っていっても養子だ
「お前ら、それに納得してんのかよ」
「……羽澤家はそれで発展してきたんだよ。リン様の見立てが貰えない分家の人間はあきらかに本家と比べて優秀な子供の生まれる率が低い。羽澤内でのし上がるにはリン様にまず気に入られて、優秀な子供だと羽澤内で認知されなきゃいけない。それがあるかないかで、まるっきり教育の仕方が変わる。俺だって優秀な評価を貰えなければ御酒草学園には入れなかった」
「そんなにハッキリ優劣がつくの……」
信じられないという顔で慎司がつぶやいた。晃生も同じ気持ちだ。
「だからこそリンに気に入られようとするんだ。いくらリンでも全員の面倒は見ない。というか見たがらない。気まぐれだからな。気に入ったごく一部しか可愛がらない。だから少しでも覚えて貰い、婚約者の見立てぐらいはして貰いたい。その結果が生贄だ」
「……気に入った生贄を捧げれば、覚えて貰えるって事か?」
「それだけ羽澤家の人間は必死なんだよ。これでも前よりは落ち着いた。一時期は本当にひどい有様になったらしい。だから今は順番。今年は信家……図書室であった星良の家が優遇される番だった」
図書室であった少女を思い出して晃生は眉を寄せた。こちらをバカにしたような間延びした口調。それでいて目は冷え切っていて、なにを考えているのか分からない。
「今年の生贄の本命は晃生。なにかあったときの保険が慎司だ。慎司もダメだった場合は、由香里」
「由香里さんが!?」
突然出てきた名前に慎司が声を上げた。晃生も絶句し鎮を見つめた。
「自分の置かれた立場に気づいて逃げだす奴とか、精神的におかしくなる奴もいるからな。精神的におかしくなるとリン様的には美味しくないらしい。逃げ出した奴は捕まえられたらいいが、御膳祭に間に合わないと困る。ってことで、毎年本命と保険を数人確保しておくんだよ」
「だからって、なんで由香里が? あいつは羽澤家の人間だろ」
「っていっても養子だ」
吐き捨てた鎮の言葉に晃生はなにも言えなかった。
由香里の制服は灰色。それは養子を示す色だ。なぜこれほどまでにハッキリと制服が色分けされていたのか、本当の意味を理解した。黒は生贄、灰色はいざというときの使い捨て。そして青は黒と灰色が逃げ出さないように監視するために同じ教室に押し込められる。
「由香里の家は守家って言われている分家の中でも地位があるところで、保険のために生贄を確保しておくのが習わしだ。幼い頃にリン様が気に入りそうな子供を養子にいれて、徹底的にしつけする。御膳祭で生贄にならなければそのまま羽澤家の一員として生活できるが、お前らになにかあったときは間違いなく生贄になる」
「……その由香里さんの評価は」
「Aだ」
響の問いに答えた鎮の声は暗い。響もそうかと消え入りそうな声でつぶやく。その表情は悲痛に満ちていた。
「評価っていうのは……?」
「制服の胸ポケットにアルファベットが刺繍されてるだろ。あれはリン様の味評価だ」
慎司がぎょっとして思わず胸元を見る。今は私服なので胸元には何もない。それにほっとした顔をしたものの、すぐさま自分にかかれた文字を思い出して青ざめた。
「晃生はA、慎司はB。俺はC」
「私はA+だな」
響の言葉に鎮が顔をしかめる。冗談でもやめてくださいよ。とつぶやいた声は本音のようだ。
「A+評価されているのはだいたい本家直系。羽澤家以外の人間でB、ましてやAを探してくるのはなかなか難しいらしい。晃生の兄貴もおそらくはAだったんだろう。羽澤家に不信感を抱いてるって隠してもないお前が特待生になれたのはリン様に気に入られる味だから。あとは口封じだろうな」
鎮はそういうと疲れた様子で息を吐き出した。
「本来であれば晃生が生贄として御膳祭に出されて、慎司は何も知らない間に生き残って終了。由香里もお役目を果たして、とりあえずの地位は獲得できたわけだけど……」
そこで鎮は響をにらみつけた。
「……響様が晃生に接触したから、そうはいかなくなった」
「……軽率だったことは謝罪する……」
響はそういうと晃生たちに向かって頭を下げる。慎司が慌てたが晃生は黙って響を見つめ、鎮はにらみつけ続けている。
「……響が本家の人間だからか?」
前までは様付けで呼んでいたが、素を出した今となっては今更だと晃生は呼び捨てた。それに響は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔ではにかむ。その反応に晃生は内心うろたえたが、表情に出さないように気を引き締めた。
「それもあるけど、響様の立場はものすごぉーく複雑なんだよ」
ギロリと鎮が響を睨む。怒気を感じた響は表情を引き締めて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「響様は現当主の息子だけど、上には3人兄がいる。響様が生まれる前は三男の深里様が次の当主だと言われていた」
「ということは、今は響が?」
「いや、私は当主になるつもりはない」
迷いなく響は言い切った。それにたいして鎮はなんとも言えない顔をする。その反応で当人のやる気があるかないかの簡単な問題ではないのだと晃生は察した。
「響様は当人もおっしゃる通り、次期当主になる気はないと公表されておられる。けれども、はいそうですか。で、すんでいないのが現状」
鎮はそういいながら額を押さえた。だいぶ頭の痛い状況になっているらしい。
「羽澤家はリン様の評価で地位が大きく変わるって話はもう理解しただろ」
「理解はしたが、意味はわからないけどな」
晃生が本音を答えると鎮は、そうだろうな。と頷いた。晃生の考えを否定しないのを見るに、鎮もこの状況のおかしさは分かっているらしい。
「リン様は生まれたばかりの響様を見て、次期当主はコイツだ。と宣言なされた。この時点で響様は次期当主として育てられることが確定したようなものだったんだが、響様が当主になることを辞退された。当主になるのは兄の誰かが相応しいと」
「それになにか問題があるの?」
慎司の疑問に晃生は眉を寄せる。晃生としても慎司と同じ気持ちだ。末っ子が兄を立てることは別に不自然ではない。長男が家督を継ぐというのはよくある話だ。やる気のない人間に継がせるよりは上に3人も兄がいるのだ。誰かが継げばいい。それですむ話ではないのか。
「羽澤家は一枚岩じゃない。それでもあまり揉めずにすんだのはリン様の評価が絶対だったからだ。リン様の判断には誰も文句を言えない。響様が末っ子だろうと、たとえ分家出身だったとしても、リン様が次期当主だといえば次期当主になる」
それほどまでにリンという存在は羽澤家にとって大きい。そう改めて感じた晃生は唾を飲み込んだ。そして鎮が言わんとしている問題にも遅れて気づく。
「……そんな相手の意向をお前、はねのけたのか」
理解が及べばとんでもないことを響がしたのだと気づく。リンの評価を一番としていた羽澤家からすれば響の行動は天変地異とも言えたのだろう。部外者の晃生でも思い至ったことに響は何故かきょとんとした顔をしてみせた。
「私は当主の器ではない。兄上立ちの方が経験もあるし、年も上だ。きっと羽澤家をよくしてくれる」
「こんなことおっしゃるんですよ、この人は!!!」
鎮が頭を抱えた。その反応を見て初めて晃生は同情した。響が不思議そうな顔をしているから余計に。
「しかもリン様も響様に対しては異様に甘い。今までだったら当主の座を拒否したとしても無理矢理にでもつかせたと聞く。婚約者だってリン様に気に入られた者は強制だ。それなのに、響様に至っては本当に甘い。お前が気に入らないなら別にい。お前がしたいようにすればいい。と響様の意向を全肯定! これほどまでに甘いリン様は初めてだと羽澤家も岡倉家も震え上がっているというのに、当の本人がこれ! なんであんな魑魅魍魎の中で育って、こんな天然ボケができあがるんですか! 意味分からない!」
頭をかきむしって言葉にならない声をあげた鎮を見て、響が目を瞬かせた。どこか気分でも悪いのか? と心配する様子に嘘偽りはないからこそ、事の次第が深刻なのだと晃生は理解した。
一族の決定権を持つ存在に生まれた時から愛された子供。その子供には一族の命運を背負っているという自覚が全くない。ただでさえ呪いやら悪魔やら、不可思議な事情が溶け込んでいる一族だ。少しのほころびで事態は大きく変わってしまう。
「響様はあくまで当主になるつもりはない。そう宣言していますが、周囲はそうは思っておりません」
一通り騒いで少し落ち着いたらしい鎮が響に向き直る。それから響をにらみつけながら固い口調で言葉を続けた。
「響様も分かってはいらっしゃると思いますが、現状、羽澤家は4つの派閥に別れています。長男の航様か次男の快斗様のどちらかを当主にすえたい血統派、三男の深里様を支持する革命派、響様を説得して当主にしたい悪魔信仰派。そして3勢力の様子をうかがっている穏健派。今回響様が清水晃生に接触した事は、特に上記3つの勢力のバランスを崩壊させるものだと私は考えます。響様の意向をそいたい悪魔信仰派は川村慎司、または羽澤由香里を生贄にしたいと主張するでしょう。逆に血統派、革命派は清水晃生を生贄にと圧力をかけるものと考えられます」
淡々と述べられる言葉に晃生は口を挟めなかった。慎司の顔を見ても状況についていけていないらしく、必死に鎮の言葉を飲み込もうと頭を使っているのが分かった。
「……なんで俺が巻き込まれるんだ」
「響様に気に入られてるからだ」
「気に入られてるってほどでもないだろ。ちょっと勉強みて貰っただけなのに」
「本当に気に入られているかどうかは問題じゃない。3勢力はな、機会があればお互いの勢力を削りたいと考えてる喧嘩っ早い人たちの集まりなんだよ。殴り合いのきっかけとしてお前がちょうどいいから利用される。そこに事実は関係ない」
キッパリ言い切る鎮の主張に晃生は目を見開いた。あまりにも理不尽だ。要するに晃生の意向も、次期当主として祭り上げようとしている響の意向すらも完全に無視している。
「ってことは、僕らは今後どうなるの……?」
「晃生でほぼ決定していた生贄枠が誰になるかで揉める。お前らもどこの派閥につくか圧力をかけられるだろう。晃生は悪魔信仰派は仲間だと思っていい。逆に慎司にとっては敵だ」
その言葉に慎司は青ざめる。それは同じ特待生でも助け合うことはできない。そう言われたも当然だった。
「ちなみにお前は?」
「俺たち岡倉は主がいなければ中立。ただし主がいる場合は主の派閥だ」
俺の場合は中立だが、兄貴や親父によっては分からない。と鎮は眉をひそめた。
「どうにか、僕たち全員が生き残る方法はないんですか!」
慎司が今にも泣き出しそうな震えた声でいう。それにたいして鎮は悲痛な顔をしたが無言をつらぬいた。それが答えだ。
「……一つだけ方法があるとすれば……」
沈黙を続けていた響が口をはさむ。はじかれたように慎司が響をみた。鎮は目を見開く。この状況で手なんてあるのかという驚いた顔だ。
「由香里さんも含めて3人で逃げるほかない」
バカな。というには真剣な響の表情に晃生は二の句がつげない。そんなことが出来るのか。出来たとしてもその後どうなるんだ。こんな提案をした響、関わった鎮がただですむとは思えない。
「……まだ時間はあります。響様はどうにか当主やリン様を説得してください」
逃げるのは最終手段です。そう苦々しく告げた鎮の表情を見て、もうどこにも引けない状態なのだと晃生は悟った。
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