男子校に入学したはずなのに、カラオケが純和風ガチ勢な件
俺とユウキとユミコが戻ると、アオイと、レイナの向かって右半分が泣いていた。
レイナのこれは本当にどういうシステムになっているんだか。
「カ、カヅキお姉様ぁー、切なすぎますわぁー!」
そう言って抱きついてくる。
「や、やめろ!それだとあたしまで!」
今度はレイナの向かって左半分だけが焦った顔をしている。表情筋が釣ったりしないのかな。
「で、何があったの?」
俺はレイナに抱きつかれるのは慣れてしまったのでなんとも思わないが、アオイの方に聞いてみる。
「ユウリが、歌っていた曲が……。
ウチらの親の世代の曲だったの……。
それを、今の1番の流行りだと思っていたらしくて、苦労してたんだなって思うと、悲しくて悲しくて……。」
早めに脱出して良かったような、申し訳ないような……。
「待った。」
レイナの左半分がぴょこんと離れる。
「その、後ろの紫髪の女に、本能的な恐怖を感じる。」
うん、まぁ、間違っちゃいないね。
「除霊師。」
その言葉を聞くと、アオイとレイナがピクっと反応する。レイナも、なんだかんだユウリといるのは楽しいのだろう。
「ウチらの友達をやろうってなら、はいそうですか、とはいかねーぞ。」
あ、アオイさん?とてもじゃないけど単なるアスリート系高校生とは思えない雰囲気を漂わせている。
「心配無用。討伐不要。」
いいリズムじゃないか。先程と同じ説明を、ユミコ……ではなくユウキがしている間、ユミコはカラオケの機械をポチポチやってる。
チャラリラァ〜
流れてきたのはゴリゴリの演歌。昭和後期に流行った、昔懐かしの曲だ。
「ぃよるぅのぉ〜」
驚くべき美声で歌い始めたのは当然のようにユミコだ。レイナとユウリ、もちろんアオイも、ぽかんとしている。
しかも、音程がぴったりで常に加点のサインが光っている。歌い始めてから30秒ほどで既に加点ポイントが100個を超えている。こわぁ。
歌い終わると、当然のような100点をたたき出す。皆の戦意は色々と喪失した。
「満足。」
元のジト声に戻って端末を渡すと、そのままストンと端っこに座ってしまった。
俺らの頭の中には同じ文字が浮かんできたであろう……。
「やべぇやつが来た。」と。
もちろん、それで引き下がるだけではない奴がいる。もちろんながらユウリである。
「負けてられねぇぜ!」
と、とても楽しそうな声を上げ、「あずさ8号」「待てないわ」などの古い歌謡曲を入れていく。「右を向いて歩こう」まで入れた時点で、1番最初の曲が始まるのだが……。
「じゅうよじちょぉどの!あずさはちごぉで!」
へ、下手だ……。音程のバーも一瞬も合わず、ごく稀に加点が着く。
先ほど退出したときは慌てて出てきただけでなく、恐らく余りの不愉快さに耳が勝手にシャットアウトしていたのだろう。
アオイもレイナも、こんなので感動していたのかと思うと不安になるが、たしか、昔のカラオケは声量でほぼ点数が決まったんだっけか。
それに、この曲たちが全盛期だった時代しか知らないというのは、確かに涙が出る。
というか、やたら涙が出るんだが……。と思ったら、レイナの向かって左側、つまりユウリが後ろ手で「玉ねぎエキス」と書いてあるスプレーを撒いていた。
こらユミコ。ゴーグルで一人だけ逃げるんじゃない。ていうか、なんでそんなもの持ってるの?
ようやく終わった剛田リサイタルは、びっくりすることに100点だった。20曲合わせて。今日日こんな点数出す方がむずいぞ。機械が壊れてはいないか心配になったが、ユウキが、
「そろそろ二次会にしましょう。」
と話題を振ってくれる。できる友人だ。
「うちもお腹減ったー!」
アオイのこれは便乗しているだけだが、確かにお腹は減った。
「オススメの料理屋がある。」
さすがユミコさん。こういう所も年上感を出してくる。もちろんながら、この中での真の年長者が誰なのかとかは、絶対に、決して、必ず、考えてはいけないのである。
「ここ。」
ユウリが立ち止まったのは、駅ビルのような大きい、ただのビル。
中にずんずん入っていく……のはいいけど、ここ、絶対高いよな?
「ランチはリーズナブル。」
心にはプライバシーがないらしい。
元からお金持ちのレイナは楽しそうだが、ユウリはびくついている。その半々システム本当にどうにかならないのだろうか。
「カヅキお姉様の分は出しますわぁ!」
レイナの左手が財布から光輝くカードを取り出す。
ユミコが向かったのは、いつだったか電車の広告で見た、「空中庭園」とかいう店だ。
名前の通り空中にあるかのように見せるため、1つ下のフロアから借り切って、1階を純和風の庭園に、2回を水晶張りで作っているという豪快すぎる構造。しかも個室。
食器も全て水晶で出来ており、そこだけでいくらかかったか計り知れない。
そして、こういう所には滅多に来ない俺には名前すら分からない半透明の料理の数々。
どれも、作るのに執念とすら言わしめる努力を持って作られた料理なのは間違いない味だった。
レイナは、ユウリと口内での料理の取り合いという世にも珍しいことをしていたが、それ以外の皆は美味しそうに食べてるな。
俺とユミコ以外の皆は連れ立って御手洗に言ってしまった。女子のツレションじゃあるまいし。
「パンッ」
ユミコが1度だけ手を鳴らす。本来は2回叩くものだが、恐らくユミコが音を立てるのが嫌いなことを知っている仲居さんによる、特別仕様だろう。
キラキラ光るカードを見せびらかしていたレイナと違い、ユミコは真っ黒い何かを伝票に挟んで渡す。
それについては考えてはいけない。
伝票には、10万×5と書いてある。ご、50万って……。
「0の数」
なるほど、0を1個数え忘れていたみたいだね。きっと、さすがのレイナでも払いきれないだろうね。
「特別コース。」
ひえぇ、おっそろし。さすがに顔を引きつらせていると、
「お近付きの印。」
と言って来た。むしろ逆に遠ざかってるよ!住む世界とか!
「しゃがんで。」
「えっ!?」
「じゃなきゃご飯代出して。」
そう言われちゃ逆らえない。
「目を閉じて。」
そういいながら、ユミコは仲居さんがそっと置いていったブドウ味の飴を舐めている。仕方ない。
「はいはい。」
何されるのかわからなくて怖いんだが。
ふと、会った時から香っていた、ヒノキのような匂いが強くなる。
ヒノキの匂いに慣れた鼻に、ブドウが酸っぱくなく、甘く香る。
唇になにか柔らかいものが押し当てられた。慌てて目を開けると、その感覚は既に離れている。
「貴方と、結婚する。」
……えっ?
「ファーストキスはブドウ味。」
ちょ、ちょいちょい。
「ま、待てよ。それってどういう事だ。」
そのわけを問い正そうとした時、部屋の襖を仲居さんが開けて、ユウキ達が帰ってくる。
その後、皆とどこをどう回ったのかは覚えていない。この日は、何も聞けずにお開きとなった。
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