男子校に入学したはずなのに、幼なじみと2人で旅行な件
俺とカオリは、ただいま旅行に来ていた。何故か広島に。イタリアに行くはず……だったのに。
これは、空港からイタリア行きの飛行機の準備をしていた時だった。
「止まって。」
カチャ………という音とともに背中になにかが突きつけられ、後ろには黒服の男がたっていた。前に向き直ると、ユミコが立っていた。
「留年危機。先輩の助け。」
と、どうやら、(脅されて)イタリアに行く俺を、これ以上休みが増えないように、という名目で助けに来てくれたらしい。なんとありがたい。
「西園寺財閥にバレずに日本を出るのは不可能。」
え、なにそれ怖。
「でも、もうイタリア行きのチケットは取っちゃったぞ!これはどうしろって言うんだよ!」
そうカオリが叫ぶと、ユミコは淡々と返す。
「国内にするか、一人で行く。」
さすがのカオリでも、一人で行くのは嫌だろう。
「ちなみに、国内だったら留年しない的なのがあるのか?」
「国内短期留学制度。」
「なにそれ?」
「国内に短期留学して、2万字以上のレポートを書いた場合、その期間が出席扱いになる。」
珍しく長ゼリフで解説してくれたユミコに礼を言う。
すると、カオリも食いついた。
「ちなみにそれって、行先とかは決まっているの?」
「自分が住んでいない中での決まった都市。」
ユミコが渡してくれた紙の中には、広島の他にも、札幌や仙台、東京、大阪などがあった。しかしカオリは何故か迷わず広島を選択。ユミコが
「予想通り。」
と言って飛行機のチケットを渡してきた。初めて見る形状だ。
「なあ、これどこの航空会社だ?初めて見るチケットなんだが。」
海外などによく行くカオリが聞くと、またしても恐ろしいことをサラリと言ってくれた。
「それは西園寺プライベートジェットグループの利用回数無制限チケット。旦那とか友達にはあげていい。」
「旦那」というワードが出たタイミングで、隣からの殺気がぶわっと広がった気がしたが、「友達」という単語で直ぐに収まった。なんだろう、このロシアンルーレット制時限爆弾は。
こうして俺らは、西園寺グループが空港の一角(と言っても7割ほど占有していた気がしたが、俺は何も見ていない。)に保有していたプライベートジェットに乗せてもらうことになった。
「これ、プライベートジェットって安全なんだろうな?」
プライベートジェットは墜落事故なども多いため、俺と同じ不安に駆られたのであろうカオリがユミコに聞いた。
「当然。アメリカ大統領機よりも安全。」
それは過剰な気もしていたが、乗り込むとそうでも無いことが分かった。確かにこれは映画などで見る大統領の専用機よりも遥かに安全そうだし、快適そうだ。
「運転手は?」
俺ら以外に誰も乗っていないように見えたので聞いてみると、
「AIによる自動操縦」
という、安心できるとも不安になるとも言えない事を言って、ドアを閉めてくれた。ユミコも着いてくるものだとばかり思っていたが、今回は着いてこないらしい。まあ、俺的にもたまには幼なじみと水入らずというのもいいかなと思っていたので御の字だ。
「そういやカオリ、なんで広島なんだ?」
出発してから数十分。ベルト着用サインが消えて、飛行機内のアイテムも大体遊び尽くしたあと、リクライニングシートに座って雑談していた時にふと聞いた。
「そりゃもちろん、本場のシカと戦いたいだろ。」
広島についてまず行くべきは警察かな。こいつを引き取ってもらおう。
「一応だけど、動物に手を出したら犯罪だからな。」
「大丈夫、向こうが先に手とか角とか出してきたら問題ないはず。」
大丈夫な要素はひとつも見つからなかったが、もういいや、俺だけでも逃げよう。
そして、さすが飛行機と言えようか、割とあっという間に着いた。荷物は西園寺グループの人が勝手にとった、ホテルまで運んでくれるらしい。
決して読点の位置を間違っている訳では無い。ホテルを取ったのは西園寺グループの人だからだ。何から何までありがとうございます。
こうして貴重品以外ほぼ手ぶらで、まずは厳島神社に行くことになった。
シカは安全だとカオリに知ってほしい。
ここのシカ達には餌やりは禁止なので、
「もっと食わせて、美味しく育てようぜ!」
というカオリを必死に止めて、なんとかシカを撫でさせるだけで済ませた。
「こいつらって結構可愛いのなぁ。」
こうしてシカをただ撫でている時は至って普通の少女だ。ぜひ俺にも同じぐらい優しくして欲しい。
生物への慈愛を学んだのか、肉料理を避けるという、明日は槍でも降るんじゃないかと思われることを言い出したので、昼ごはんはアナゴ丼に並ぶ宮島名物、もみじ饅頭を頂く。カオリさんは30個ぐらい食っていた気もするが、きっと気のせいに違いない。
「カヅキ、今日は移動もあったし疲れてるだろ?」
正直、飛行機が快適すぎてあまり疲れてはいなかったが、これは恐らくカオリが疲れたけど俺に弱音を吐きたくないって所か。なんで疲れたのかな、と考えてみたが、わからない。きっと肉を食わなかったのが悪いんだな。
「おう、そう言うことなら休んでもいいぞ。」
「違う!うちじゃない!カヅキが疲れたよなって話してるんだよ?」
頭をワシっと捕まれ、グワングワン振られる。
「つ、疲れたかなぁ。猛烈に疲れた!視界がふらふらするよ!」
「そうかそうか。じゃあ、早速ホテルの方に戻ろうな。」
電車をいくつか乗り継いでようやっとホテルに着いた。ユミコのことだからまさかやるまいとは思っていたが、大丈夫、普通のホテルだ。
「ここ、よく見たら西園寺グループのホテルじゃん。」
カオリが指さす方を見ると、そこには「西園寺ホテル」と書いてある。一人1泊15万からの高級ホテルである。
2人で、2週間、つまり13泊だから……考えてはいけない。
ピロリンッ
ラインの着信音だ。俺がケータイを開けると、そのユミコである。
「最上階のスイートを取っておいた。予約した名前は佐藤ユミコ。」
という文面が届いていた。
この文面をカオリに見せるとおそらくそこでジエンドであるという謎の直感が働き、俺はさっとケータイを隠すと、
「チェックインしてくるよ。」
といってカオリから離れた。
こっそりと予約者の名まえをカウンターに伝えると、ボーイさんが先頭に立って案内してくれた。最上階の30階で、そこからの景色は絶品だった。
ちなみに、この辺は景観のために建物の高さ制限があったが、西園寺グループが強制的に移民して力技で条例を変えた、などといううわさがネットでまことしやかに語られていたが、嘘であると信じたい。
「お食事はこちらにお持ち致します。また、大浴場ですが、先日故障してしまい、業者による修理を行っております。大変お手数おかけしますが、お部屋についている露天風呂をご利用ください。」
ガラス張りの窓からは、外にある豪華な露天風呂が見える。シャワーも外についているようだ。
この時、本能が何かを警告した気がしたが、そもそもカオリと一緒に入るわけでもあるまいし、女子嫌いの俺でも注意することはないはずだ。
「こちらのベットでございますが、ご予約者様からの指示で、セミダブル二つをキング一つに置き換えさせていただきました。」
ここでやらかしたか、ユミコよ……。あいつが何もしてこないわけがない。それにしても、あいつが俺とカオリをくっつけたがる訳って何なんだ?
自意識過剰かもしれないが、ずっと前に一度告られた気がするんだが……。
とりあえず、今考えることじゃないな。
「その他、御用がございましたら、お気軽にフロントまでお申し付けくださいませ。」
そういって、ボーイさんは深いお辞儀をすると帰っていった。どうでもいいけど、これどうやって寝よう?
「カヅキ、とりあえず荷ほどきして風呂にしようぜ。」
カオリに言われて我に返り、荷ほどき兼風呂の支度を始める。
……あれ?
さっきの本能の警告の謎が解けた。この建物はここらへんで一番高く、外から除かれる心配がない。つまり、夜の外からの視線を遮る、カーテンがないのだ。
そして、風呂は露天風呂しかない。
お わ か り い た だ け た だ ろ う か。
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