そこは石造建築の古い遺跡の一部だった。


 全体の構造物の半分ほどが地面に埋没している。地上に露出している箇所はほぼ風化していたが、地下の方はまだ大丈夫なようだ。

 そして数ある地下層への入り口の一つ――何重もの偽装と術による結界をゲアルトが剥ぎ取ると、その隠し通路が姿を現したのだった。





 長く続いた回廊のその先は広大な地下空洞だ。

 地下遺跡ではなく、そこから鍾乳洞しょうにゅうどうへと続いていたらしい。


 そしてそんな天然の空間に、何故か一軒の庭付きの小屋。

 小屋の端には空になった酒樽や酒瓶が山と積まれている。


 果たしてその内部で、テーブルに突っ伏するよう酔い潰れた女性が一人。盛大にいびきをかいて寝ていた。


「し、し、師匠ぉぉぉぉ!!」

「――ふがっ?!」


 タックルをかます勢いでその女性に抱き着いたロゼ。

 唐突に眠りから揺り起こされた相手は、状況が把握できず腰を浮かせていた。


 腰まで伸びた長いブロンドの髪。やたら露出のある紫の際どい衣装。戸口の横にあるスタンドの帽子掛けには大きなとんがり帽が掛かっている。

 まるで魔女のような出で立ちのナイスバディなおねーさんである。

 ――いや、相当若作りしてるだけかも。


「はへ……? 何? ……ロゼ? なんで、ここに……?」


 とろんとした表情で自分の豊満な胸に埋まるロゼを見遣ってから、自身を取り囲むその一同に眼をくれた。

 そして、はたと酔いが醒めた顔で立ち上がるのだ。


「――げぇっ!? なな、なんでここにアンタがいんのよ、ゲアルト?! おまけにティゼまで連れて」

「貴様がそのちっぽけな自尊心を保つ為についた虚言のせいだ」


 ほとんど溜め息と同時にゲアルトが呟きを返す。

 なんだかその目付きが、いよいよを以て侮蔑ぶべつ憐憫れんびんを宿すかのようだった。


「師匠ったらひどいよお。ゲアルトさん、全然聞いてた話と違うんだもん。もしかしてわたしを怖がらせる為にあんな嘘ついたんですか?」

「何言ってんの、ティゼ! 私の話は全部本当の事よ! この男はねぇ! 野蛮で冷酷で残忍な大悪党なのよ! 陰険で、ぶっきらぼうで、根性曲がってて、一滴もお酒が飲めなくて、ケツ毛が濃いのよ! こんな男に騙されちゃダメ!」


 うーむ、ロゼのそれを彷彿ほうふつさせるというか、このポンコツにしてこのポンコツありってぐらいの師弟っぷりだ。



「……ぞれで、いっだいどうゆう事なんでずが?」


 涙と鼻水まみれの顔を谷間から上げ、ロゼはゲアルトに説明を求めた。

 彼はさも不快そうにレオノーラを睥睨へいげいしながら口を開く。


「そも、ティゼットを俺に預けるという話はこの女の安いプライドに端を発したもの。こやつはな、確かに術者として一種の天才ではある。だがそれが適格な師であるかはまた別の話だ。この女は理論や基礎をないがしろにして〈呪文〉や〈契約〉の本質を習熟する故、それを他者に教え伝えるという事が困難なのだ。そんな者が弟子を取ったなど聞き、昔のよしみでその指摘をしてやったいうに……意固地になっては食って掛かる。挙句、ならば証明して見せろときたものだ」


「づばり……?」

「自分の弟子を片方預けるから、見事、術者に育て上げてみせろと吹っ掛けてきたのだ。しかもその上、俺の実力を疑う発言までをもしでかした。だからその際に、否応も言えなくなる程に実力を示してやったというあらましだ」


 ロゼがあまりにもひどいそのネタばらしを聞き、一瞬にして眼から光を失わせた。


 詰まる所、自分の大言壮語で弟子を取られ、勝負にも負けて怪我を負ったと。――最低だな、この女。 


「じゃあどうして、取り戻すと言って出てったきり……こんな所に……」

「大方、こちらで順調に開花しているティゼットを見て、心がくじかれたのだろう。昔からこうした秘密の隠れ処を持ち、酒浸りで引き籠る怠惰な習性の持ち主だ」


 愛弟子からの本気で冷め切った視線がレオノーラを穿つ。そんな理由で数週間も放置されたら、そりゃそうもなる。


「な、何ようっ?!」

「お姉ちゃんの事を黙ってたのもそうですけど……師匠、何で嘘までついたんですか……? その所為であたし、ゲアルトさんを本気で殺そうとまで考えたんですよ……」


 どこに焦点があるのか知れない瞳で、ロゼはぶつりぶつりと呟いている。


「う、嘘じゃないもん! 嘘なんかついてないもんっ! 本当だもん! この男、本当に悪い奴なんだもん! だって、だってこの男……私の事……私の事を……」


 消え入るような声で次第と俯いていくレオノーラ。

 その豊満な肢体を自身の両手で覆い隠すかのように持っていき、何かの恥部を言葉にしかねているというような素振り。

 だが突如、がばっと顔を上げた。


「――見向きもしないのよっ?! 幼い頃からもう四十年も一緒に過ごしてきて、二人だけで諸国を旅して回った事もあって、なのに未だに手を出してこないのよ!? おかしいでしょっ、そんなの!! きっと異常性癖者よ! ロリコンよ! ホモなのよおっ!!」


 あわやという雰囲気を漂わせといてこのオチである。

 一体何なんだ、このおばさんは……。――というか、アラフィフかよ。


「……まあ、斯様かように人格が破綻しておるのだ。なまじ器量が良く男受けする所為でか、幼少より周りから甘やかされてきた。術者としての腕は確かだが、怠け癖と情緒不安定さで斡旋あっせんされた仕事も放りだす。お陰でギルドからの評判も最悪だ」 


 ゲアルトの口からその天才のさらなるネタばらしが来た。


 やっぱりそういうタイプな訳か。

 言うならば、ロゼたちの前では彼女のその師匠としての面子めんつを保つ為、必死で本性を隠してきたって話なんだろう。

 しかしながら、そういう建前ってのは結局バレてしまうもの。

 今回はそれが最悪のケースにこじれたというべきか、発展したと言うべきか。


 俺はそのゲアルトの何ともえたような苦い表情を盗み見る。

 ――そりゃまあ、事情を知っていれば滑稽としか言えないわな。ものすごく同情してしまう。



「なな――何よう! 何なのよおっ?!」

「師匠……」

「もお、しっかりしてくださいよ」


 そんなで、既に弟子二人から介護されてる感満載のレオノーラだった。



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