⑩
そこは石造りの古い遺跡の一部だった。
全体の構造物の半分ほどが地面に埋没している。
地上に露出している箇所はほぼ風化していたが、地下の方はまだ大丈夫なようだ。
そして数ある地下層への入り口の一つ――何重もの偽装と術による結界をゲアルトが
長く続いた石材の回廊のその先は広大な地下空洞だ。
地下遺跡ではなく、そこからは自然によって形成された
そしてそんな天然の空間に、何故か一軒の庭付きの小屋。
小屋の端には空になった酒樽や酒瓶が山と積まれている。
果たしてその内部で、テーブルに突っ伏するよう酔い潰れた女性が一人。
盛大に
「し、し、師匠ぉぉぉぉ!!」
「――ふがっ?!」
タックルをかます勢いでその女性に抱き着いたロゼ。
唐突に眠りから揺り起こされた相手は、状況が把握できず腰を浮かせていた。
腰まで伸びた長いブロンドの髪。やたら露出のある深紫の際どい衣装。戸口の横にあるスタンドの帽子掛けには大きなとんがり帽が掛かっている。
まるで魔女のような出で立ちの、ナイスバディなおねーさんである。
――いや、相当若作りしてるだけかも。
「はへ……? 何? ……ロゼ? なんで、ここに……?」
とろんとした表情で自分の豊満な胸に埋まるロゼを見遣ってから、自身を取り囲むその一同に眼をくれた。
そして、はたと酔いが
「――うぇっ!? な、なんでここにアンタがいんのよ、ゲアルト?! おまけにティゼまで連れて」
「貴様がそのちっぽけな自尊心を保つ為についた虚言のせいだ」
なんだかその目付きが、いよいよを以て
「師匠ったらひどいですよ。ゲアルトさん、全然聞いてた話と違うんだもん。もしかしてわたしを怖がらせる為にあんな嘘ついたんですか?」
「何言ってんの、ティゼ! 私の話は全部本当の事よ! この男はねぇ! 野蛮で冷酷で残忍な大悪党なのよ! 陰険で、ぶっきらぼうで、根性曲がってて、一滴もお酒が飲めなくて、ケツ毛が濃いのよ! こんな男に騙されちゃダメ!」
うーむ、ロゼのそれを
「……ぞれで、いっだいどうゆう事なんでずが?」
涙と鼻水
彼はさも不快そうにレオノーラを
「そも、ティゼットを俺に預けるという話はこの女の安いプライドに端を発したものだ」
言外に有り余る呆れ感を
「こやつはな、確かに術者として一種の天才ではある。だがそれが適格な師であるかはまた別の話だ。この女は理論や基礎を
「づばり……?」
「自分の弟子を片方預けるから、見事、術者に育て上げてみせろと吹っ掛けてきたのだ。しかもその上、俺の実力を疑う発言までをもしでかした。だからその際、否応も言えなくなる程に実力を示してやったというあらましだ」
ロゼがあまりにもひどいそのネタばらしを聞き、一瞬にして眼から光を失わせた。
詰まる所、自分の大言壮語で弟子を取られ、勝負にも負けて怪我を負ったと。――最低だな、この女。
「じゃあどうして、取り戻すと言って出てったきり……こんな所に……」
「大方、こちらで順調に開花しているティゼットを見て、心が
愛弟子からの本気で冷め切った視線がレオノーラを穿つ。そんな理由で数週間も放置されたら、そりゃそうもなる。
「な、何ようっ?!」
「お姉ちゃんの事を黙ってたのもそうですけど……師匠、何で嘘までついたんですか……? そのせいであたし、ゲアルトさんを本気で殺そうとまで考えたんですよ……」
どこに焦点があるのか知れない瞳で、ロゼはぶつりぶつりと呟いている。
「う、嘘じゃないもん! 嘘なんかついてないもんっ! 本当だもん! この男、本当に悪い奴なんだもん! だって、だってこの男……私の事……私の事を……」
消え入るような声で次第と俯いていくレオノーラ。
その豊満な肢体を自身の両手で覆い隠すかのように持っていき、何かの恥部を言葉にしかねているというような素振り。
だが突如、がばっと顔を上げた。
「――見向きもしないのよ?! 幼い頃からもう四十年も一緒に過ごしてきて、二人だけで諸国を旅して回った事もあって、なのに未だに手を出してこないのよ!? おかしいでしょっ、そんなの!! きっと異常性癖者よ! ロリコンよ! ホモなのよおっ!!」
あわやという雰囲気を漂わせといてこのオチである。
一体何なんだ、このおばさんは……。これでゲアルトさんと本当に同じ年齢なのか。
「……まあ、
ゲアルトの口からその天才のさらなるネタばらしが来た。
やっぱりそういうタイプな訳か。
言うならば、ロゼたちの前では彼女のその師匠としての
しかしながら、そういう建前ってのは結局バレてしまうもの。
今回はそれが最悪のケースに
俺はそのゲアルトの何とも
そりゃまあ、事情を知っていれば
ものすごく同情してしまう。
「なな――何よう! 何なのよおっ?!」
「師匠……」
「もお、しっかりしてくださいよ」
そんなで、既に弟子二人から介護されてる感満載のレオノーラ。
これかオチであって良いのだろうかな。
まあ、もういいか。
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