男子校に入学したはずなのに、バイトが原因で退学の危機な件

 コンコンコン。


「どうぞ。」


「失礼します。」


 常楚女子高校には、危険地帯ともいえる場所が存在する。


 幽霊の出るといううわさの体育倉庫や、地形の関係で風速50メートル以上の突風しか吹かない特別教室棟の屋上、そして、よっぽど何かをやらかさない限り呼ばれることのない、噂では拷問器具すらあるという校長室である。


 俺がここに呼ばれることになるのは、女装がバレたときぐらいだと思っていたが……。


「それでは、君がやらかしてくれた、メイド喫茶のバイトについてですね。」


 にこにこと笑う校長は、俺が入学式に遅刻したこともあって初めて見る顔である。普通の初老の男性、といった風貌だが、ぶっちゃけ怖い。まあ、俺の今の状況が原因だろうが。


「入学後、こんなにも早く呼ばれるのは君が初めてです。そうですよね、一ノ瀬先生?」


「は、はいっ!担任の私がポンコツですみません!」


 俺の心が激しく痛むレベルで先生が頭を下げる。


「まあ、修学旅行で行方不明になる生徒もいるぐらいですから、いかがわしいバイトなんてどうってこともないですが。」


 にこやかなままの校長の言葉に頭を下げたままの一ノ瀬先生がビクっと反応する。


「ああ、彼女もここのOGなんですよ。」


 校長がぽろっとこぼす。教師の個人情報を漏らすなや。


「そ、その節は大変お世話になりまして……。」


 たぶん、その生徒が一ノ瀬先生なんだろう。俺が言うのもなんだが、先生がかわいそうなのでやめてあげてください。


「またも話が脱線しましたね。悪い癖ですみません。それで、バイトですが、今すぐおやめくだされば特に問題として扱うことはしません。それでどうでしょう?」


 その話については、俺も少し、いや、ここに呼ばれることに決まってからずっと考えていた。


「そのことについてなんですが、どうしても続けさせていただくことはできませんか。」


 確かに、金を稼ぐのは大変だ。とてもじゃないが成績がいいとは言えない俺がバイトをするのは、より大変だろう。


「ちなみに、過去の事例では退学、ということになっているそうですね、一ノ瀬先生?」


 でも、店に来る人たちも、店の人たちも、怖いけど実際にはいい人たちばかりだったじゃないか。


「そ、そうです、すみません。」


 名前の響きだけで、なぜそこまで否定されないといけないんだ。


「それと、あなたのクラスの出し物予定、あれもよろしくありません。変更することをお勧めしますよ。」


「す、すみませ……。」


 そこで、一ノ瀬先生がピタッと止まった。


「どうかしましたか?」


 校長が、相変わらずにこやかなままで無言の圧力を放ってくる。


「校長先生は、何か思い違いをなさっていませんか。」


「ちょ、一ノ瀬先生……!?」


「ほう、どういうところがですか?」


「彼女たちは、決していかがわしいことをしようとしてメイド喫茶を希望したんじゃないんです。他人のために尽くすことにもまた、喜びがあるということを学べる、そう信じているんです。」


 そこまで深い考えはなかったが……。


「しかし、メイド喫茶というのはどうにも問題が起こりやすくてね。バイトの件についても、出し物の件についても、なかなか認めにくい。」


 一ノ瀬先生は、俺から見ても分かるくらいに足がガクガクふるえている。


「それでも、彼女たちの自主性もありますし、それを応援するのが、私たち教師にできることでは……。」


「応援するためだけの団体なら、いくらでもありますよ。ですが、間違いを指摘する団体は少ない。それができるのが我々教師です。」


 その時、何を思いついたのか、先生の足の震えがピタッと止まった。


「それなら、問題が起きたら、私がすべての責任を取り、辞職します。」


「先生落ち着いてください!」


 慌てて俺が声を上げてしまうも、校長に黙殺される。


「なるほど……。いいでしょう。教え子を守るのが教師の勤め、ということですね。」


「そ、そうです。」


 そこで校長も何を思ったのか、ふっと笑った。


「なぜかはわかりませんが、あなたは自分が高1や高2のころの記憶があまりないように見えます。たとえば、自分が高校生だったころの校長の記憶とかね。」


 何の話をしているんだろう。


「あなたが立派に育って、かつての教師としてはうれしい限りです。」


 この人が、先生の先生だったのか……?


「そしてあなたは今、教え子を守るのが教師としての勤めといいました。ならば、あなたのことを守るのもまた、私の勤めでしょう。」


「校長先生?」


「一年、佐藤カヅキさん、並びにその担任、一ノ瀬マキ先生。あなた方がメイド喫茶関連で問題を起こした場合、その一切の責任は私が取りましょう。最悪、辞職や教員人生の終わりにもなるかもしれませんが、それもまた一つの転機です。」






「失礼しました。」


「いえいえ。」


 俺と一ノ瀬先生は同時に校長室を出ると、お互いによりかかるようにして座り込んだ。


「一命をとりとめましたね……。」


「でも、これで失敗は許されなくなりました。恐らく、最初から校長先生の狙いはこれだったのかもしれません。」


 なんちゅう恐ろしい人だ。


「一杯食わされた、ってところですかね。」


「そういうことです。」


 二人で、はぁ、とため息をつく。


「それにしても佐藤さん、体が随分と筋肉質ですね。」


「ひょえっ?しょ、しょんなことないでしゅよっ?」


 噛み噛みな上に声が裏返る。最近じゃ女子声がデフォルトのせいで、裏返った声が一段と高くなった気がする。


「あ、女の子にこれは失礼ですね、すみません。」


「いや、お気になさらず……。」


 じつは男の子だものね。


「それと、お礼を言えていませんでした。ユウリとフウリの中を持ってもらってありがとうございました。」


「え?それってどういう……?」


「さあ、メイド喫茶がんばりましょう。」


 なんか、今回の一件で一ノ瀬先生についてよく知れたような、謎が深まったような、よくわからない気がした。

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