最強魔道士の必殺技は浮遊魔法、あらゆる魔法が使えるけどボス戦のトドメは浮遊魔法で

こまつなおと

第1話・第一話・呼吸するのがだるい

 俺の母は病で床に伏せがちだった。上半身を起こし、ゴホゴホと咳き込むあの人の姿を俺の脳裏に未だ焼き付いている。


 母の病を直すため、父も懸命に動いた。兄弟たちも同様に奔走してくれた。僅かでも可能性を感じれば薬に名医、果てには魔法アイテムと様々な手を打った。


 だが、それらは母に病を治すには至らなかった。


 俺はと言うと、当時は幼く何も出来ずに日に日に容体が悪化する母の姿を見るしかできず、「大丈夫?」と声をかけるしかできることは無かった。


 俺は無力な自分に憤慨した、呪わんとさえ思った。


 そんな俺の憤りを嘲笑うかのように病は母の命を奪っていった。


 頑張ったところで及ばないモノが世界には存在する。俺はそう思い知り努力することを止めた。母に褒められたいと毎日欠かす事のなかった魔法の訓練さえも止めた。


 だが、ここでも俺は思い知る。世の中はそう上手くはいかないと。母がこの世を去ってから俺の中に眠っていた魔法の才能が突如として目覚めたのだ。


 俺は自分の手を見つめ、問いかけた。


 この力があれば母の命を救えたのでないか?


 どうして俺の才能はもう少し早く目覚めなかったのか?


 全てを投げ捨てた俺を父や兄弟が心配をしてくれる。だけど、俺はもう何もする気が起きない。俺は決意した。


 怠惰でいよう。


 怠惰でいれば物事が上手くいかなくても全てを納得できる。怠惰でいれば誰に何を言われようと、蔑まれようと納得できる。俺はそう決意した。


 だが、俺は再び膝を突くことになる。俺の魔法の才能は全ての困難を丸く収めてしまう、それだけの力があった。結局は俺が挫折したことは母の命を救うことのみ。


 俺は何もかもが嫌になる。


 そして、月日は流れ……。


 …………十年後 



「呼吸するのだるいなー」


 視線を感じる。


「おばちゃん、りんご頂戴」

「……もう驚く事さえバカバカしいと思っちまうね?」


「それとオレンジも頂戴」

「相変わらず会話が一方通行だね。はいよ、袋に入れなくて良いんだろ?」


 八百屋のおばちゃんが顔を引き攣らせながら、俺に話しかけてくる。だが俺は返事をしない。


 返事をしたら会話が始まるから。そんなことしたら無駄な体カロリーを使ってしまうじゃないか。


 俺は生きる事さえ、めんどくさいと思っている。


「はい、お金」


「……頼むから浮遊魔法でポケットからお金を出すのやめてくれないかい? お勘定くらいは手渡しで欲しいんだけど」


「おばちゃん、またね」


 おばちゃんに注意を受けたが、そんなこと知るか。手渡しってことは腕の筋肉を使うことになるから。


 乳酸が溜まっちゃうよ。


 俺の名前はスロス。この国一の魔道士だ。常に浮遊魔法で移動をする俺は周囲の注目を浴びることになる。


 赤い魔法石がついた杖がトレードマークの赤髪の魔道士。この杖に跨(またが)って街中を散策する俺。


 浮遊魔法は上級魔法だからね。この国でも扱える魔道士と言えば俺くらいだから。


「お母さん、あの人が手も使わずにリンゴを齧っているよ?」


「しっ!! 見るんじゃありません!!」


 失礼な。俺は魔法でリンゴを浮遊させているだけなのに。メイガスである俺に対して失礼ってものでしょ?


「なんだ、あのガキは? だるそうな顔をしやがって」

「……」


 あのガキとはなんだ。この大魔道士・メイガスのスロスに向かって失礼なおっさんだな。


 ……イラッとしちゃった。カロリーを使っちゃったよ。


 俺にカロリーを使わせるとは少しだけ懲らしめておくか?


「ん? うわちゃちゃちゃちゃ!! 俺の残り少ない髪の毛が燃えているうううううう!!」


 俺の浮遊魔法を使えば禿げたおっさんを懲らしめるなんて簡単。髪の毛同士を擦り合わせて摩擦熱を起こす事なんて容易だ。


 また、つまらぬモノを燃やしてしまった……。


 浮遊魔法を舐めるなよ?


 考えるのも、めんどくさいしオートモードになっておこうかな?


 俺は魔力を消費して俺自身を自動操作することができる。


「スロス、あんたってやつは……。こんなところでサボってたの?」


 後ろから俺を呼び止める人物が現れた。だけど疲れるから振り向かないよ?


「……」


「…………頼むからプレートで会話するのは止めてよね? 何よ、その『お疲れ山って』」


「俺はクエストには行かないからね?」


「……あんた。これで何度目よ!? せっかくパーティー組んでるのに一緒にクエストしないってどう言う了見よ!!」


 大声を出されると疲れるんだよな。声って空気に振動が伝わって耳に届くから大声で話しかけられると体に響くんだよね。


 だけどイラだから許しちゃう。


「ほれ」


「きゃあああああああ!! スロス、公衆の面前で私のスカートを浮遊させんな!! こんのセクハラ野郎!!」


 今日は黒か。


 イラは信仰系職業で保守的なのに、パンツは攻めるんだよね。


 俺に話しかけてくる女の子の名前はイラ。


 俺の冒険者仲間で幼馴染だ。イラは、どう言うわけか俺に良く怒鳴ってくる。


 嫌いではない、寧ろ好きだ。だけど会話を強制されるんだよな。


 そして可愛い。見た目だけは好みなんだよね?


 金髪のショートカットに青くて綺麗な瞳。婚約とかお見合いするのめんどくさいからイラで妥協しちゃおうかな?


「……」


「スロスーーーーー……、だからプレートで会話しないでよ!! 『閉店ガラガラ』って何よ!!」


 イラが大声を上げると周囲の視線を浴びるから止めて欲しいんだよね?


「……今回のクエストの内容は?」


「……近くの村に出没するウェアウルフの討伐よ」


「じゃあ、これで充分だね。後はよろしく、報酬は5対5で」


「ちょっと、話はまだ終わってないわよ!! 適当にゴーレムを作成して逃げるんじゃないわよ!!」


 またしてもイラが大声で叫び出す。


 ……イラが早急に資金繰りをしないといけない事情は分かっているんだけどね?


 両親が死んで、イラはその借金の返済に追われている。


 彼女も俺と同様に最強のセージなのに、低級モンスターのウェアウルフ討伐なんてクエストを引き受けざるを得ない。


 この平和な世界には、もはや冒険者稼業なんて流行らないからだ。だから現状のギルドにはロクなクエストがない。


 俺は冒険者家業以外に食べていく方法がない。こんな性格をしているから、バイトしても初日でクビになるんだよね?


 なんで?


「……イラ、どうして俺を縄で縛るのかな?」


「あんたを!! クエストに連れて行くために決まってるでしょうが!!」


 イラも必死だな。だが縄で引っ張ってくれるのならばクエストに行っても良いか。


「……」


「だからプレートで会話するなって言ってんでしょうが!! 何よ、『お嫁にいけないぞ?』って!!」


 俺の日常は変わることはない。何しろ俺はめんどくさがりだから。変化を好まないから。


「オラオラ!! 邪魔だ、どけえ!!」


 ん? やけに騒がしいが、何か事件でも起きたのかな?


「スロス、あっちでひったくり事件が起きたみたい!!」


「……イラ。俺の研究が完成したんだ」


「……例のアホらしい研究のことかしら?」


 アホらしいとは失礼な。イラが怪訝な表情を俺に向ける。


「『究極・怠惰スーツ』が完成したんだよ。これで、ひったくりを捕まえてみようかなって」


 俺は空間魔法で、一着のスーツを取り出した。


 これは、めんどくさがりな俺をとことんまで甘えさせてくれる便利な代物なのだ。


「……何それ? 耐火スーツみたいなデザインだけど、それを人様の前で着ちゃうの?」


「フルフェイスだから周囲の反応とか気にならないんだ。呼吸もめんどくさいから、酸素ボンベも付いてる」


「…………スロス? 呼吸がめんどくさいって人としてどうなのかしら?」


 俺は怠惰スーツを魔法で浮遊させる。そして魔力で操って着込み始める。


「これね、俺がイラっとすると感情に反応してオートモードで対象に攻撃を開始するんだ」


「……どうして使い始めるのが今なの?」


「まだ試作段階だから。て事で何かあったらよろしくね?」


 カロリーを消費するからイラとの会話はここで終了だ。既に一ヶ月分は会話したと思う。

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