第51話 妹たちは兄に悪い虫がついたことを知らない
可愛い女子中学生が、裸で春太の後ろにいる。
そのJCは年下の女子に甘い自覚がある春太でも、唯一意地悪く当たってしまう少女だ。
「……霜月、中学生にしてはずいぶん身体を張ってくるな」
露天風呂の洗い場――
春太は一応、腰にタオルを巻いた格好だ。
その春太の後ろにいる女子中学生が、泡立てたタオルでゴシゴシと背中を洗ってくれている。
「中学生も高校生もありません。ただ、身体も張らずに反省してると言っても、納得してもらえないですから。私自身も納得できません」
「罰ゲームってことか?」
「そ、そういうわけでは……桜羽さん、背中広いですね……」
「無駄にでかいからな。つっても、松風ほどじゃねぇけど」
「…………っ」
びくっ、と後ろで霜月が硬直した気配が伝わってくる。
「私が松風先輩にお会いしたことは……知ってるんですよね?」
「ああ、一応聞いたよ。松風にいろいろぶちまけに来た……みたいなことを」
「……すみません、松風先輩は関係ないのに。つい、甘えてしまいました」
「それは別にいいんじゃないか。あいつ、後輩に甘えられんのは慣れてるからな」
「そんな感じでした……学校の後輩にも慕われてるんでしょうね。特に女子に」
「ああ、女子の後輩にはかなり甘いな。男の後輩には鬼みたいに厳しいが」
「そ、そうなんですか? 誰にでも優しそうな方なのに」
「厳しくても、男の後輩にも慕われてんだよな、あいつ。俺もバスケやってた頃は、俺のほうが厳しかったが、あんまり慕われてなかったな」
「同じ部活だったんですか。やっぱり、お二人は仲が良いんですね」
「まあな。つーか、もう背中いいぞ。皮が剥けちまう」
「すっ、すみません!」
霜月が、タオルを握った手を、ぱっと背中から離す。
「今度は俺が霜月を洗ってやろうか?」
「えっ、ええっ!?」
振り向くと、タオルを巻きつけた女子中学生の半裸があった。
「きゃっ……! きゅ、急に振り向かないでください!」
「見られたくなきゃ、水着でも着てこいよ」
「ウチの温泉は、水着入浴は禁止させていただいてるので……」
「変なトコ真面目だな、おまえは」
イレギュラーな貸し切り状態、なによりイレギュラーなサービスなのだから、規則など気にする必要はないだろう。
「心配すんな、松風のカノジョを奪うほど悪趣味じゃねぇよ」
「悪趣味って……いえ、私は松風先輩とお付き合いしていませんから」
「ん……?」
松風は、会いに来た霜月と最後までいった――というような話をしていた。
友人に話すのも無神経ではあるが、男子高校生はそういうものだ。
それに、松風は可愛い女子中学生をモノにした――などと見栄を張るような男でもない。
「松風先輩には……その、私が冬野さんの件で落ち込んでいたので……加害者なのに、被害者のフリをして落ち込んでいたのを慰めていただいただけで」
「ふぅん……」
松風は、一夜限りの恋を楽しむような風流とは無縁なはずだ。
ただ単に、勢いでこの可愛い女子中学生と事に及んでしまったようだ。
「たぶん、もう松風先輩にお会いすることはないですし……少なくとも、私のほうはそのつもりです」
「……会いたいっていうなら、俺が間を取り持ってもいいぞ」
「え? いえ、今のは別に桜羽さんに催促したわけではなく、本当に本心です」
「なんだ、俺の勘ぐりすぎか」
やはり、女子の後輩に甘いのは友人だけではないようだ。
余計なお節介までしてしまったらしい。
「もう充分身体も洗ったし、もっかい浸かっていいだろ?」
「は、はい。もちろんです」
春太はできる限り霜月に見えないように、腰に巻いていたタオルを外してから温泉に浸かる。
「ふぁ……はー、いい湯だなあ……露天はさすがに寒いが、こうして湯に浸かったときがたまらねぇな」
「ありがとうございます。ウチの温泉は疲労回復にも効果があるんですよ」
「そういうもんか」
春太は温泉の効能などはあまり信じていないが、ちょうどいい熱さの温泉の気持ちよさは最高だ。
「あの……桜羽さん。私も失礼させてもらっていいですか?」
「好きにしろよ。霜月の計らいで、入らせてもらってるんだしな」
「し、失礼します……」
さすがに、霜月は温泉旅館の娘だけあるようだ。
身体にキツく巻きつけていたタオルを、さっと外した。
ぷるっ、と意外に大きな胸が弾むようにしてあらわになった。
「ストップ!」
「えっ」
素早く腕で胸を隠そうとした霜月を、春太は鋭く制した。
「ふーん……」
「え、あのっ、そんなに見られてはさすがに……」
二つのふくらみをあらわにしたままの霜月が、かぁーっと真っ赤になる。
「D……はないな。Cカップってところか」
「そ、そうですけど、よく見ただけでわかりますね」
「ウチの妹がDだからな。それよりは小さい」
「……桜羽さん、冬野さんの胸も見たことがあるんですか……?」
ずっと怯えと申し訳なさをたたえていた霜月の目が、ゴミを見るような視線に変わっている。
「服の上から見たってわかるだろ。それにウチの妹は素直だからな。胸のサイズもあっけらかんと話しやがるんだよ」
むろん、春太は雪季の胸など生で数え切れないくらい見ている。
今そこにある、二つのふくらみと比較して、どちらが大きいか瞬時に判別できるくらいに、妹のおっぱいの大きさも目に焼きついているのだ。
「私の冬野さんのイメージと全然違いますね……すっごく慎ましくて……こんなことしてる私なんかとは全然違う、お嬢様っぽい人かなって……」
「少なくともお嬢様ではないな」
といっても、雪季は大人びた美少女だからか、初対面だとお嬢様だと勘違いされることは多い。
少なくとも桜羽家も冬野家も金持ちではないし、厳しい躾も行っていない。
「えっと、それで……そろそろ、身体を隠してもいいですか?」
「ああ、悪い、つい。あんだけ散々おまえに意地悪を言っといて、身体は見たいとかクズだよな。いや、俺も健康な男子高校生だからな。目の前に裸があれば、そりゃ見たくなっちまって」
「……長々とお話しになってるところ申し訳ないですが、身体を隠す許可、いただけますか?」
「まあ、長々と話して、その間もうちょっと見ていようとしただけだ。浸かっていいぞ」
「はい、失礼します……」
ちゃぷっ、と霜月が湯に浸かり、春太の正面に座る。
濁り湯なので、胸が半分ほど隠れるまで浸かってしまうと肝心なところが見えなくなってしまう。
「知ってるか、霜月? 半身浴っていうのが健康にいいらしいぞ。浸かるのはみぞおちのあたりまでで――」
「半身浴くらい知ってます。というか、桜羽さん、まだ見たいんでしょうか……?」
「冗談だよ」
春太もそこまでがっついていない。
見たいか見たくないかで言えば、答えは決まっているが、カノジョでも妹でもない女子の胸をそこまで凝視できない。
「ま、いいもの見せてもらったし、もう俺にも気を遣う必要はねぇよ。雪季のことは――もうほっといてやってくれ」
「そ、そういうつもりでお見せしたわけでは……いえ、そうですね。少しはスタイルにも自信があったので、お詫びに使えるかと思ってました」
「ああ、松風からちょっと聞いたよ。霜月、このあたりじゃ可愛くて有名だったらしいな」
「そ、そこまでは言っていません! いえ、ウチでも一応看板娘みたいな扱いで……ちょっと天狗になっていたのは事実です。ですが、冬野さんには全然かなわなくて」
「それは仕方ねぇな。雪季は、そこらのアイドルとか足元にも及ばない可愛さだからな。かなわなくても気にするだけ無駄だ」
「桜羽さんは、シスコンなんですか……?」
「そうだ」
堂々と認める春太だった。
シスコン扱いにはとっくに慣れているので、今さら否定などしない。
「す、凄いですね……松風先輩に、一晩バイクで走って駆けつけたというお話は聞いてますけど……」
「妹を大事にしたら頭おかしい、みたいな風潮は納得できねぇけどな。大事にしないよりよっぽどマシだろ」
「それはそのとおりだと思います」
霜月は意外に素直らしく、きっぱりと言い切ってきた。
春太の周りでもシスコンをからかってこないのは、松風と氷川・冷泉くらいだ。
晶穂と美波は、たまにからかってくるので除外している。
「つーか、なんの話をしてんだ、俺らは。もうやめやめ。温泉から上がったら、もう全部忘れよう」
「ま、待ってください。忘れるって……私、全裸を見られて全部忘れるのは無理なんですけど」
「どちらかといえば、おまえが見せてきたんじゃないか? いや、じーっと見せてもらったけどな」
「そ、それはそうです。私がお詫びの代わりにお見せしたんですけど……」
「充分なお詫びだな。そりゃ、松風も気に入るわけだ」
霜月透子は雪季や晶穂ほどではなくても美少女だし、スタイルも抜群だ。
おっぱいのサイズも、女子中学生としては充分すぎるくらいだろう。
「気に入ったって……別に、松風先輩には身体を見られたわけではありませんよ」
「それもそうか……って、待て。霜月、松風とヤったんだろ?」
「ヤ、ヤった!? え、えっちしたってことですか!?」
「あ、すまん。つい、ストレートに」
ここまで曖昧にしてきたのに、思わずはっきり言ってしまった。
「し、してませんよ! どうしてそう思ったんですか!?」
「してない……?」
春太は頭がこんがらがってきた。
松風は、はっきりと「霜月とヤった」と言っていた。
親友は性体験を自慢するタイプでもない――春太はそう確信していたのだが。
「マジで? マジで松風とヤってないのか?」
「そ、そんなに何度もヤったヤった言わないでください……む、胸を見られたのも桜羽さんが初めてですし……」
霜月は、さっと腕で胸を隠す。
むにゅっ、と柔らかそうな胸が腕に押されて潰れている。
「でも、胸を見なくてもヤることはヤれるだろ?」
「ず、ずいぶんこだわりますね。この前、松風先輩にお会いして……いろいろ吐き出したあと、頭を撫でられましたけど……それくらいです。いえ、急にお尋ねして、ちょっと甘えすぎたと反省はしてます」
「…………」
春太は、霜月透子に悪いイメージを持っている。
見た目が可愛くても、性悪だとすら思っているくらいだ。
だが、目の前にいる彼女が嘘をついているとは思えない。
そうなると――嘘をついていたのは、松風のほうだということになる。
「どうなってんだ……?」
「はい? と、とにかく、誤解です。松風先輩はかっこいいですし、バスケも上手くて尊敬していますけど……え、えっちはしていません。そもそも、私はまだそういう経験は一度も……」
「……わかった。変なことを言って悪かった」
「それに、私が誰を好きになったのか、松風先輩もご存じで……」
「んん?」
「いえっ、なんでもありません! 私が処女だということだけ知っておいてください!」
「そ、そうか」
春太も、霜月透子と会うのは今回が最後だろう。
今、彼女が処女だということを知っても、特に意味はない。
「そ、そろそろ上がるか。雪季たちもすぐこっちに来るかもしれねぇしな」
「はい……そうですよね。実は、覚悟もしてたんですけど……」
「なんで残念そうなんだ……」
春太は、霜月がなにを言いたいのか想像できたが、想像しないことにした。
霜月は胸を見せる以上のことも覚悟してた――そんなことはどうでもいいことだ。
春太にはカノジョがいて、可愛い妹がいる。
可愛い女子中学生の誘惑にあっさりと屈するほど、女子に飢えてもいない。
もっとも――雪季たちがもうすぐ合流してくる、という状況でなければ話は変わっていたかもしれないが。
男子高校生とは、恋愛感情も妹への愛情とは別の、性欲に翻弄されやすい生き物なのだ。
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