男子校に入学したはずなのに、妹の学校見学が自分の学校な件

 土曜日の朝。目が覚める。時計は9時。素晴らしい。


 いつも女装があると6時には起きないといけないし、先週はどっかの誰かさんが急に家に現れたり、急にプロポーズしてきたりといろいろと大変だったからな。


 それに比較して今週はなんと平和なことか。


 母親は朝早くから単身赴任中の父親の世話のため不在、つまり朝に寝ぼけてたたき起こされる心配もないということだ。


「おーにーいーちゃんっ!」


 妹のユイが嫌な笑みを浮かべている。この笑い方をする時は、たいてい厄介事を運んでくるのだ。


「私ね、お兄ちゃんの通ってる学校の、女子校の方に行きたいわけよ。」


「そうか、頑張れ。」


「でね、やっぱり、学校見学って大事だと思うの!」


「そうか、いってら。」


「でもね、ひとりじゃ行ける自信がなくって。」


「そうか、ドンマイ。」


「誰かについて行って欲しいなぁって。」


「そうか、頑張れ。」


「聞いてないでしょ?」


「そうか、いってら。」


 壊れたCDみたいになった俺をユイは容赦なく逆エビ折りをしてくる。なぜ固めじゃないかって?体重を全て背中に一気に落としてくるからだ。


「お兄ちゃんも来て欲しいなぁー。」


「わかったわかった!逝くから!逝くから行くよ!」


 本当に折られかねないので行くことにする。


 でも、タダで済ましてやるほど優しくはないから、男子校に連れて行ってやるとしよう。少しは兄を大事にするが良い。


 何を企んでいるのか、やたらと満面な笑みの妹のユイを、いつもの通学路を通って学校まで連れて行ってやる。


 女装がデフォルトとかいう奇特な学校だから、見学まではできるだろうが、妹よ、男子校だぞ。


 さらに、もっと言ってしまえば、セキュリティもザルだ。入れるだろう。さすがにそれは可哀想なので(たぶん)しないが。


 どっかの部活が学校の周りを走っている。遠目に見える金髪はもしかしたらアオイだろうか。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。

 この学校って、看板ないの?」


 言われてみればついてないな、校門にすら。


「最近は不景気だからなぁ。」


 こないだ床屋に行った時、隣のおっさんと床屋のおっちゃんが話していたことを、それっぽく言ってみる。そう言えばあのおっさんハゲてたのになんで床屋来てたんだろ。


「ふーん、なんか受け売りっぽい。」


 難しい言葉を知っているな、ユイは……。


「中を見たい時って、先生に言えばいいの?」


「そうなんじゃない?女子校だから知らない。」


 適当にそう答えたけど、そもそもここは男子校だし、普通こういうのは開催している期間中にやる物だろう。


「事務室ってここかな?」


 うちの妹はここが女子校だと思い込んでいるらしいが、そもそもなぜ俺が女子校の構造を知っていると思ったのだろう。馬鹿なのかな?


「聞いてみればいいんじゃん?」


 やはり適当に返すと、妹は事務室に走っていった。もうさすがに逃げることは諦めたので、グラウンドの方を見ていると、陸上部が走っている。


 俺は運動が苦手だが、カオリやアオイは好きらしい。2人は結構似ているからな。カオリの方が圧倒的に暴力的だけど。


 そんなことを考えていたら、カオリを見つけた。


 陸上部に混じって走っていたのだ。


 やばい、殺される!……あれ?そうか。あいつは俺が女装してしかここに来ないと思ってるから、俺がいると思いつかないのか……。


「おにいちゃん!いいって!」


 帰ってきたユイが先生を引き連れてくる。……って言うか、なぜに顔が割れているリラなんだ……。


「お兄様でしたか。ご案内致します。」


 いつもは豪快にジャージを羽織るリラがスーツを着てお辞儀してくる様は見ていて面白いものがある。


 カオリいわく、女装姿からだと俺の実際の姿は分かりにくいらしい。たぶん、リラも気がついていないのだろう。


「それにしても、お兄様は、どこかでお会いしましたか?」


 もちろん、嘘をつくに決まっているだろこんな面白い状況。


「いえ、ないと思いますが……。」


「そうですか、失礼しました。」


 リラもリラで馬鹿なのか、それとも俺の女装スキルが高いのか……。


 こうして、3人で学校を回った。


 リラは、ユイを女装男子と思っているのか、特に違和感を覚えずに話しかけているようだ。


「ユイさんは、入学したら入りたい部活とかありますか?」


 リラが丁寧に尋ねる。ユイは、俺をチラッと見てから、


「やっぱり、チア部です!」


 と満面の笑みで元気に答えた。まだこいつは何かを誤解しているんじゃないだろうか。


「今日はチア部は活動していないですが、明日はあるそうですよ。」


 へぇ、そうなんだ……マジか。初めて知ったよ。


 こっそりケータイを確認すると、確かに予定表には入っている。危ねぇ忘れてた。


「共学でない学校は宗教を持つところも多いのですが、うちは無宗教なんですよ。」


 へぇ、そうなんだ。さすがにこっちは知ってたけど。今日は繰り返しが多い気がする。


「うちはあまり宗教とか気にしないので、大丈夫ですよ。」


 ユイの受け答えもしっかりしている。兄として喜ばしい成長だ。


 こうして、妹の成長がみられて少ししたあたりで学校見学は終わった。


「お兄ちゃん、この前すごい人と会ったカフェ行きたい!」


「ハイハイ、いいよいいよ。」


 どうせ俺のおごりだろうが、たまには兄貴ヅラしてやるのも悪くない。


 店に入り、前回は効果がなかったのでコーヒーはやめようと思い、メニューを眺めていると、店内にある人が入ってきた。


 アオイである。


 どうやら、部活の人と一緒らしく、こちらには気が付いていない。


「お兄ちゃんお兄ちゃん。」


 ユイは気が付いてしまったようだが……。


「どうした、ユイ?」


 ここは秘儀、知らない人作戦。いくら女装仲間と言えど、アオイも俺の変貌ぶりには気が付かないだろう。何せ、幼馴染や実の妹ですら気が付かなかったのだから。


「あの人、あの人だよ、この前会ったの!はぁ、尊い……。」


 よし、ここで、「声をかけよう」とか言い出さなかったのは偉い。


「そうか、また会えてよかったな。」


「お兄ちゃん、お兄ちゃんを紹介しないといけないから来て?」


 どうしてそうなった。さっきのはフラグだったのか?


「やだよ。俺が女子嫌いなの知ってるだろ?」


「あの人は気さくでいい人だから大丈夫なの!」


 どこから来たその自信……。


「だいたい、あの人は今友達といるんだろ?邪魔しちゃ悪い。」


「うぅー、わかった。じゃあ、次は絶対紹介するからね?」


 危なかった。それにしても、なんだろうなこの胸のもやもやは。友達にほかの友達ができたから、妬いてるのかね。


「今日は楽しかったね、お兄ちゃん!」


「あーはいはいそうだね。」


「元気がないよ?」


「胸とか胃とか、いろいろ痛くてな。」


「ふーん。」


 冷たい妹だ。


 家に帰ると、玄関に母親の靴があった。


「ただいまぁ。」


「ただいま!」


 ユイはやたら元気にただいまを言うと、玄関に上がる。


 あれ?


 俺は、大きな革靴を玄関に見つける。


「おとうさん!?」


 ユイの大声が聞こえる。


 それに答えたのは、久しぶりに電話を介さずに聞いた父親の声だった。


「お帰り、そしてただいま。カヅキ、ユイ。

今度、こっちに転勤になったんだ。」


 教員とは思えないほどの不自然な転勤だな……。


「今日からは、また家族四人で暮らせるな。」


 まぁ、とりあえずはこういうべきだろう。


「お帰り、父さん!」

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