君はこのじゃんけん──見破れるか?~こたつをかけて争った雪国の高校生たちの一幕~

izumi

じゃんけんを始める前にたったひとつ、簡単な条件を出す。


「──じゃんけんを始める前にたったひとつ、簡単な条件を出す」


 と宣言する5分前に話は遡る。



 ◇



 ここは冬の寒さが厳しい石川県の泉高校。


 この学校では過去にボヤ騒ぎがあったことから、個人のヒーター、ストーブなどの暖房器具の部室への持ち込みが禁止されている。

 そのため、多くの部活──特に文化部は、身体を動かさないため、とにかく冷える。

 活動拠点となる部室棟では暖房器具がないため、冬の寒さに耐えながらの活動となる。


 そんななか、とある火種が投下された。



「あの、おばちゃん、これは?」


 特別棟の物置で、俺──山市やまいち凛空りくはおばちゃんこと、佐藤さとう先生に尋ねた。


「あらま、こたつも分からんとは、だらんねえか?」

 *だら……ばかという意味。


 ごりごりの金沢弁で答えが返ってくる。


「いや、それは分かるんだが。どうしてこれを俺たちに?」


 右隣にいる無駄にイケメンな悪友──二宮にのみやりくが先生に聞き返す。


「さらちゃんにはいつも手伝ってもろうてお世話になっとるさかいにねえ」

「え……私?」


 左隣にいる我らがカードゲーム部の部長、金髪碧眼ポニテ女子──更科さらしなさらが首をかしげる。


「もともと捨てるつもりやし、ほんとはこんなんしたらだちゃかんやけども、まあさらちゃんやからいいわいね」

 *だちゃかん……駄目という意味。


 おばちゃんは豪快に笑いながらそう言って去っていった。



「部室はかなり冷えるから、これまじで助かるよな」

「早くこれを部室に運ぼうよ!」

「しかし、これって暖房器具の持ち込みになるんじゃないか?」


 二宮が疑問を口にする。


「いや多分問題ねえな。これどっかで使ってて古くなったから捨てるつもりだったんだろ。見ろよこれ」


 こたつの裏には学校の備品を示すシールが貼ってある。


「このこたつは学校の備品だから個人の持ち込みには該当しないので問題ない。完璧な抜け道じゃね?」

「なるほど。全く問題ないといえる」

「かなり問題だよ!?」


 こんな超法規的なことは世間の執拗な揚げ足取りに怯える普通の先生にはできないだろう。定年が迫っているおばちゃんにしかできない芸当だ。


「とりあえずさっさと運ぼうぜ」

「そうだな」

「了解っ!」


 しかし、俺たちは浮かれていた。


 もう少し冷静になれば大きな袋をかぶせるなり、解体して運ぶなり、災厄を回避する手段が色々とあったのだが……。



 ◇



「やらかしたな……」

「たしかに迂闊だった……」


 俺たちのカードゲーム部の部室前には大きな人だかりができている。

 ざっと20人くらいはいるだろう。


『おい、それどこから持って来たんだよ!?』

『ずるいぞ!?』

『そうだそうだ!』


 部室に運びこぶ前に彼らにつかまってしまった。

 おかげでちょっとした騒ぎになってしまっている


 このまま騒ぎが大きくなれば、俺たちの宝物が没収されかねない。


「でも、やっぱりみんなに黙っているのはちょっと申し訳なかったし……」


 更科が申し訳なさそうに口にする。

 まあこれが彼女のキャラクターであり良さでもある。


 


(二宮、ここはあれでいこう……泉ちゃんじゃんけんだ!)

(なるほど……!)

(準備はいいか?)

(もちろんだ!)


「えーみなさん!」


 二宮が手際よくどこからか椅子を持ってくる。

 俺はその上に乗って集まった群衆を見下ろした。


「皆さんの興味の対象はこのこたつでしょう」


『そうだ!』

『うちらも欲しい!』


 当然の反応が返ってくる。

 やはり冬の部室の寒さは誰しもが困っているようだ。


 しかし、これが正当な理由で獲得したモノであることははっきりさせておかなければならない。


「みなさんがそう言うのも分かります。しかし、このこたつは我がカードゲーム部の部長、更科が、日々の先生方への惜しみない奉仕活動の報酬として受け取ったものなんです!」

「ど、どうも……」


 更科が照れくさそうに頭を下げる。

 どうやら人前は緊張するタイプのようだ。


『そ、そうなのか……』

『それなら仕方ないか』

『いいなー』


「みなさんの気持ちももっともです。そこで! 今からこのこたつを賭けたゲームを開催します! 勝利者にはこのこたつを差し上げます!」


『おおっ!?』


 皆のテンションが高まって途端に騒がしくなる。


「落ち着いてください。騒ぎで人が集まってくると、こたつをゲットできる確率が下がりますよ?」


『……(しーん)』


 さすが県内有数の進学実績を誇る泉の生徒だ。理解が早くて助かる。


「じゃあ、二宮。お前からゲーム説明を頼む」

「いいだろう」


 二宮がもう一つの椅子の上に立つ。


「本来ならば、ここは我が部活動の十八番、カードゲームで勝負をつけたいところだが、時間がかかるからな。ここは一発勝負でいこう」


『な、なんだ?』


 たっぷりと間を持たせて注意を引く二宮。なかなか上手い。


「──じゃんけんで勝負だっ!」


 拳を見せつけて高らかに宣言する。


『じゃんけん!?』

『まじか……』

『チャンスがあるな……』


 集まった生徒たちがざわめく。


 すると、俺たちの学年が一つ上である2年の内履きを履いた、一人の眼鏡をかけた男が手を上げた。


「デジタルゲーム部部長、一条いちじょうだ。ひとつ、質問いいだろうか?」


 ちっ、このまま押し切りたかったところだが……。


「なんでしょう?」

「話を聞く限り、ただの運要素100%のゲーム。それだとそちらにメリットがないように思えるが?」


『た、確かに……』

『話が良すぎるよね』


 やはり一筋縄ではいかない。


「もちろんです。話を最後まで聞いてください。おい、二宮。続きを」

「これから行うのはただのじゃんけんじゃない。俺たちは誇りある泉の生徒、頭を使ってナンボだろう!」


 お前も俺も校内順位は底辺だけどな……。


「これから行うのはカードゲーム部内特別じゃんけん、通称、泉ちゃんじゃんけんだ! まずはデモンストレーションといこうじゃないか」


 二宮は息を吸い込むと、


「最初はグー!」


 と叫んだ。反射的に集まった人が拳をかざす。


「じゃーんけーん、ポン!」


 皆が適当にそれぞれの手を出している。


「……これは普通のじゃんけんだと思うが」


 一条先輩が眼鏡をくいっとしながら問う。


「そうです。じゃんけん自体はごく一般的なものです。我々カードゲーム部を含め、ここにいるみんなで一人の勝利者を決めるまで続ける普通のじゃんけんです。後出しなどの通常のじゃんけんで禁止されるような行為は当然失格です」


 そして二宮が俺の言葉を継ぐ。


「しかし──じゃんけんを始める前にたったひとつ、簡単な条件を出す」


『ただのじゃんけんじゃないのか……?』

『条件?』


「ほう、具体例の定時を要求する」

「そうですね、例えばグーはパーに勝てなくなるとか、グーを出したら負けにするとかそういった類です。条件の提示によって、ただのじゃんけんにはない、思考力が問われます」

「なるほど……自らの知力をもって挑む頭脳戦を交えた泉ちゃんじゃんけん、まさに泉の生徒にふさわしい」


『泉ちゃんじゃんけん……奥が深いな』

『面白そう!』

『やってやるぜ!』


「最後に大事なことを一つ。当然ですが、先ほど提示したような具体例の条件を容認できない方は参加権がありません。構いませんか?」


『もちろんだ!』

『俺の右手に全てを懸けるっ!』

『私でも勝てるかも……』


「まあもちろん、無茶な条件を提示するつもりはありませんのでご安心を」


 ここでも、一条先輩が手を上げる。


「最後に確認させてくれ。このじゃんけん、お前たちカードゲーム部が負ける可能性はあるのか?」


 この人、鋭いな。痛いところをついてきやがる。


「ふっ、いい質問ですね。あなたの頭の回転の速さを讃えて一つヒントを。おい、二宮」

「ふむ、そうだな……このじゃんけん──」


 二宮お得意のたっぷりと間を取るスタイル。


「一回のじゃんけんで全てが決まるだろう!」


「──っ!?」


『どういうことだ?』

『あいこにならないってこと?』


 生徒たちがざわつく。


「条件はじゃんけんを始める直前に宣言します。……ああ、言い忘れましたが、このゲームは各部何人でも参加OKです。それでは5分後にここで始めます。よーいスタート」


『……』


 一瞬の静まりの後、


『部室行って部員全員呼んでくるぞおぉお!!』

『急げ!!』

『今日来てない奴にも早く連絡とれ!』


 一目散に生徒たちが各々の部室に散っていく。


「ね、ねえ、大丈夫なの……? 私じゃんけん弱いからみんなに勝てる気しないよ……?」


 更科が不安そうに聞く。

 どう考えても正攻法で挑むわけないのだが、真面目に勝とうとする更科が微笑ましく見える。


「案ずるな。これは以前山市が思いついたインチキゲームだ。こいつの性格の悪さが前面に出たイカサマだから心配しなくていい」

「うるせえ。まあ確かに心配する必要はないけどな。だってもうを飲んだ時点で勝利は確定してるしな」

「あの条件……?」


 心が清い更科には分からないだろうなあ……。



 ◇



 各部が部員集めに奔走する中、デジタルゲーム部の部長、一条は部室に戻って冷静に考えをまとめていた。


「部長、どうします!? さっき帰ったやつら急いで呼んできますか!?」

「いや……待て。むしろそれは罠だ」


 はやる後輩をなだめる。


「罠?」

「5分という短い時間、部員を集めることに意識を割かせるのが目的だろう」


 何人でも参加可能ということは部員数が多い部活が有利。そう考えるのが普通だろう。

 しかし、泉ちゃんじゃんけんの本質は彼らが出す条件だ。その条件に上手く対策を立てないと勝ち目はない。


 それに一発で勝負が決まるというヒントが引っかかる。


「ここは視点を変えてみよう。条件を自由に出せるなら、お前はどう出す?」

「そうですね……俺たちの勝ちにする、とかは反則ですかね?」

「それはあいつらが出さないと宣言した無茶な条件に該当するだろう。まあどこから無茶でどこまでが無茶じゃないのかがは判然としないが」

「た、確かに、そうですね……」


 さすがにそんな反則的な条件を提示することはないだろう。何となくそんな予感がある。


「それに、あいつらは結局俺の質問に答えていない。負ける可能性があるのかについてな」

「え……ああっ!? そういえばそうっすね! その後のヒントのインパクトが大きすぎてつい忘れてました……」

「しかも、畳みかけるように人数無制限という情報を与えられたせいで、上手くあの場をやり過ごされてしまった。なかなか策士だぞ」

「結局どんな条件が出るんでしょうか? 全く予想が……」

「いや、条件自体は予想がつく」

「えっ!? ほんとですか!? さすが部長!」


 後輩はお世辞でもなく本気で驚いているようだ。


「あいつら言ってただろう? 一発で勝負がつくと」

「言ってましたね」

「つまりあいこは起きずに、何かしらの形で勝敗が決まるということだ。つまり──条件はグー、チョキ、パーのいずれかを出せなくする、または出すと不利な状況になるような条件を提示するはずだ」

「な、なるほど……!」

「ここまではおそらく合っているはずだ。しかしどう考えても確実に一回で一人勝ちできる方法は存在しないように思える」

「ですよね……」


 様々な可能性を検証してみる。

 しかし、解答を導けない。


 必ず一人勝ちできる方法がどこかに隠れているはずなのだが……。


「部長、もう時間ありません。どうします?」


 部室の時計を見る。確かにもう時間がない。


「そもそもこの泉ちゃんじゃんけん、一見こちらが不利のように思えるが、じゃんけんに則った以上、取れる手段は限られてくる」

「そうっすよね、結局じゃんけんならカードゲーム部のやつらと同じ手を出せば良くないですか? 3人であらかじめグー、チョキ、パーの出す手を決めておけば……」

「そうなんだよな。結局人数のパワーゲームなのか……? だとすればあまりにも芸がないが……」

「でも、なんかこういう頭使うゲームって面白いっすよね!」

「そうだな。正直こたつよりも、どんな抜け道でカードゲーム部が勝とうとしているのかが気になって仕方ないな」

「そうっすよね!」


 さすがに泉の生徒なら誰もが薄々気付いているはずだ。

 この泉ちゃんじゃんけん、おそらく勝ち目はないと。


 しかし、それ以上にどうやってカードゲーム部の奴らが自分たちの期待に応える、いや期待を超える何かを見せてくれるんじゃないかと思っている。


 マジックの種明かしを見せてくれるような、そんな気分だ。


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