化物の餌
黒月水羽
化物の餌
第一話 入学式
響様、皆さん教室に移動していますよ
こんな手紙しか残せない兄をどうか許してほしい。
夏休みになったら一緒に遊ぼうと約束していたのに、それも守れなくなってしまった。
この手紙は私物の本の中に挟んでおく。俺が好きで何度も読んでいた本だから、
これから俺が書くことを忘れないでくれ。それから、必ず守ってくれ。
俺の死の真相を探ろうとはするな。
これが俺の最後の願いだ。
そして、こんなことを弟のお前に頼むべきではないだろうが、父さんと母さんのことをよろしく頼む。母さんは特に、俺に御酒草学園をすすめてしまったことを後悔しているだろう。けれど、これは母さんのせいじゃない。俺がどうしでも見過ごせなかっただけなんだ。身勝手な息子でごめんな。って伝えてほしい。それから今まで育ててくれてありがとうとも。
あの世から晃生、母さん、父さんの幸せを願っている。
※※※
途切れることなく続く演説を聞き流しながら、清水
眠気覚ましに周囲に視線を向けると入学式早々舟をこいでいる者の姿、前後、隣と囁き合う同級生の姿も見受けられた。それでも気にせず話続ける校長はある意味大物かもしれない。そう思いながら校長を見れば、自分の言葉に酔いしれた様子で宙を見つめている。あれでは生徒たちが何をしようと気付くはずもない。
壁際に立っている教師を横目見ると、生徒も教師と同じように小声でささやき合っていた。その様子から見ていつもの事なのだろう。
国内有数の名門校である
そんな学校に高等部から入学することになった晃生は、一般家庭。どころか養護施設出身者だ。金持ちの煌びやかな雰囲気には居心地の悪さを感じるが、慣れる他ないのだろう。
視線を感じて振り返ると白い制服を着た女生徒たちが晃生を見ながらひそひそと話していた。晃生と目が合うと慌てて目をそらしたが「黒」という言葉が耳に届いた。晃生はそれに顔をしかめて、自分の制服を見つめる。
黒を基調とした制服には黄色のラインが入っている。通っていた中学とは比べ物にならないしっかりした生地と造りの制服だが、好きにはなれそうにない。というのも、この黒は一目で晃生が特待生。羽澤家とは関係のない部外者だと分かる色なのだ。
一族経営のため一般的な学校に比べて生徒数が少ない。それなのに制服の色はしっかりと身分をわけている。白が羽澤の一族。灰色は羽澤家に養子に入った子。青は岡倉家。そして黒が外部から来た特待生。
学校説明会でその事実を説明されたとき、晃生は思わず顔をしかめた。そこまでハッキリと分ける必要がどこにあるのだろうかと。クラス分けの時点で羽澤家はA組、他がB組と分けられているのに、それ以上の差が必要だろうか。そう思ったが晃生が口を出せる問題でもない。そういう校風だと諦め、慣れる他ないのだろう。
ふと、こんな学校で6年前、兄はどう過ごしていたのだろうと思った。ほとんどが白。その中に紛れ込んだ黒として、兄の学園生活は楽しかったのだろうか。いや、最後の手紙を読む限り……。そこまで考えた所で、やっと校長の話が終わる。晃生を思考の渦から引っ張りあげるようなタイミングに眉をひそめたが、周囲にならって適当に拍手を送る。
晃生含めてもまばらな拍手だった。それでも校長は満足げにうなずいて壇上を下りていく。かなりお気楽な性格らしい。
その後、入学式は滞りなく進み、教室へと移動することになった。
やっと終わったという気持ちを隠すこともなく、白たちはパイプ椅子から立ち上がると歩き出す。教室の位置を知っているのだろう。その足取りに迷いはない。すぐさま数人のグループに別れて、楽しげに話ながら体育館を後にする。その姿を見ると中等部からの持ち上がりという意味がよく分かる。人間関係は完全に出来上がっており、そこに高等部からの編入組が入る隙間はないように見えた。
ああ、居心地が悪い。と晃生は顔をしかめる。クラスが白と別れているのはむしろ良いことだったのかもしれない。
そんなことを思いながら去っていく白たちをぼんやり見ていると、その中に赤茶色の制服が混ざっていることに気づく。白の集団にはほかにも灰色、青も混ざっているのだが赤茶色がやけに浮いて見えた。
学校説明会で聞いた覚えのない色だ。つい凝視すると視線を感じたのか、赤茶色の生徒が振り返る。どこか陰鬱とした空気の少年で、前髪は長い。髪の隙間から何かを思いつめたような鋭い瞳が晃生を射抜く。それを見て晃生は妙な親近感を覚えた。
おそらく彼は、晃生と同じ。誰かを失っている。
親近感を覚えたのは晃生だけだったらしい。赤茶色の生徒は晃生から視線を外すとすぐに白の集団に紛れ込んでしまった。先ほどまではあれほど目立って見えたのに、もう姿が見えない。集団の中に溶け込む方法を知っているかのような動きだった。
気づけば白以外の灰色、青色も体育館を後にし、残るは話している教師が数人。そして晃生と同じ黒色の服を着た新入生が一人。
眼鏡をかけた気弱そうな少年は晃生と同じく去っていく白たちを見つめていた。そこには羨望と少しの気後れを感じる。そわそわと落ち着かない空気から、晃生と同じく居心地の悪さを感じているのはよく分かった。
同学年、唯一の黒。同じ立場としてこれから協力していかなければいけない。交流を深めておくべきだろうと声をかけようとしたところ、少年の後ろ。未だに残った白が目に入った。
他の生徒が移動したのも気づいていないのか、パイプ椅子に座ったまま白を着た少年は考え事をしていた。他の白たちも一般庶民にはないオーラを感じたが、この少年はそれがさらに強い。造形が整っているのもあるが、それ以上に少年を包む空気が澄んでいる。ただ一人体育館に取り残された。というよりは、彼のために周囲が気を使って一人にした。そう思えてしまうような神秘的な雰囲気がある。
晃生がしばし白の少年に目を奪われていると、晃生の視線に気づいた気弱な少年が振り返り息をのむ。晃生と同じく目を奪われる姿を見て、気持ちがよく分かった。なぜだか分からないが一度目に入ると、今まで気付かなかったのが不思議なほどの存在感がある。
「
止まった時間を動かしたのは大人の声だった。夢から覚めた気持ちで声の方を向けば、困った顔をした教師が白の少年を見つめている。年は20代後半くらい。入学式だからとスーツを着ているが、あまり似合っていない。堅苦しい場所が苦手そうな明るい雰囲気のせいだろうか、無理やり着せられたような違和感がある。
白の少年は教師の言葉でやっと状況に気づいたようで、ハッと顔をあげた。それから周囲を見渡して、苦笑いを浮かべる。
「すいません。考え事に夢中でした」
「立場上、色々と考えることはあると思いますが、とりあえずはホームルームにいっていただかないと。担当の者が泡を食います」
「そうですね。早めに合流します」
少年はそういうと立ち上がり、ご迷惑おかけしました。と教師に向かって頭を下げた。それに対して教師は慌てた様子で、滅相もないと両手を振る。
その姿は奇妙だ。教師が生徒に敬語を使い、まるで目上かのように扱う。最初に響様と呼んだことも踏まえると、この少年は羽澤の中でもかなり上の地位の子供なのだろう。
響と呼ばれた少年は教師の過剰な態度に苦笑を浮かべると、それでは。と教師、晃生と気弱な少年にも軽く会釈して体育館を後にした。先ほどまで考え事をしていたとは思えない颯爽とした足取りは、ついつい目で追ってしまうような品の良さがある。
一般庶民とは決定的に違う。それを見せつけられた気がするが悔しいとは思えなかった。自分たちとは根本的に、生まれからして違うのだろうと納得の方が勝る。そんな空気があった。
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