第53話 妹たちは温泉で戯れたい
春太と
庭から旅館内に戻り、仲居を見つけて家族温泉に案内してもらい、脱衣所に入った。
春太は、とりあえず母親には『温泉に入ってから帰る』とだけ返信しておいた。
「霜月さんのこと……どういうことなんでしょうね……?」
「LINEで訊くのはやめておこう。込み入った話かもしれねぇし」
雪季の質問に答えつつ、春太は込み入ってるに決まっていると確信していた。
旅館“そうげつ”と、霜月透子の名前。
その二つを、春太たちの母親は知っている。
しかも、母からのLINEは、春太と雪季は以前に透子と会ったことがある――としか解釈できない。
それに加えて、春太も雪季も旅館そうげつの庭に見覚えがあった。
これはもう、春太と雪季、霜月透子の三人は過去になにか――雪季が透子にイジめられるより前になにかがあったとしか思えない。
春太は今、そんな面倒そうなことは考えたくなかった。
「とにかく、温泉を楽しもう。せっかく貸し切り状態なんだしな」
「はい、そうですよね♡」
雪季もにっこり笑って頷いた。
この妹は見た目は大人びた美少女で、頭も良さそうに見えるが、実は考えることが苦手だ。
余計なことを推測するよりは、のんびり温泉に浸かることを選ぶ。
春太としても、この可愛い妹には、そのくらいふわふわ生きてほしい。
「でも、さっき案内してくれた仲居さん、変な顔をしてましたね?」
「そりゃ、高校生と中学生の兄妹が一緒に風呂に入るって言えば変な顔にもなるだろ」
「……家族ですよ?」
「霜月によると、年頃の娘がいる家族が一緒に温泉に入ることもあるらしいな」
「あ、そうですよね。やっぱり普通なんじゃないですか」
「普通……とまでは言えないんだろうな」
春太は、嬉しそうにする妹に苦笑を向ける。
旅館の仲居なら家族での入浴には慣れているだろう。
だが、雪季のような飛び抜けた美少女に慣れているわけがない。
「雪季が可愛すぎるんだよ。おまえみたいな女の子が、兄貴と風呂に入るっていうのが現実的じゃないんだろうな」
「そ、そうなんですか? 私の顔はあまり関係ないような……」
「美人がやると、普通のことでも驚かれるんだよ」
春太は適当に説明しておく。
雪季は、美人だと褒められて「へへへ……」と緩みきった表情で喜んでいる。
「つーか、この脱衣所も寒いな」
「うっ……! い、今まで気づかなかったのに、そう言われるともの凄く冷えます……!」
雪季が自分の身体を抱くようにして震えている。
脱衣所には暖房のたぐいはないようで、温度はかなり低い。
「雪季、さっさと風呂に浸かっちまおう」
「は、はい、ここにいたら心臓止まっちゃいますね」
春太はさっさと羽織っていた半纏と浴衣を脱ぎ、一応タオルを腰に巻きつけた。
「さ、寒い寒い……」
雪季は寒すぎて服を脱ぎたくないのか、まだコートを脱いだだけだった。
コートの下は分厚い黒のハイネックセーターと、白のミニスカート。
タイツなどははいていない生足で、わかっていたが寒々しい。
「……おまえ、ミニスカはいいとしても、下になにかはいたらどうだ?」
「私、脚には自信があるんですよ。長年のオシャレ研究の結果、やはり脚を綺麗に見せるなら生足という結論が出ました」
「たまにタイツはいてるような気が……つーか、ロングコート着てたらほとんど脚なんて見えねぇだろ」
「見えないところを飾るのがイキなんですよ」
「江戸っ子か、おまえは」
羽織の裏地など見えないところにこだわるのが江戸っ子――と、春太は漫画で読んだことがあった。
「室内ではコート脱ぐんですし、手を抜くつもりはないです。今回は晶穂さんも一緒ですし……」
「晶穂? 晶穂は別に関係ないんじゃ……?」
「あります! 大いにあるんです!」
「そ、そうなのか?」
「晶穂さん、小さいけどおっぱい凄いですし……小さいけど、ほっそりしてて脚も長いですよね、あの人。小さいけど」
「おまえ、晶穂になにか恨みでもあんのか?」
やたらと「小さい」とディスる妹だった。
「い、いえ、小さいところも……可愛いですよね。私なんて、こんなに大きくなってしまって」
「背が高いのも雪季のいいところだろ」
「……そう思ってましたが、晶穂さんを見てると、男性って背の低い女子が好きな人も多いのが気になりまして」
「別に張り合わなくてもいいだろ」
「そ、そうですけど……くしゅっ!」
「っと、呑気に話してる場合じゃないな。雪季、さっさと脱げ」
「あ、ドキッとしちゃいます♡ お兄ちゃん、もう一回言ってくれます?」
「馬鹿言ってないで、さっさとしろ」
「はぁい♡」
雪季は思い切ってハイネックセーターを脱いだ。
その下には防寒用の白いインナー。胸元がぐっと盛り上がっている。
雪季はそのインナーも脱ぐと、さらに白のキャミソールが現われた。
「お、お兄ちゃん? 脱いでるところをじっと見られたら恥ずかしいですよ」
「毎日、俺の部屋に着替えしにくる奴が今さらなにを……」
「普段と違うシチュエーションだとまた別なんですよ。み、見てもいいですけど、ちらちら横目にしてください」
「それは逆に怪しくねぇ?」
妹の着替えを横目で覗く兄――控えめに言っても変態だ。
真正面から見ても変態だが。
「あうう……さ、寒いのでもう全部脱いじゃいます!」
「ああ、そうしてくれ」
「やーん、ホントに寒いっ!」
雪季は震えながらキャミソールを脱ぎ、ミニスカートを床に落とす。
それから、白のレースのブラジャーを外し、ぷるんっとDカップの胸があらわになる。
可愛い薄ピンク色の乳首も、雪季はまるで隠そうとしない。
雪季はソックスを脱ぐと、最後にパンツも勢いよく下ろした。
「温泉、温泉ーっ!」
「おいおい、転ぶなよ?」
雪季は長い茶色の髪を手早く後ろでまとめると。
脱衣所の引戸を開けて、外の露天へと向かう。
ぷりん、とした小ぶりなお尻も丸見えだが本人は気にしていないらしい。
春太は幼い頃から数え切れないほど雪季の着替えは見てきたし、一緒に入浴することもつい最近までは日常だった。
二人はシャワーで身体を洗い流してから、露天風呂に浸かる。
「はふぅ……あったかいです……とろけちゃいそうです……♡」
「顔がふにゃふにゃだぞ、雪季」
「なんとでも言ってください……はぅ……気持ちいい……」
雪季の整った顔が、だらしなく緩みきっている。
他の誰も、氷川と冷泉ですらこんな顔を見ることはないだろう。
「…………」
春太は、可愛すぎる妹の入浴姿を思わずじっと眺めてしまう。
中学生にしては大きめの胸が、濁ったお湯に浮かんでいる。
ついさっき、別の女子中学生の胸を見て、今度は妹の――
「どうしたんです、お兄ちゃん? 私の身体、もっとよく見たいですか? あ、半身浴って健康にいいらしいですよ」
いつぞやの兄と同じようなことを口走る妹だった。
「……いや、普通に肩まで浸かってあったまっとけ」
「そうですか。では遠慮なく……はううぅ……♡」
雪季は、肩どころか口元までお湯に浸かってぶくぶくと息を吐き出している。
お行儀はよくないが、可愛いので春太は咎めない。
さっきの母からのLINEのことは忘れて、妹とともに癒やしの時間を楽しめばいい――
「あ、いたいた。こら、ハル、雪季ちゃん。あたしをほったらかして、自分らだけ温泉とかズルいよね」
「…………」
癒やしの時間は終わったようだ。
脱衣所への引戸ががらりと開いて、晶穂が入ってきた。
「あ、晶穂さん!? タ、タオルで隠すとか!」
「イヤだね。温泉で裸を隠すほうがイヤらしいよ」
晶穂はにっこり笑って言った。
その小さな身体は一糸まとわず、腕で胸や下を隠すようなこともしていない。
ぺたぺたと歩くたびに、メロンのように大きな二つのふくらみがたゆんたゆんと弾んでいる。
「つーか、マジで寒かったー。もう温泉入らないと動けないよ」
晶穂は春太と雪季の視線も気にせず、シャワーを浴び始める。
長い黒髪は後ろでまとめ、胸からお腹、下半身までシャワーで洗い流していく。
「ふう……シャワー浴びてもまだ寒い。あー、温泉温泉」
「わっ! お、おい、晶穂、もっとゆっくり入れよ!」
「プールの監視員みたいなこと言わないでよ、ハル」
「おまえなあ……」
「……お兄ちゃん、晶穂さんの裸にあまり動じてませんね」
じとーっと雪季が春太を半目で睨んでいる。
「そりゃ、あたしの裸なんて飽きるくらい見て――」
「はい、妹の前で余計なことを言わないように!」
「ちぇっ、つまんないの」
「私はもう少し、その辺のお話を聞きたいですけど……」
「いいから、温泉を楽しめ。つーか、晶穂。俺らがここにいるってよくわかったな」
「旅館に入ったら、あのポニテっ子がいてこの温泉を貸し切りにしてるって教えてくれたから」
「ああ、霜月が……」
霜月は、春太と晶穂の関係までは詳しくわかっていないだろう。
いや、複雑極まる関係は春太と父、
「はー、気持ちいい……田舎の景色はよかったけど、クッソ寒かったー」
「だから、あの格好じゃ寒いっつっただろ」
「もうこの旅館に泊まりたい……外、出たくない」
「宿泊まで頼み込むのは図々しすぎるな」
「ちぇ、残念。帰りは、図体だけはデカいヤツを風よけにするか」
「ま、勝手にしてくれ……」
仮にもカノジョである晶穂を寒さから守るくらいは、別にやってもいい。
「図体といえば……やっぱ雪季ちゃんもけっこうおっぱいおっきいね」
「えっ!? あ、晶穂さんのほうが全然大きいじゃないですか……」
雪季は反射的に腕で胸を隠しながら、顔を赤くする。
「あたしは背がちっこくて胸だけ大きいからアンバランスで。雪季ちゃん、背も高いし、おっぱいもちょうどいい大きさだよね」
「そ、そうでしょうか……きゃっ」
晶穂がすすっとお湯の中を移動して、後ろから雪季の胸をいきなり揉んだ。
「あ、晶穂さん、なにをして……きゃあんっ♡」
「こういうの、お約束じゃない? お風呂で女の子同士がおっぱい揉み合うって」
「私が一方的に揉まれてますけど!?」
「……なにをしてるんだ、おまえらは」
雪季は逃れようとジタバタしているが、体格差があっても晶穂のほうがパワーがあるらしい。
「お、お兄ちゃん、助けてくださいっ」
「そこに手出しはできないな、さすがに」
「えぇーっ」
「お兄ちゃんは、あたしと雪季ちゃんの百合プレイを楽しみたいんだよ」
「ゆ、百合プレイってなんですか?」
「晶穂、妹に変なこと吹き込むな」
ある意味、この二人は春太にとって妹同士――
その二人が全裸でじゃれ合っている姿は興奮もするが、それ以上に複雑な気分がする。
「しょうがない、この辺で勘弁してあげようか」
「も、もう、晶穂さん……」
「中学生の未熟なおっぱい、良かったねー」
「ねー、じゃないです! 本当になにをしてくれてるんですか……」
「じゃあ、あたしはハルにおっぱい揉まれようか」
「それはダメです!」
「ダメなんだ……」
「…………」
春太は、やはり二人の間に割り込めない。
雪季がまるで小姑のようになっているが、本人には自覚はなさそうだ。
「でもまあ、おっぱいはともかく、背が高いのは羨ましいなー」
「なんですか、急に……女の子は小さいほうが可愛くないですか?」
なにやら、また身長の話が始まっている。
長身の春太・雪季兄妹と小柄な晶穂が、対照的なせいだろうか。
「あたしが尊敬するギタリストは、190センチ近くあってかっこいいんだよね。ギター弾いてる姿って背があるほうがサマになるんだよ」
「へぇー……」
雪季は、さっきまでのドタバタは忘れておとなしく晶穂の話を聞いている。
春太は晶穂の文化祭でのステージも観て、小柄な彼女が荒々しくギターを弾く姿もサマになっていたことを知っている。
憧れはともかく、晶穂はかっこいいギタリストだ。
本人に言うと調子に乗りそうなので、春太はあまり言いたくない。
「あ、ギターといえば、雪季ちゃん。これ、できる?」
「え? うわっ、小指だけ曲げてるんですか? えーっ、絶対に薬指が一緒に曲がっちゃいます」
「ギター弾くなら、小指だけでも自在に動かせないといけないんだよ。基礎だね、基礎」
「ほえぇ……」
晶穂が器用に左手の指を四本伸ばし、小指だけ折り曲げている。
雪季は目を輝かせて、感心しているらしい。
「…………」
話の内容はともかく、美少女二人が温泉で楽しそうにしている光景は和む。
そういえば――と、春太はふと気づいた。
春太にとって、血の繋がりがなかろうと雪季は妹だ。
だが、晶穂は雪季をどう思っているのだろうか?
桜羽家の複雑な血縁を、晶穂はどこまで知っているのか。
あるいは、晶穂も雪季を妹だと思っているのかもしれない――
まだ霜月透子との関係も棚上げにしているのに、また余計な疑問が生じてしまったらしい。
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