第十二章 それぞれの結論

L・全山縦走当日・最高峰まで  17時前後




 最初に登ったのは富士山でした。小学生の時、親父に連れられて登って…。御来光がすっごい綺麗で…。感動して…。で、その後も、大小いろんな山に連れてってもらってるうちに山に登るのがすっかり好きになってました。ただ、山岳部とかワンゲルとか…ガチでやるのはちょっと怖くて…た、アルプスとか高い山に行くのは、いざとなったら、一人でやればいいやって思ってました。でも、結局、自分では何もしなくて。山岳部の連中を羨ましいなーって思ってるまま、時間だけが過ぎて…。気が付いたら、大学入って演劇をやってました。演劇は本当に大好きでしたよ。楓にも会えたし。


 でね。いざ、就職活動の時期になって…。演劇ももうやる事ないのかな…なんて思ってたら、なんか、登山の事をよく思い出しました。また、皆が頑張ってるのを指くわえてみてるのかな…って。でも…






 そんな話をしてから、高松慎吾は大きくため息をついた。ガーデンテラスから最高峰までの道は道路と山道が入り組んでいる。さっきまでと同様、どっちを通っても良いのだが、高松君の靴を心配してアスファルトの方を歩くことにした。




「きっと、楓は卒業したらすぐに…遅くても2、3年で結婚すると思ってます。彼女の事は好きですし、そんな風に思ってくれてるのは嬉しい…。でも、僕にはそれに応えるだけの力は無い。お祖父さんが言ってたみたいに、構わず全部取りに行けば…いいんですけど…。」




 まあ、だいたい予想通りの話だ。ありがちで、くだらない…。でも、今日一日…。一緒にこの道のりを経験して、高松君という人となりをこれだけ知った。その後聞くと、決して看過できない話に聞こえるから不思議だ。きっと、これが世間一般には友達とかなんとか言われる事なんだろう。




「まあ、これもジジイが言ってたけど…俺は君にアドバイスするような人間じゃない。まあ、一つ言えるのは彼女は君の敵じゃない。味方だ。それだけは忘れちゃいけない。」


「…はい」




 高松はそうつぶやいた。




「全山縦走大会に今回出ようと思った理由も簡単です。彼女と別れても…これからは、ちゃんと自分のやりたいことに…嘘をつかずに自分が自分でいられる精一杯を頑張り続ける…って、事をこの縦走を完走して証明してやろうって思ったからです。そうすれば楓との事だってちゃんとできるかもって…。そんな虫のいいはなし、彼女には言えませんでした…。」




 道がかなり暗くなってきた。もうすぐ5時か…完走する気なら、かなり遅れてると言わざるをえない。




「この階段を上がれば最高峰だ。チェックポイントは最高峰の少し下の一軒茶屋の前の広場だから…。最高峰に行くのは結構遠回りになる…」




 山路さんが道路脇から続く登山道を指して言う。




「僕は行きますよ。」




高松が答えた。




「俺も…。行かないと怖いお姉さん2人に怒られるから」




 俺が言うと山路さんもすぐに俺について歩き出した。




× × ×




 階段を登り終えると左側に小さな東屋が見えてくる。見覚えがある。あそこから道がまたコンクリートになる、左に曲がると自衛隊の通信施設があって、さらにその少し奥に最高峰の標識が立ってる広場がある。あの東屋は座って食事するにはいい所なんだけど、登山客の数にたいしてあまりに小さいので、いつも満員だ。


 俺達は東屋の横まで来る…。日が西の山に差し掛かり大分暗くなってきた。ここからも神戸…いや、大阪湾を一周…遠くの和歌山まで一周見渡せる。まだ本領では無いが、100万ドルの夜景の幕がとうとう開く…って感じだな。




「すごい…神戸の夜景はやっぱり綺麗だ…。子供の時、父に連れられて夜にここまで来た事があるんです…。これが見たかった…。」




 高松は言った。夜風が本当に冷たくなってきた。




「我儘に付き合ってくれてありがとうございました。これで…山を下りられます。」




 その時…東屋から人が出てきた。楓だ。どうやら、いつの間にか追い越されていたらしい。さっき連絡を取った時、すでに最高峰の下付近まできているとの事で待っておいて貰う事にしたのだ。ここにいたか…。一瞬、裕美を探すが、ここにはいないようだ。




「お疲れ様」




高松は悲しそうに笑った。




「お疲れ様。大変だったね」


「こっちのセリフだ。ごめん。こんな所まで…来てもらって」




楓は、フルフルと首を振った。そして、すぐ笑顔になる。




「勝手な話だけどさ。この全山縦走を歩ききって…。役者をやっていく覚悟を固めて。楓とヨリを戻して…なんて思ってた…。でも結局全部だめでさ…そもそも、ヨリを戻すとか都合がいい…」


「楽しかった!!」


「楓…」


「今日一日…。ずっと歩きっぱなしで、しんどかったけど…、景色は綺麗だし色んな人に会えたし…。慎吾君にも食べてもらいたかったな。私のお弁当」




あ、ごめん。俺と田口でほとんど食べちまったな。




「ごめん…」


「本当に楽しかったんだって!慎吾君がめざしてる登山や人生について行けるかわからないけど…。きっと一緒に歩けると思うよ。きっと私の知らない楽しいことを貴方はいっぱい知ってる。」


「うん…。でも、今日はもう山を下りないと」




楓は息を大きく吸った。




「一緒にいっていい?」


「……ああ…この夜景を…楓と一緒に見たかった…だから…」






 くー!!だめだ。もう見てられん。いいねー。若い二人…これからの大変な道を覚悟しながらも幸せそう。末永く爆発しやがれ!


 山路さんに促され、2人をいったん置いて離れようとした…




「あ、シンジさん!」




 楓が不意にこっちに声をかけた。何事だ?




「裕美さんから伝言です。最高峰にいるから…って。2人で。」




 2人…それを聞き終わるとおれは最高峰の方に向かって走り出した。いや、実際もう走る体力なんて残ってないから、気持ちだけだけど…。こんな所に居やがったのか。じじい…。












М・最高峰にて…へ続く。






 さっきの東屋から最高峰までは、すぐだ。もうかなり暗くなってきた。さっきも言ったがここは、少しだけ全山縦走コースから外れているが、せっかく歩くのだからと寄っていく人も多いので、人はまばらにいる。六甲山最高峰、標高931mと書かれた丸太状の標識が立っている。その横に方位等が描かれた岩がある。ジジイはそこに座っていた。裕美が傍らに跪いている。


 近くまで行くと…。裕美は、頭にヘッドライトを付け、ジジイの足首にテーピングを巻いていた。その足首が腫れているように見える。これは…。




「残念だが。ここまでのようだ」




 ジジイは静かに言った。是非も無しってやつだ。この年齢で、ブランクも長かったのに、ここまで歩けただけでも奇跡みたいなもんだから。




「だめそうか?」




 俺はジジイの横に腰を下ろした。




「お?今の、モードレッ〇が獅子〇に言ったセリフっぽくて良かったぞ」


「そんなマイナーな所良く知ってるな」




 俺は少し笑った。裕美は静かにテーピングを巻いている。いつの間にか日は完全に落ちていた。夕暮れだけがわずかに西の空に残っている。




「聞きたいんじゃなかったのか?色々と。だから大会に参加したんだろ?」


「あ?ああ…まあなあ…。正直、青空の下を気持ちよくハイキングすれば…色々素直に…普段話せない事も話せるんじゃないかな?なんて都合良く思ってた。」


「歩行距離を考えろ。一般人が気持ちよく歩ける限界を超えとるわ。」




ここで俺はようやく笑った。ジジイも少し笑ってる。2人で笑うのは久しぶりな気がする。




「少しだけ聞いていけ…」




 ジジイは、静かに言った。


 いつか言った登山の終わる時…。それがとうとうやってきたのだ。


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