえ浮かべ続けていれば文句は言われない。だから星良は笑い続けた。
大人の怒声が飛び交うなかで、ただ一人微笑み続ける姿は異常だと星良も、星良の周囲の大人たちも気づかない。なぜならば羽澤家では珍しい事でもないからだ。
「ご当主様はどうお思いで?」
血統派の人間が当主へと水を向ける。上座に座って沈黙していた当主は腕組みしたまま何も発しない。血統派としては晃生の存在は邪魔だ。ただでさえ外部の人間にしては高い評価を得ている。そんな人間が響と親しくなれば、響の権力が大きくなる。響本人が当主になる気はないといっても周りが放っておかない。
「響には御膳祭はやめるべきだと言われている」
その言葉に一瞬その場は静まり返った。次の瞬間、爆発したかのように一斉に騒ぎ出す。その騒ぎを聞きながら、星良は目を丸くした。作り込まれた笑顔が消え失せる。それほどまでに当主から告げられた言葉は予想外のものだった。
「御膳祭をやめるなんて、なんて罰当たりな! いくらリン様に厚意にされているといっても、図に乗りすぎている!」
そう叫んだ悪魔信者の主張を聞いて、星良は内心頷いた。
星良は改革派に一応身をおいてはいるが、悪魔信者である。信家は昔から悪魔であるリンを信仰しており、両親も熱心な悪魔信仰者であった。そんな両親から生まれた星良がリンを敬愛していないはずもなく、年に一度など少ない。年に二度。年中好きな時に食べて貰えばいいじゃないかとすら思っていた。
そんな星良からしてみれば響の主張は無礼にもほどがある。あれほどまでにリンに可愛がられ、愛情を一身に受けているというのになんてことだ。
表にでそうになった怒りを押し込めて星良は微笑みを作る。腹正しい。この怒りは一体どこにぶつければいいのだろうか。そう考えて、そうだと思い立った。星良と同じ怒りを共有してくれる人がいるではないか。
当主の後ろに静かに座っている青年。羽澤深里。中性的な顔立ちの者が多い羽澤家においても、際立つ女性とも男性とも言いがたい容姿。男にしては線が細く、常に笑みを浮かべ、長い髪を後ろで一つに縛っていることから、遠目に女性と間違われることも多いと聞く。
星良と同じ悪魔信者であり、改革派が次期当主へと押し上げたがっている当主の三男。自分と同じ、もしくはそれ以上にリンを敬愛する深里が響の発言に怒っていないはずがないと星良は確信していた。
視線を向ければどこを見ていたのか分からない視線がかち合う。
深里と星良の距離は遠い。二人の間には意見をぶつけ合う大人たちが何十人もいるために、この距離で会話を成立させることなど不可能であろう。それでも星良には分かる。同じようにリンを信仰しているからこそ、視線を合わせれば深里がどれだけ怒っているのか。どうしてほしいのか、星良にはよく分かった。
笑みを浮かべれば深里も微笑み返してくれる。一見穏やかなやりとりに見えるが、罵詈雑言が飛び交う場ではやはり異質であった。
「それでは私はこれで失礼いたします」
星良は微笑みを浮かべると両手を下につき頭を下げる。それに対して何か文句をいうものはいない。報告がすんだ子供の星良に大人たちは用がない。だからいなくなっても構わないのである。
座敷から出て襖をしめても騒ぎは途切れることなく聞こえ続けている。それを背に遠ざかりながら星良はぽつりとつぶやいた。
「さっちゃん、いるんでしょう?」
「ああ」
声はすぐ後ろから聞こえる。
いつの間にたっていたのか背後には赤茶色の制服を来た少年の姿がある。長い前髪で顔を隠しているが、それでも死んだ魚のような生気のない目が透けて見える。
羽澤咲月。この少年の目が星良は嫌いではなかった。
「響様はおいたが過ぎると思うのよ~。せっかくリン様にかばっていただいているのに、いくらなんでも勝手がすぎるわ~」
むかつく。はらたつ。忌々しい。
そんな感情を押し殺しながらあくまで柔和な笑み、間延びした口調で星良はつげる。といっても咲月には星良の苛立ちは分かっているだろう。人の感情には敏感な性質の少年だ。敏感だからといって反応するかといったら話は別なのだが。
「ちょっとお灸をすえても誰も怒らないとおもうのよね~」
「それは響様に直接いけと言うことか?」
「私はそれでもいいと思うけど~、響様はさすがに機会がないと思うのよ~」
当主の息子であり、リンに愛された子供である。リンからは絶対に傷つけるなと羽澤家全員に通達がされているほど過保護に育てられたのが羽澤響だ。いくら響を邪魔だと思っている者が一定数いたとしても、わかりやすく実力行使にでることなど出来ない。
したとしてその後リンが激怒することを想像すれば、手など出せるわけもなかった。
といっても、星良としては激怒するリンというのも見てみたいものだったので、それはそれでありだとは思うのだが、今は時期ではない。
「清水晃生なら別にかまわないでしょ~。事故死したとしても替えはいるし」
「事故死……」
「そう、不慮の事故死」
にっこり笑って告げれば咲月は感情のない瞳を返してくる。いくら見返しても底の見えない瞳。それは少しだけリンを思わせて星良の心を浮き立たせる。
了解。と短い言葉を返すと咲月は音もなく姿を消した。
忍者。なんて存在はとうの昔にいなくなったとされているが、咲月の動きを見ると名乗っていないだけで未だに存在しているのではないかと星良は思う。
といっても、星良には役に立ってさえもらえれば正体などどうでもいいことなので鼻歌交じりに廊下を歩く。
もうすぐ御膳祭がやってくる。待ちに待ったお祭り。16年もまった最初で最後のチャンス。
「私は私の夢を叶えますので、そこは恨みっこなしですよ~深里さま~」
楽しげな星良の声は背後から聞こえた喧噪にまみれて、誰の耳にも届かなかった。
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