第61話 妹はサプライズを仕込みたい

「あ、あの……霜月しもつき透子とうこです! 恥ずかしながら、今日からお世話になります!」


「…………」


 これ以上のトラブル、マジでいらねぇ~…………!

 春太は心の中で絶叫していた。


「いらっしゃいです、透子ちゃん」

「は、はい、よろしくお願いします」


「ただ、ごめんなさい。ウチは空いてるお部屋がないので、私と相部屋になってしまうんですけど」

「き、聞いてます、冬野さ――雪季ふゆさん」


「まあ、私はだいたいお兄ちゃんの部屋にいるので支障はないと思います」

「世間体的には支障がありませんか?」

「なんですかー?(圧)」

「い、いいえ……なんでもありません」


 妹、強い。


 この二人がかつて、いじめっ子いじめられっ子だったと聞いたら、百人中百人が雪季をいじめっ子と認識するだろう。


 呼び方も雪季は「透子ちゃん」で、霜月は「雪季さん」とさん付けだ。


 12月上旬、土曜日の午後。

 昼食を済ませて、雪季の勉強を見ようかと気合いを入れたところで、来客があった。


 それがまさかの――霜月透子だった。


 黒髪ポニーテールの中学三年生女子。

 雪季が夏から秋にかけて住んでいた田舎町の住人で、同じ中学の同じクラスだった。


 そして、雪季をイジめていた主犯でもあった。


「……なあ、雪季。俺、霜月がウチに来るなんて一ミリも聞いてなかったんだが?」

「サプライズです」

「おまえな……そんなあっさり」


 桜羽家リビングのソファに、雪季と霜月が並んで座っている。

 春太はその二人の前に立ち、頭を抱えてしまう。


 つい先日、雪季と霜月の母親が姉妹だと判明。

 要するに、雪季と霜月はイトコ同士だった。


 イジメの件もひとまずケリがつき、二人はイトコとしての関係を始めたばかりだ。


「す、すみません、桜羽さん。わたしは驚かすつもりはなかったんですけど……」

「いや……雪季が仕込んだサプライズなら落とし穴ドッキリでも笑顔で許そう」

「相変わらず、妹さんに甘すぎますね……」

「ある意味、ドッキリ失敗ですね」


 霜月と雪季が、どうでもいいツッコミを入れている。


「ドッキリなんかどうでもいいんだ。あのな、順番に話せ、順番に。霜月が世話になるってなんなんだ?」


「学校の期末テストが終わったので、こちらに来たんです。終業式の日には一度戻ります」

「交通費もバカにならねぇな」

「そうですね、ですが時間を無駄にはできないので」


「いや、順番どおりになってねぇぞ。ずいぶん長居するみたいだが、なんのためにここに来たんだ?」

「それは――」

「あ、ちょっと待て」


 春太は手を広げて、霜月の顔にかざすようにする。


「霜月、敬語じゃなくていいぞ。ほら、俺と初めて会ったときの『オラァ!』『あんだよ!』みたいな感じでいい」

「そこまでチンピラじゃなかったでしょ!?」


 半分冗談だが、農具倉庫での霜月がガラが悪かったのは事実だ。

 旅館の跡取り娘として厳しく躾けられた反動だろうか?


「で、ですが、桜羽さんは年上ですし、親戚のお兄さんみたいなものですし、タメ口というわけには」

「敬語キャラは雪季と母親で間に合ってるんだけどな」

「では、呼び方だけ“お兄さん”……でもいいでしょうか?」

「…………」


 春太はちらりと雪季を見る。

 その呼び方の許可不許可は春太自身ではなく、妹が決めることだ。


「まあ……いいでしょう。妹は私、私ですからね、透子ちゃん?」

「わ、わかってます」


 どうやら、雪季姫様のお許しは出たようだ。


「じゃあ、話の続きだ。そもそも、霜月はなんでこっちに来たんだ?」


「わたしもその……雪季さんと同じ、水流川みながわ女子を受験するんです」

「はぁ!?」


 霜月は、この街から電車で三時間もかかる田舎町の住人だ。

 家は老舗の旅館で、家族の転勤などもありえない。


「……ま、まさか、旅館“そうげつ”だっけ。あそこ、潰れたのか?」

「なんてこと言うんです! そんなわけありません! 未来永劫潰れませんよ!」

「いや、未来永劫は続かんだろうが」


 だが、失言だった。

 春太は反省する。


 ツッコミを入れるときは、農具倉庫のオラオラな霜月がよみがえるな、と思いつつ。


「悪い。でもまさか、あの街からミナジョに通学できないだろ?」

「え、ええ。さすがに往復六時間は無理ですね」


「ん? ひょっとして、ウチから通うとか?」

「そ、そこまで図々しいことは言いません! 雪季さんたちのお父様は、わたしとは親戚ではありませんし……」


 残念ながら、桜羽家と冬野家が親戚ではないのはそのとおりだ。


 両親の離婚で、両家の縁は切れてしまっている。

 かろうじて、雪季の存在が両家をか細く繋いでいるだけに過ぎない。


「ただ、霜月家のしきたりで、女将を継ぐ女子は必ず一度は家を出て、外を見てくることになってます」

「ふーん、しきたりとはまた古めかしいな」

「ああ、家を継ぐ前に実家を出て、自由に過ごさせてくれるってことですか?」


 黙って聞いていた雪季が、口を挟んでくる。


「はい、高校と大学は県外に行かせてもらえるんです」

「へぇ、大学もか。短くても七年は地元を離れるってことか」


 春太の言葉に、霜月がこくりと頷く。


 ただ、逆に言えば。

 長い人生のたった七年しか自由になれる時間はないわけだ。

 そう考えると、霜月も気の毒に思えてくる。


「それで……冬休みを利用して、こちらの塾の冬期講習にも通うことに。ついでに、冬休み前からこちらにきて、慣れておこうかと」

「まあ、いきなり見知らぬ土地で勉強しろっつっても難しいか」


 雪季などは半年近く田舎町に住んでいたが、最後まで馴染めなかった。

 まず新天地の空気に慣れておかないと、勉強に集中できないというのはなんとか頷ける。


「ミナジョの受験対策もこちらの塾でないとできませんし」

「なるほど……って、でもなんでミナジョ? 県外ならどこでもOKじゃないのか?」


「ええ、正直都会の学校であればどこでもよかったんです」

「ここ、そこまで都会ってわけでもないけどな」


 春太は苦笑してしまう。

 あの田舎町と比べれば充分に都会かもしれないが。


「ただ、親戚のお姉さんが通ってる学校で、学校のそばのアパートも貸してもらえるので……」

「ちょっと待て! もしかして、霜月も雪風荘ゆきかぜそうに住むのか?」


「え? えーと、お兄さん、雪風荘をご存じなんですか?」

「ご存じもなにも……」


「私たちも、つい昨日見学してきたばかりなんです」

「えっ? 雪季さんもあのアパートに住むんですか?」


「まだ確定ではないんですけど……私がミナジョに受かるかどうかもわかりませんし」

「ミナジョはあまり落ちる人いないって聞きましたけど……」

「…………」


 霜月の不用意な発言に、雪季がこめかみをピキらせている。


 いや、雪季はそのレアな“落ちる人”に含まれるかもしれないんだよ。

 とは、春太もさすがに言えない。


 とりあえず、話題を戻すべきだ。


「冬野ってオーナーさんの娘が、自分の部屋を見せてくれたんだよ。な、雪季」

「はい」


 アパートの部屋は1K、広さは八畳。

 若い女子が住む部屋だからかクローゼットは大きく、奇跡的にバス・トイレも別。


 さすがに春太は遠慮して、冬野つららの部屋の前までしか行かなかった。

 雪季は室内を見せてもらい、風呂やクローゼットの中まで確認してきたという。


「あ、わたしもお会いしました。冬野つららさんですよね。なんだか軽いというか、調子のよさそうな」

「まあ、そんな感じだな」


 霜月も、先輩になるであろう人物つららになかなか辛辣だ。


「雪風荘の冬野さんってお家は、父方の親戚なんです。母方は冬野姓ですが、父方にも冬野がいるんですよね」

「マジで冬野だらけなんだな、あのあたり」


 雪季の冬野家と霜月家は親戚。


 雪季の冬野家とつららの冬野家は苗字が同じなだけで他人だが、雪季母とつらら母は友人同士。


 しかし、霜月家とつららの冬野家は親戚、ということになる。


 ある意味では、霜月とは血縁である雪季とつららも親戚とも言える。


「……………………」


 なんだかずいぶんと人間関係がややこしい。

 春太はだんだん頭が痛くなってきた。


 春太の父、春太の実の母、それに月夜見家のこともある。

 晶穂の母は、春太の生みの親を知っているようでもあった。


 もう新たに、「山田」とか別の苗字を名乗って完全独立でもしたくなってきた。


「ああ、そういや、霜月、前に一度こっちに来てたよな?」

「あ、はい。そのとき、学校とアパートを下見したんです」


「松風と会ったのは、そのついでだったのか……」


 そんな伏線になっていると、誰が予想しただろうか。


「そのときはホテルに泊まったんですが、さすがに十数日となると――ということで、雪季さんのお母様が桜羽の家に泊まればいいとすすめてくださって」

「黒幕は母さんだったのか」


 実家と断絶したという母が、姪でもある霜月と連絡を取り合っているのは良いことだろうが。


 ということは、春太の父にも話が通ってるということでもある。


「わたし、お役に立ちます。料理も洗濯も掃除も一通り仕込まれてます。洗濯と掃除は旅館でもやっているので、プロです」

「待て待て、霜月はお客さんだろ。家事をやらせるわけにはいかない」

「で、ではまたお背中を流すとか……?」


「kwsk」


 雪季が笑顔で、がしっと霜月の肩を掴んだ。

 こんなに怖い妹の笑顔は初めてではないだろうか。


 普段使わないネットスラングが飛び出しているのも、なんだか異様で怖い。


 実は春太は、旅館“そうげつ”の浴場で霜月に背中を流してもらったことがある。

 もっと楽しいことも、少しだけやらせてもらったりもしている。


 嫉妬深い妹には特に秘していた事実だったが――そちらがバレるのも時間の問題だ。


 桜羽春太は、トラブルと無縁では生きられないらしい。

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