男子校に入学したはずなのに、○○○とデートな件

 日曜日早朝、家に帰るとめちゃくちゃ怒られて三回ぐらいミンチにされかけた。具体的には超巨大なミートミンサー(ミンチ作るやつ)にセットされた。


 どこで買ったんだよそんな物騒なもん。


 というか、レイナとユミコ曰く、連絡はしているはずなんだけど……。と言ったら、そもそも「よそのお嬢さん」の家に泊まってきた時点でアウトらしい。今回のって拉致じゃなくてお泊りになるんだ……。


 あいつはお嬢さんってタマでもないだろうに。


 朝ごはんは食べてきたので、父さんが母親を抑えてる(物理的に)間にさっさと外に逃げることにした。


 どうも部活には休むって連絡が入っていたみたいだから、下手に行くとつじつま合わせが大変だ。


「ピロンッ!」


 はぁ……はぁ……。


 このタイミングでなるとは、なんと性格の良いケータイだろうか。妖怪から逃げているときにケータイが鳴るのはある種定番だけど、当事者になると笑えない。


 慌てて設定を変更すると、着信内容を確認する。


「今日、暇か?」


 チャットをかけてくれたのはカオリだった。


「暇じゃないけど、かくまってほしい。」


 そう送り返す。こいつもたいがい妖怪に近いが、ぎりぎり何とかかろうじて端っこぐらいは人間なので頼ろう。


 そう、この時俺はあることを忘れていた。


「仕方ないなぁ。」


 声は、真後ろから聞こえた。本当に心臓に悪い。


「うわっ、あ、ありがとう。」


「思っているなら飛びのくなよ。」


 こうして、休日の幼馴染とのデートもどきが始まった。





 まずは最寄りの駅でアイスを食べる。珍しく、女子っぽくかつ平和な内容だ。


 てっきり、デートと称して新しいプロレス技の試し撃ちでもするのかと思った。これのおかげで対策のために毎日プロレスの動画を見たり、新技をチェックするようになるぐらいはやられたからな。


「何味にすんの?」


 慣れた口調で聞かれる。そういえばここは味の種類多かったっけ。


「じゃあ、安定のチョコレートかな。」


「あたしはラムレーズンで。」


「今日はお世話になるし、奢るよ。」


「こっちこそだよ。」


 こいつから奢ってくるとか、なんか調子狂うな。いつもなら腕ひしぎあたりが炸裂して、俺のうでがもがれているところだが。てか、こっちこそってなんだ?


「おねーさん、トリプルで、チョコレートとラムレーズン!」


 単色でトリプルは辛いだろ……。しかもチョコとラムって……味がくどいだろうに。それなら最初から味三つ聞けよ。


 おごってもらう立場の人間が言うことでもないけどさ。


「あの……やっぱり味変えたいんだけど……。」


「嫌なの……?」


「滅相もございません。」


 なんかピリピリしてんなぁ。


 チョコレートのアイスを三玉は、さすがに胃に来た。


「次なんだけど、映画見に行きたいな。いいか?」


 こいつ、たまにかわいいから嫌なんだよ。こんな無邪気な顔してて、見に行くのはホラーか格闘技系だけだもんなぁ。


 しかも、見た技を使いたがるのが一番迷惑なところ。一番ひどかったのは「サイコ・ハザード」を見たときで、主人公の真似をして強化したBB弾銃しかもショットガンを顔面に乱射されたのは今でもトラウマだ。


 カオリに連れていかれた先は……恋愛映画だった。


「いや待て。」


「どうしたカヅキ?」


「お前、熱あるだろ。」


「ねーよ。」


「だって、今日、『サイコ・ハザード』の最新作公開日だろ?」


「もう見たし。お前いつも嫌がってただろ。」


 どうやって見たんだろう。確かに嫌だったけど、こいつと恋愛映画とか何かありそうで嫌な予感がする。


「お前、何か隠していることあるだろ。」


 かつて、友達が引っ越していった図が、頭の中をちらつく。


「気のせいだよ。それで、見るの?それとも嫌か?」


「嫌ではないけどさ……。」


 そもそもこいつが俺の意見を聞くことの方が珍しい。もちろん、従うという意味の聞くではなくて、質問するという意味でも、だ。


 そこはかとない恐ろしさを覚えつつ見る恋愛映画は、頭に全然入ってこなかった。


「じゃあ、最後に、水族館に行くぞ。」


「先に病院に行こう。」


「何言ってるんだ?」


 こっちのセリフだよ。さてはこいつ、以前最寄りの水族館のふれあいコーナーのナマコを食い尽くして出禁になったのを忘れているのか?


「大丈夫だって、あんなちゃっちいところじゃないから。ちょっと電車に乗るぞ。」


 もう夕方なんだが。ここまで普通の人たちの行くところを回らせておいて、拉致するつもりじゃないだろうな。


 高校入ってから約一か月でいろいろありすぎて、拉致監禁耐性がついてきている自分に嫌気しか刺さないが、こういう時は肝が据わるってもんだ。


 隣りにいる人は目が据わってるけどね。


「ついたぞ。」


 そこそこの時間につれて来られた水族館は、地域内でも最大級のもの。夕方だというのにまだ人がたくさんいた。


 海の隣という立地による風の強さのせいで、神秘的な雰囲気だ。


「ここは、クラゲが名物なんだ。」


「食うなよ。」


「そんなことするか、バーカ。……好きな人との最後のデートだし。」


「なんか言ったか?」


 風が強すぎて、最後にぼそぼそと言っていた言葉だけが聞き取れなかった。


「なんでもねーよ。」


 そういうと、我流の合気道モドキで俺の指を極め、歩かせだした。


 水族館の中は本当にきれいだった。特に、奥の方にはライトアップされた島が見える。なるほど、よくドラマやアニメで使われるわけだ。


 ふと周囲を見渡すと、俺らはおそらく最年少だった。周りには、大人のカップルがたくさんいた。どいつもこいつも魚より恋人を見ている。


 うちのカオリをぜひ見習ってほしい。こいつは水族館に来ると、魚を見ながらよだれを垂らし……あれ?


「おまえ、なんでこっち見てるの。」


「随分とご挨拶だな。」


 こいつが、巨大な水槽を泳ぐイワシの群れを前に、よだれを垂らさないなんて何があった。


「きょ、今日ぐらいはお前を見ていてやろうと思っただけだよ。」


 食われるのだろうか。


 そのあとは、カオリも魚の方を見ていた。集中できてはいなさそうだったが。


「カヅキ。」


 夜のメイン、クラゲの前まで来たとき、カオリは口を開いた。


「実は、少し前からだけど、言わないといけないことがあるんだ。」


 心臓がどきどきする。


 これが、告白されるって奴だろうか。いやいや、こいつに限って告白なんてありえん。平常心平常心。


「これって、やっぱり告白ってやつなのかな。」


 あははーカオリさん告白って言葉の意味も知らないのーあははー。


 ……だめだ、逃避すらできん!


「あのね、カヅキ。」


 気が付くと、周りから大人のカップルが姿を消していた。


「あたし、引っ越すことになった。」


 ドターッ


 クラゲコーナーの出入り口で大勢のカップルがずっこけている、何やっているんですかあんたら。


 ってそれより、カオリの告白だ。


「引っ越したら、きっと、今迄みたいにはいかなくなるから。だから、最後に、思い出作り。

 今日は、付き合ってくれてありがとう。」


 いつもの公園で別れるまで、それからずっと、二人とも、無言だった。


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