第63話 妹の友達は騒がしい

「は、はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「声がでけぇよ、冷泉れいぜん


「だ、だって! フーのイトコと同棲するって! どうなってんすか、先輩!」


 春太のカノジョより反応が過剰な後輩だった。


 霜月がやってきた二日後。

 放課後、春太は冷泉家を訪ねていた。


 冷泉素子もとこは雪季の親友で、同じく中学三年生。

 受験を控えており、春太が通う悠凛館ゆうりんかん高校を目指している。


 春太は冷泉の家庭教師を勤めつつ――

 雪季がいなかった時期には妹に関する情報交換もしていた。


 雪季は戻ってきたが、「じゃ、あとは頑張れ」では無責任すぎる。


 受験が近づき、塾での勉強がメインになって家庭教師の回数は減ったが――

 春太は、今も定期的に冷泉家に通っている。


 二人がいるのは冷泉の部屋。

 勉強机に並んで座り、小休止になったので軽く雑談を振ってみたら――


「これはモトコちゃん激オコ案件ですわ」

「なにがモトコちゃんだ。同棲じゃなくて、ただの居候だ」


「フーのヤツ、毎日LINEしてくるくせに、なんで肝心なことを言わない! あいつ、ナメくさってるっすね!」

「いきなり暴言厨になるな」


 目の前に兄がいることを忘れて、罵倒するのもなかなかの度胸だ。

 春太が並外れたシスコンであることを、冷泉もよく知っているだろうに。


「別に報告するほどのことでもないと思ってるんじゃないか? 冷泉は、霜月とは面識もないわけだし」

「いえいえ、大事件っすよ、これは。令和を揺るがす大事件っす!」

「歴史に残すな、こんな家庭内の話を」


 いくらなんでも冷泉はヒートアップしすぎではないか。


「でもー……ん? フーのイトコってことは、先輩のイトコですよね?」

「あ、ああ、そうなるな」


 未だに春太と雪季が実の兄妹でないことは、家族と霜月、月夜見家以外には知られていない。


 もちろん、春太と霜月に血縁はないし、義理のイトコですらないのだが。


「イトコならいいのか……って、イトコ同士って結婚できるんすよ! いっちミリもよくねーっすよ!」


 冷泉の台詞がますます荒っぽくなってきている。

 眼鏡でクールそうな、なんちゃって文学少女の冷泉だが、決しておとなしくはない。


「いや、結婚とかどうでもいいだろ……俺、高校生だぞ。あっちは中学生だが」

「中学生を甘く見ちゃダメっす! むしろ、中学生のほうがなにをやらかすか、わかったもんじゃないっすよ!」

「確かにな」


 この眼鏡っ子中学生は以前、春太に高校合格したら「ご褒美にえっちしてくれ」などと、とんでもない頼み事をしてきた。

 その上、「軽い前払い」まで要求されてしまった。


 それに応えてしまった春太にも大きな問題があるのだが。


「そんなことより、冷泉。勉強に集中しろ。もう12月なんだぞ」

「イトコの女とボク、どっちが大事なんすか!」

「おまえ、いい加減言ってることやべぇぞ!」


 春太もさすがに、冷泉の気持ちくらいは理解している。


「ちょっと、そのイトコとやらと話をつけてきます。大丈夫、ボクこう見えてケンカ強いっす」

「待て待てって! いきなり暴力に訴えようとすんな!」


「殴り合う以外に解決方法なんてあるんすか?」

「いっぱいあるよ! えっと……は、話し合いとかな!」

「話し合いに勝つには、背後に武力か財力がいるんすよ。常識っす」

「それはそうかもしれないのが嫌だな……」


 ちなみに霜月もケンカは強そうだ。

 元バスケ部で体育会系らしいので、運動神経は悪くないだろう。


「とにかく、落ち着け。そのイトコも――霜月も受験生だ。ウチに来た日も長旅の直後だってのに、遅くまで勉強してたよ」

「あー、例の三時間かかるクッソ遠い街の出身なんすね」


 冷泉は、雪季と霜月が住んでいた街の遠さを呪っている。


「そういえば、フーとそのイトコって仲良いんすか?」

「ん? なんでだ?」

「先輩には黙ってたっすけど、フーって向こうにあまり仲の良い友達いなかったっぽいんすよ」

「…………」

「イトコって、フーが通ってた中学のクラスメイトなんすよね? イトコなら仲良くすりゃいいのに、ちょっと変かなって」


 雪季が、母親と住んでいた街から戻ってきた経緯は冷泉には話していない。

 イジメに遭っていたから、などと説明したら、それこそ冷泉が暴力に訴えかねない。


 雪季にとっていい思い出でもないので、春太も黙っていることにしたのだが……。


「小さい子供じゃないんだ。親戚だからって、仲良くなれるとは限らんだろ」

「うーん、それはそうっすけど」


 冷泉はいまいち納得できていない顔だ。


 春太もそうだが、最近は兄妹揃って秘密が多い。

 周りの友人たちがいいヤツらだけに、後ろめたさがないと言ったら嘘になる。


「まあ、霜月は悪いヤツじゃない。もし会うことがあったら、仲良くしてやってくれ」

「はぁ、先輩がそう言うなら……」


 少なくとも、今の霜月は雪季にも従順だ。

 春太が見る限り、イトコや友人という関係からは少し遠い気もしているが。


「つっても、ボクもこの冬は遊べないし、そのイトコはミナジョを受けるんすよね? だったら、あんま接点はなさそうっすね」

「そりゃそうだろうな」


 冷泉は、既に合格は安全圏に入っている。

 だが本番まで二ヶ月ちょっと、気を引き締めるべき時期だ。


 霜月も桜羽家と塾を往復するだけの生活になるはず。

 実際、冷泉が霜月と顔を合わせる機会などないだろう。


「ちなイトコちゃんの写真とかあるっすか? パンチラ写真とか」

「そんなもん俺が持ってたら問題だろ!」

「じゃあ、普通の写真でいいっすよ」

「持ってねぇよ。雪季に頼めば写真撮って送ってくれるだろ。今も同じ家にいるんだから」


 霜月の冬期講習はまだ始まっていないので、今日は桜羽家で勉強しているはずだ。


「なるほど、じゃあフーにLINEを……あ、もう返事きた」

「既読つくの早すぎだ。雪季のヤツ、勉強してんだろうな?」

「たまたまスマホを見てたと思うことにしましょう。お、写真も来たっす」

「なんでもいいけど、そろそろ休憩終わりだからな? 人のことを気にしてる場合じゃ――」


「げっ!?」

「な、なんだ?」


「か、可愛いじゃないっすか、この霜月透子ってオンナ……!」

「オンナって」


 画面には、遠慮がちにピースしている霜月が映っている。

 おそらく、雪季にポーズを取らされたのだろう。


「なにこのあざとい黒髪ポニテ……し、しかもボクと同じ清楚系JCだと……!」

「どさくさ紛れになに言ってんだ、おまえ」


 冷泉は文学少女系で清楚に見えなくもないが。

 中身が壊滅的に清楚からはほど遠い。


「こ、こんなオンナが一つ屋根の下にいたら、先輩のハルタくんがたけってしまうっす!」

「俺のハルタくんって!?」


 なんとなくわかるのが嫌だった。


「あのな、もしも仮に万が一俺が霜月におかしな下心を持っても、あいつも受験生だぞ。妙なマネするわけないだろ」

「うーん、先輩は変なトコで真面目っすからね。受験勉強の邪魔をするわけもないか……うん、それはそうっすね」


 冷泉は一応、春太を信頼していないこともないようだ。


「いや、でも受験に合格したらえっちしたいとか迫ってきて、前払いしてくれとかイヤらしいことを言い出す可能性もあるっす!」

「そりゃおまえだよ」


 ヤバい話を思い出させないでほしかった。


「霜月はただのイトコだって。しかも直で会ったの、つい最近だぞ?」

「むー、わかったっす。ボクは物わかりのいい女っすから」


 そう言いつつ、冷泉はまだ霜月の写真を睨んでいる。

 よほど、霜月透子の動向が気になるらしい。


 どちらかというと、春太と雪季の関係のほうがよほど際どいのだが……。


 冷泉は雪季はあくまで春太の妹としか思っていないので、どれだけ仲が良くても気にしてない。

 それどころか、親友の雪季とその兄が仲が良いことを微笑ましく思っている。


「しっかしー、ガチで今時珍しい清楚系っすねえ、この子。もー、なんで受験も大詰めになって、立て続けに変なことが起こるんすか」

「待て。霜月のこと以外にもなにかあるのか?」


「あ」


「あ、じゃねぇよ。そこまで言ったなら、もう白状しろ。思わせぶりなのも、隠し事もなしだ。先輩権限で命令する」

「一年早く生まれただけですげー権限持つんすねえ。でも、そういう強引なの、モトコ嫌いじゃない」

「なにがモトコ、だ」


「えー、マジで内緒にしてくださいよ」

「わかってるって。口は堅いほうだ」


 春太は雪季や晶穂との秘密も守り続けている。

 油断で晶穂に秘密がバレたこともあったが、口を滑らせたわけではない。


「実はっすね……ヒカの様子がおかしいんす」

氷川ひかわ?」


 意外な名前が出てきた――いや、そうでもない。


 氷川流琉るるも、雪季の同級生で親友だ。

 雪季、冷泉と氷川が女子のトップ3だったと言っていい。


 氷川は小麦色の肌をしたショートカットの少女で、冷泉にも劣らない美少女だ。

 いかにも活発そうに見えるが、実は運動よりも勉強のほうを得意としている。


「氷川のヤツ、なにかあったのか?」

「あいつ、もう勉強も手につかないって感じで」


「おいおい、そりゃやべぇだろ。もう12月なのに、勉強できないのはまずすぎる」

「あ、そりゃ大丈夫じゃないすか? ヒカなら、今からなにも勉強しなくても悠凛館くらい受かるんじゃないすかね?」


「あいつ、天才なのか? なんで公立中学にいるんだよ?」

「家から近いからっすよ」

「なんか、天才らしい理由に聞こえるのが不思議だな」


 氷川自身は、たまに怪しい関西弁が出るところを除けば中身は普通だ。

 雪季や冷泉に比べれば常識人と言っていいだろう。


 頭はいいが、メンタルも安定している。

 そんな氷川の様子がおかしいとしたら――


「なんだよ、もしかして松風のことか?」

「そうっすねえ……どうも、松風先輩にオンナがいるんじゃないかって」

「オンナって。俺、もう松風にカノジョができても気にしなくなってるからな」


 春太は苦笑する。

 少なくとも、春太は松風に今カノジョがいるかどうかは知らない。

 いるかどうか、気にしていないとも言う。


「どうせ、受験が終わる頃には別れてんじゃないか?」


 松風のカノジョ持続期間はたいてい2~3ヶ月だ。

 別に揉めるわけではないようだが、不思議と付き合いは長続きしない。


 春太は、松風のバスケ馬鹿が度を過ぎているせいだと睨んでいる。

 カノジョのほうはバスケに燃えている松風を好きになって、そのバスケが原因で別れるという――


「先輩も、ひどいこと言うっすねえ」

「事実だからな。冷泉たちも、松風がカノジョと長続きしないことは知ってるだろ?」

「そりゃあ、去年だけでも何度か見たっすからね」


 松風は人気の高い男なので、校内では交際関係がすぐに噂になってしまうのだ。

 冷泉たち下級生も、松風が誰と付き合っているのか知っていたわけだ。


「ただ、松風先輩、ふらっふらしてるっすけど、本命がいる疑惑もあるんすよね」

「言っとくが、もしそうだとしても俺の口からは言えないからな?」


 実は、その疑惑は春太も持っている。

 あくまで疑惑で、春太でも松風から聞いたことはない。


 そういえば、松風は「霜月とヤった」という大嘘をついていた。

 特に意味のない嘘だった可能性が大だが……。


「ヒカは、今度のカノジョこそ、その本命じゃないかって疑ってるのかもっす」

「なんだ、疑う理由があんのか?」


「ヒカ、この前、松風先輩とたまたま会ったらしいんす。ほら、エアルでよく帰りに買い食いしてるって話をフーから聞いてたんで」

「たまたまじゃなくて、待ち伏せでは?」


「そんで、語彙力の限りを尽くして松風先輩をお茶に誘ったみたいっす。一時間くらい話したとか。でも……」

「なんだよ?」


「心ここにあらずっていうか、ぼーっとしてて。可愛いヒカが目の前にいるのに、なんかずっとスマホ見つめてたり」

「部活帰りで疲れてたんじゃないか?」

「あの体力オバケの松風先輩が? ありえないっす」

「おまえもひどいこと言うな……」


 だが、確かに松風は部活終わりでも元気いっぱいだ。

 疲れ果てている松風を、春太でもあまり見たことがない。


「でも、学校じゃいつもと特に変わらねぇぞ」

「先輩の前では弱みを見せないようにしてるんじゃないすか?」

「俺と松風、どんな関係だよ」


 ただの友達の前で強がる必要などないだろう。


「先輩、ちょっとヒカと話してやってくれないっすか?」

「ん? 松風じゃなくて、氷川のほうとか?」


「松風先輩、言えることならとっくに先輩に言ってるっすよ。それよりヒカのほうを慰めてやってほしいんす」

「俺、氷川と一対一で会ったこともないような……」

「えっちはしちゃダメっすよ?」

「するか!」


「ボクが先なんすから」

「…………」


 おまえがあとでもねぇよ、とツッコミかけて春太は黙る。

 一応、受験合格のご褒美の話はなくなったわけではないからだ。


「じゃあ、お願いするっす。今日はあいつ、家にいるはずっす。先輩、ヒカの家は知ってるっすよね?」

「……なんでそう思う?」


「だって、ヒカのお姉ちゃんと仲良かったっすよね、先輩?」

「おまえ、どうしてそれを……」

「知らないのはフーくらいっす」


 以前、晶穂に話したことがあった。

 春太も、人生で二回告られたことがある――と。


 そのうちの一人の名前は、氷川涼華すずか

 雪季の親友、氷川琉瑠の一つ年上の姉だった。


「正直、先輩の周りに女増やしたくないんすけどね」

「だから、女って言うな。不穏だろうが」

「先輩の周りって、割と不穏っすよ」


 まったくもって、その通りなのが春太は大いに不満だった。

 冷泉のお願いを聞くのは、不穏な状況をますます悪化させそうで怖い。

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