男子校に入学したはずなのに、弁当交換に緊張する件
事件は、部活に入った次の日の木曜日に起きた。
「明日のお昼は購買と食堂が休みになるそうです。
皆さん、途中のコンビニで何か買ってくるか、お弁当を持ってきてくださいね。」
その日の最後のホームルームでの、担任からの急な連絡。当然のことながら、クラスがざわめく。
担任が申し訳なさそうな顔で教室を去っていく。この人、本当にこんなに気が弱くて大丈夫なのだろうか。
「おーねえーさまー!」
俺は慌ててしゃがんだ。
「ふぎゃぶっ!」
レイナが壁に激突して悲鳴のようなよくわからない声を上げる。
「今日はどうしたの?」
教室の中では姿だけでなく声やしぐさ、言動も完全に女子のものにすると決めている俺は、女喋りで声をかける。
「あの子が『妹』として名を挙げたそうですわ。」
「羨ましいですわ。」
久しぶりな感じのするひそひそ声が耳に突き刺さる。別にもうなんでもいいんだけどさ。
「お姉さまの明日の分のお弁当はワタクシが作り致しますわぁ!」
「いや、良いよ。自分で作れるし。」
「お姉さまの大好きなヒカリモノですわよぉ!」
「懐かしいなそのネタ!でも、刃物は食べれないわよ?」
うっかり素で突っ込んじまった。
「何をおっしゃっているんですかぁ?お寿司のことですわよぉ?」
「よし、一週間前の自分を見返してこようか。」
こいつはどうも記憶ができないらしい。カオリとセットで病院送りかしら。
「こちらコードネームクラスメイトA。カヅキ様の好きな食べ物はヒカリモノの模様。ただし、食べるよりも鑑賞が好きな模様。どうぞ。」
「了解。カヅキ様ノートに記載する。どうぞ。」
ひそひそ声がどこかへ連絡を取るのが聞こえるんだが……怖い怖い。なんで俺の個人情報を無線機で流してるの?
「じゃあ、ワタクシでないならお姉さまの明日のご飯はどうするつもりですのぉ!」
キレるなキレるな。やばいって。瞳孔かっぴらいてるじゃん。自分で作るって言ってるし。
「私が作る。」
「うわぁっ!」
いつの間にか隣にユミコがいる。やめてくれ怖いから。
「この前みんなで行ったお店のシェフを呼ぶ。」
「おい待ていくらかかるんだよ。」
というか、それは作るとは言わない気がする。
「お代は体で。」
「払うのは俺がお前に払うことになりそうだな。」
「好条けn……。」
「却下。」
もちろんながら却下だ。
「いいか?私は自分で作る。お前ら前科があるから信用できないからな!」
「わたくしは眠り薬なんて入れてませんわぁ!」
「そりゃそうだけど……ん?何で知ってるの?」
「私も入れない。」
「入れたことあるよね?」
やっぱりこいつらそろいもそろって怪しすぎるので、やっぱり自分で作って持ってくることにした。
金曜日の昼休み。
「弁当ってなんか新鮮だな。」
アオイが、すこし感慨深げにつぶやく。普段は購買組らしい。
「自分で作るのも、ね。」
ユウキの家はお嬢様らしいから、それが基本なのだろうが、やっぱりすごい。いろいろな意味で。
「私も、そうかも。」
三年のはずの、というよりか、本来この校舎にいないはずのユミコ、
「お前らはいいよなあ、おいしく食えて。
しゃべらないでほしいですわぁ!」
ユウリもレイナも、どっちもしゃべらないでいただきたい。さっきからいろいろ飛ばしすぎなんだよ。お互いに口の中で取り合うから。
「それにしてもカヅキの卵焼き、おいしそうね。」
「どうもありがとう?」
「ウチにはポテトサラダのがおいしそうに映るけどなぁ。」
「それはどうも?」
「わたくしにとっての一番はタコさんウインナーですわぁ!
いや、ありゃよく見るとイカさんじゃないか?」
「お、おい……。」
「交換。」
やっぱりそうなるかぁ。なんとなく予想していたけどさ。
「とりあえず、ユミコとレイナは怖いからなし!」
とりあえず危険な流れになりそうなので、マジで間接キスとかしてきかねない二人の女子の動きを封ずる。
「お師匠様がなんで怖いの?」
「いろいろあったんだよ!」
ユウキには内緒の案件だ。
「じゃあ、うちはこのカボチャサラダな!ポテサラ一口くれ!」
真っ先に乗ってきたのはアオイだ。
「じゃあ、この蓋にカボチャサラダを……。」
「そんなの気にすることないだろ!同性なんだし!」
……え。
「じゃあえっと、はい。」
ポテトサラダを一口分箸にとってアオイに差し出すと、
「サンキュッ。」
といって、パクっと口に入れてしまう。いくらとはいえ、かわいすぎるんだけど。顔とか、しぐさとか、あと顔とか。
俺が動けないでいると、
「はぁ~やっぱりウチの目に狂いはなかった!このポテサラ、上手い!」
それはいいんだけど、この箸どうすれば?
「ほら、固まってないで食えよ、ウチの庭でとれたカボチャだ!」
アオイに箸を口に突っ込まれる。
「ん!うまい!」
確かにこのカボチャサラダはすごくうまい。あとは、なんかサラダとは違う味がする気がするが……。
「アオイ、なぶり箸は行儀が悪いわよ。」
「はーい、ごめんなさーい。」
……考えるのはやめよう。
「次は私ね。カヅキもこれ、食べてみて。」
そう言ってユウキから差し出してきたのはあんパンだ。
「特にあんこには気を使っていいものを使っているわ。私にその卵やきをひとかけ頂戴ね。」
ところでこのアンパンはどこかのキャラクターを思い起こさせるほどに大きい。
「かじりかけで申し訳ないけど、このアンパンだけはこうやって食べたいの。」
しかもなんか、かじるという食べ方にこだわりがあるみたいなんだけど……。
落ち着け。落ち着け。ユウキは同級生。異性じゃない。緊張なんてしない。落ち着け、落ち着くんだ!
深呼吸をして口を開け、1口だけかぶりつく。
「はぐっ!むぐむぐ……。んま!」
あんぱんうまぁ!
そんなことを考えているうちに、どうやっているのか、ユウキの常につやつやな箸が俺の卵焼きをかっさらって行く。丁寧に箸で切って。
「こっちもとても美味しいわよ、カヅキ。」
「どうも?今度作り方教えるよ……。」
美味しいことは美味しかったが、なんだか異常に精神的に試された気がする。
この時俺は、異変に気がついていなかった。とあるふたりが結託し、皆を陥れようとしていたことなど……。
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