男子校に入ったはずなのに、ただでさえ多い女性教員がさらに増えた件

 二日酔いならぬ二日胃もたれって何よ……。朝一で腹の痛みで目が覚める。


「おはよ……。」


 ぐったりした声で一回へ降りると、父親はもう家を出るところだった。


「おはよう、体調が悪そうだが、無理はするんじゃないぞ。」


「うん。大丈夫。」


「悪いが、俺はもう行かないといけないんだ。後のことは、母さんと話してくれ。」


 父親がこういう時はたいてい本気で忙しいときで、無理はさせられない。


「大丈夫だよ。今日から新しいところで仕事でしょ。教員ってどれぐらい仕事が変わるのかはわからないけど、違いもあるだろうし、早く行った方がいいよ。」


「すまん。行ってきます。」


「うん。行ってらっしゃい。」


「鍵かけるのよろしく!」


 父親が家を出て、小走りで駅の方へ行くのを少し見守るが、自分にも時間の余裕があるわけじゃないことに気が付いてあわてて居間へ行く。


 珍しく、朝食がかなり豪華に用意されていた。


「あれ、母さん、起きてたんだ。」


 うちの母親の方はいつもかなりの遅起きだから、珍しい。


「うるさいね。いいから早く食べて食器を洗いな!ミンチにするよ!」


 なるほど、父親が転勤になったから、少し頑張ってでも早起きをして、朝食を作るのを頑張ったのか。


 今まで、父親の方にばかり目が行きがちだったが、母さんの方もすごいや。普段はミンチミンチ言ってるけど。


「あんたも早く行きな!」


「はいはい!」


 今じゃ慣れた手つきで女装し、いつものロープで二階から学校へ行く。





 学校に着くと、アオイとユウキが珍しくほかのクラスメイト達と一緒に話している。


「おはよう!何かあったの?」


 俺がアオイとユウキに声をかけると、二人とも少し興奮した口調で声をかけてきた。


「あのねあのね、クラスに新しい副担任が付くことになったんだって!」


「なんでも、ベテランの方らしいのよ!しかもすごい美女だそうよ!」


 ええ、なんじゃそりゃ。ついにうちらの新任の担任が教育委員会かPTAから見放されてしまったのだろうか。


「すごくすらっとしていてモデル体型だったの!この時期に来るなんて謎の美女ってことよ!いいわぁ!」


 クラスメイトの相川愛とかいう子が話している。なんかレイナに似ているところがあって怖いな。


 そういえば、ヤンデレ女子コンビの二人をこの二日間見ていないな。いや、それが本来あるべきなんだが、何か企んでいるんじゃないかと怖くなる。


「み、みなさーん、せ、席についてくださーい、お願いですから……。」


 相変わらずマンボウ並みにストレスに弱そうな担任が入ってくる。


「あ、あのですね、今日は、新しい先生が来てくださいました。副担任として。ベテランだそうです……。」


 若干落ち込んでるのは、やはり自分でも何か思うところがあるのだろう。


「えっと、どうぞ、お入りくださいませ、お願いします、クビだけは、クビだけはっ!」


「大丈夫ですよ。取って食ったりするわけじゃないですから。」


 たっっっっか!


 想像していた身長より15センチは高い。父親に匹敵するか、それ以上の身長だ。


 カツカツ、とさらに身長を底上げしているヒールを鳴らし入ってくる。引き締まった体をしているな……。


 いかにもカリスマって感じを醸し出している。


 そして何より、うわさに聞いていた以上に美人だ。可愛い、や可憐な、ではなく、漫画とかによくいる優秀な秘書のような雰囲気をまとう美人さだ。


 教員相手なのにうっかり惚れそうなぐらいに美人だ。俺以外の周りの人たちは割と雰囲気にのまれているようだ。


「新しくこのクラスの副担任になりました、佐藤ジュンと言います。どうか皆さん、よろしくお願いします。」


 簡潔な自己紹介に腰から45度ちょうどのきれいな礼。クラス全体が空気事支配されているような感じだ。


 皆が圧倒され、担任に至ってはすでにハンカチを目頭にあてながらホームルームが終わる。


 二人が出て行って、しばらくしてから、ようやくクラスの中から緊張の糸が抜ける。


 シンとしていた教室のそこかしこからひそひそ声レベルの声が聞こえるようになってきた。


「あの方は一体何者なんですの?」


「美人な上に仕事もできて、その上謎多き女……。すごいですわぁ!」


 俺のトラウマシリーズ、ひそひそ声も今はあの先生に向かっているようだ。


「カヅキカヅキ。」


 アオイが寄ってくる。気になるのだろう。まぁ、俺も気にならないと言えばうそになるけどさ。


「あの方、カヅキに似てませんでした?どこか面影のようなものを感じたのですが……。」


 さすがユウキ。俺も同じことを考えていたからこそ気になったのだ。


「名前も佐藤だったしね。もしかして親せき?」


「いや、アオイ、日本に何人佐藤がいると思っているのさ……。」


 ちなみに205万人らしい。この前ネットサーフィンで知った。


「でも、苗字が同じで顔つきが似ているなら、無数にいる佐藤さんの中でも近い方かもしれないわね。」


 ちなみに、父方の親せきにそんなにガタイのいい人はいない。しいて言うなら父の名前がジュンイチで、ガタイもいい。だが、そもそも父親は男だ。生物学的に変えるのは難しいと思う。


「いやぁ、いないと思うわよ?」


 そう答えたものの、周りの目はやはり苗字が同じ俺に向く。


「本当にお知り合いなどではないのですか!?」


「実は、年の離れたお姉さまだったりしませんの?」


 いや、さすがに教師のお姉さんはいない。父親ならいるけど。


「そうですか……。」


 ていうか君、直接話しかけてきたのは初めてじゃない?ケッ、ブルジョワめ!


「それにしても、あの先生は何の授業を持つのかね。」


「確か、名札に国語科って書いてあったわよ。」


「今日ないじゃん!」


 アオイとユウキの問答が聞こえる。


「じゃあまあ、実際の授業を受けるのは明日以降だねー。楽しみだな!」


 アオイは、扉の陰から涙目で教室を見渡す担任には気が付いていなかったようだ。


 家に帰ると、珍しく誰も帰ってきていなかったので、ドアから家に入る。なんて久しぶりなんだろう。


 着替えて、ゲームをしたり漫画を読んだりしているうちに、父さんが先に返ってきた。


「お帰り。」


「ただいま。今日は初めてで慣れないだろうからって、先に返してもらったんだ。」


「そうかぁ。お疲れ様。」


「仕事は持ち帰ってきているから、部屋で仕事をするよ。」


「わかった。入るときはノックね。」


 父さんは部屋で仕事をする際、生徒の個人情報のためにも入る前にノックをするように言ってくる。


 まあ、自分の教師にそれだけ配慮してもらえたらありがたいなって気持ちはあるけどさ。


 ちなみにウチの担任教師はどんなに居残ってでも教員室で仕事をしているらしい。ヒカル先輩が「あー、マキちゃん先生ね。あの人はマンボウメンタルだから。」と言っていた。ガラスより弱いのかい。


 よく教員免許取れたな……。


 ふと、父さんの部屋から、


「二万……。うーん、二万かぁ。」


 といううなり声がする。


 二万だすには高い備品の申請でもあったのだろうか。


 父さんも苦労してるなぁ。


 その日の夕飯は、父さんの好きな焼肉だった。

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