第64話 妹は親友の姉に会いたい

 氷川ひかわ流琉るるの自宅は、桜羽家からそう遠くない。

 同じ中学の学区内なのだから当然だ。


 春太は、冷泉からのお願いを聞いた翌日。

 放課後に、氷川家を訪ねることにした。


 ちなみに、アポは取っていない。


 氷川が家にいなかったら帰ろう。

 そんな後ろ向きな気持ちがないと言ったら嘘になる。


「実は私も、ひーちゃんの家、久しぶりなんですよね」

「……雪季ふゆ、別に無理してついて来なくてよかったんだぞ?」


 春太の隣を歩いているのは、白いコート姿の雪季だ。

 茶色の長い髪が、冷たい風に揺れている。


 学校から帰ってきた春太と途中で合流して、一緒に氷川家に向かっているところだ。


「たまには気分転換もしたいですから」

「割とおまえ、頻繁に気分転換してるような……」


 いや、雪季の勉強は予定通りに進んでいるので兄としても文句はつけづらい。


「それに、れーちゃんに『先輩がちゃんと氷川家に行くように見張ってて』って言われてますから」

「くそ、冷泉め。余計なことは手回しがいいんだからな……」


 春太は妹に聞こえないように、妹の親友に毒づく。


 雪季は、まじまじと兄の顔を覗き込んできて――


「お兄ちゃん、ひーちゃんの家、行きたくないんですか?」

「まあ……あんまり妹の友達の家なんて訪ねないだろ」

「それはそうですけど、ひーちゃんじゃなくて、ひーちゃんのお姉さんに会いに行くんですよね?」

「…………」


 それが嫌なんだ、とは雪季には言えない。


 雪季は自分の兄と氷川の姉が同級生だということは知っている。

 だが、具体的にどういう関係なのかは一ミリも知らないようだ。


「ひーちゃんのお姉さん、私もあまり会ったことないんですよね。去年まで同じ中学だったのに」

「学年が違えばそんなもんだろ」

「でも、お兄ちゃん、ひーちゃんれーちゃんとはよく会ってましたよね」

「そりゃ、雪季がしょっちゅう氷川と冷泉を引き連れて俺んトコに来てたからだろ」


 自動的に、春太と常につるんでいた松風も雪季たち後輩女子トリオとよく顔を合わせていた。


 それで、氷川が松風を好きになってしまったのかもしれない。


「ある意味、雪季がキューピッドだったのかもな」

「え? キュートですか? 珍しい褒め方しますね、恥ずかしい♡」


 兄から「可愛い」と言われ慣れている妹は、まんざらでもなさそうだ。

 もっとも、松風と氷川がくっついたわけではないので、キューピッドは言いすぎかも。


「っと、あの角を曲がるんだったか」

「はい、そうです。お兄ちゃんは私以上に久しぶりなんですよね」

「受験勉強してた頃に一度、松風たちと一緒に行って以来かな」


 春太は妹に頷きながら、一年ほど前のことを思い出す。

 最後に氷川家を訪ねたときは、松風や他の友人たちが一緒だった。


 その帰り道、氷川涼華が追いかけてきて。

 夜道で彼女と二人きりになり――


「ここですよ。お店のほうから入りましょう」

「あ、ああ」


 思い出に浸りそうになっていた春太を、雪季が呼び戻した。


「特に変わってないな。カフェ“RULU”……」


 そう、氷川の家はカフェを経営している。

 しかも、かなりの老舗らしい。


 次女の“流琉”の名前が店名になっているのは、彼女が生まれた頃にリニューアルオープンして店名を変更したからだとか。


「こんにちはー」


 勝手知ったる場所なら愛想のいい妹が、先にドアを開けて入っていく。

 これが知らない店なら、入りやすいチェーンのカフェでも兄を盾にするのだが。


「あれー、ふーちゃんやん。ひっさしぶりぃ」

「ご無沙汰してます、涼華すずかお姉さん」


「…………いたのか」


 ちっ、と春太は思わず舌打ちしそうだった。


「つーか、氷川。なんだその浮かれた格好は?」

「おお? でっかい兄貴のほうもいるやん。そっちも久しぶりやなあ」


 迎えてくれたのは、一人のウェイトレスさん。


 金に近い茶髪のツインテールで。

 黒いワンピースに白のフリフリドレス、スカート丈はロング。


 いわゆるメイド服姿だった。


「RULUはいつからメイドカフェに商売替えしたんだよ?」

「そんなわけないやん。ウチは本格派コーヒーのお店やで? オムライスに文字書くサービスとかもやってへんし」

「メイド服着たウェイトレスがいたらメイドカフェじゃないのか?」

「ちゃいまーす♡」


「うわぁ、お姉さん、可愛いですね!」

「ありがと。兄貴と違うて、妹さんは素直やなぁ」


 メイド――氷川涼華すずかは嫌味たっぷりに言って、ぱちんと春太にウィンクしてくる。


 確かに可愛い――と言えなくもない顔ではある。

 スタイルもすらりとしていて、メイド服の胸元も大きくふくらんでいる。


 妹の氷川流琉のほうは、ショートカットで小麦色の肌。

 姉の氷川涼華のほうは、ロングのツインテール、白い肌と対照的な姉妹だ。


「無愛想な兄貴も妹さんには相変わらず甘いんやな。ウチら姉妹なんか、一緒に買い物にも行かんわ」

「え、そうなんですか? あ、でもひーちゃんはお姉さんの話、よくしてますよ」

「へぇ、悪口とちゃうの? ああ、立ち話もなんやね。空いてるから好きな席、座ってええよ」


 確かに店内は、客が二人ほどしかいなかった。

 といっても、このカフェは二十人も入れない程度のキャパなのだが。


 春太と雪季はカウンターに並んで座った。

 すぐに涼華が水を運んできて二人の前に置く。


「せっかく、クラスメイトと妹の友達が来てくれたんやし、おごるわ。なんにする?」

「では、私はココアお願いします、お姉さん」


「雪季にはそれとガトーショコラな。俺はカツカレーとミックスサンド、あと食後にコーヒーくれ」

「わお、ウチで一番高いメニュー、遠慮なく頼むやん」

「あの、お兄ちゃん? 私は飲み物だけでも……」

「ここのガトーショコラ、好きだって言ってただろ。遠慮するな」

「遠慮するな、は私の台詞やけどね。でも、りょうか~い」


 涼華はふざけた調子で言い、カウンターの奥へと引っ込んでいく。

 この店は氷川姉妹の両親がやっている店だが、二人ともキッチンに引っ込んでいて普段は顔を見せない。


 涼華に言わせると「おとんもおかんも人殺しみたいな顔しとるから、可愛い娘だけが客前に出とんねん」とのこと。


 ちなみに、二人とも普通の顔だということを今の春太は知っている。


「お兄ちゃん、お夕飯はいらないんですか?」

「え? いや、普通に食うよ?」

「……お兄ちゃん、190センチとかいっちゃいそうです」


 確かに春太は横にふくらむ気配はないが、身長はまだ伸びそうだ。

 食欲も極めて旺盛で、運動部の松風にも負けていない。


「しかし、氷川のヤツは相変わらず関西弁なんだな」

「小さい頃にこっちに引っ越してきたので、もうだいぶ抜けたって言ってましたよ。ひーちゃんはたまに出るくらいですし」


「そうだな……」


 そうだった、と春太は訪問の目的を思い出す。

 氷川姉とは過去の因縁が少しばかりあるが、目的は氷川妹のお悩み解決だ。


 別に、春太に周囲の悩み事を解決して回る義務はないのだが……。

 仮にも教え子の冷泉が親友を気にしているなら、少しは手を貸してやらなければ。


 自分の悩みが嫌になるほどあるのに、こんなことをしていていいのか?

 という疑問はひとまず忘れることにする。


 かつて、春太に告白してきた氷川涼華。

 メイドになった彼女とのトラブルに発展しないことを祈るしかなかった。


「……我ながらフラグっぽい」

「なんですか、お兄ちゃん?」



※ミニあとがき

 更新遅れがちなのに話の展開もスローペースですみません。

 まったりお楽しみください。

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