第50話 妹たちは元同級生の企みを知らない

 春太は、霜月に案内されて駅そばのカフェへと移動した。

 カフェといっても、昔ながらの喫茶店という雰囲気の店だ。


 春太はオシャレなカフェよりこういう古びた店のほうが好みだった。


「一応、ここらにもカフェなんてあるんだな」

「田舎でもそれなりにお店はあります。流行りのチェーン店だって、なくもないんですよ」

「ふうん、そういうもんか」


 もはやコンビニもないような田舎は、少なくなっているのかもしれない。

 そこそこ都会で生まれ育った春太には、関係のない話だが。


 春太はコーヒーを、霜月はミルクティーを注文する。


「……松風先輩が、ここでモーニングを四人前も食べてました」

「あいつ、マジで朝飯食ってったのか」


 松風が霜月とその仲間たちを連れ出したとき、そんな話をしていた。

 春太と雪季を二人きりにする口実なのかと思いきや、本当に朝食を食べに行っていたらしい。


「それで、話ってなんだ?」

「もちろん、桜羽さんが私を嫌っているのはわかっています」

「そうだな、俺はおまえが嫌いだ。大人げないと思ってくれていい」

「……いいえ、当然だと思います」


 霜月は神妙な態度だ。


 あのとき、倉庫で雪季を吊るし上げていたときとはまるで別人だ。

 だが――


「霜月。もし、おまえが謝りたいんだとしたら、相手を間違ってるぞ」

「謝りたい……んでしょうか、私は?」


「知らねぇよ。おまえと話すのは二度目、トータル5分もしゃべってねぇだろ。そんな奴がなにを考えてるかなんて、わかるわきゃねぇ」


 ふうっ、と春太は息をついた。

 そこにコーヒーとミルクティーが運ばれてきて、春太は一口すする。


「いや、意地悪い言い方ですまない。別に俺は、霜月をイジめようってんじゃない。確かにおまえはウチの妹をイジめてくれたが、これ以上兄貴の俺が介入しようとは思わない。もうイジメを再開ってこともないだろうしな」


 仮に霜月がしつこく雪季をイジめたくても、絶対的な距離がある。

 あるいは、雪季は今日を限りにもう二度とこの町には来ないかもしれない。


「こんなことを言うと、余計に桜羽さんに嫌われると思うんですが……私、イジめているという自覚がなかったんです。自分がイジメをしてたと気づいて、ゾッとしたくらいなんです」

「なんだ、被害者ムーブか?」


「ち、違います。私が加害者なのはわかってます! 松風先輩にも叱られましたし……もうわかってるんです」


「……だったら、これ以上なにもできることはないだろう。雪季はここでのことは忘れることにしてるし、俺はこれ以上関わるつもりもない」

「……蒸し返さないほうがいいですか?」


「できればな。それとも、霜月は自分がモヤモヤしてるから、それが晴れるまで雪季に付き合えって言ってるのか――って、まただな。悪い」


 春太は、つい霜月を前にしていると大人げなくなってしまう。

 もっとも、霜月より一つ年上なだけで、まだ大人とは言えないが。


「いえ、責められたほうが楽かもしれません……」

「そんなドMになることもねぇだろ。それにな」

「?」


「霜月も、もうすぐ受験だろう。余計なことは考えずに勉強に集中すればいい。雪季も、おまえが受験に失敗したりしたら、寝覚めが悪いだろう。妹は俺と違って性格がいいから、霜月が失敗したら本気で落ち込みかねない」


「そ、そうなんですか……」

 そうなんだ、と春太は内心で苦笑する。


 雪季はそこまでのお人好しなのだ。

 霜月たちの吊るし上げを録音していたりと、人がいいだけでもないが。


「っと、ちょっと待ってくれ」

 春太はスマホにLINEが届いて、メッセージを確認する。


ふゆ 《お家に着きました》

ふゆ 《ママは急なお仕事でお出かけして、戻りは夜です》


「…………」


 雪季と晶穂は、先に家に向かったのだが、無事に到着したようだ。

 母親は転職した今も忙しいらしい。


 その母親が、“息子のカノジョ”となにを話したのか気になりすぎる。

 やはり霜月は後回しでもよかったかな、と少し後悔しつつ。


「とりあえず、妹は無事に目を覚ましたみたいだ」

「冬野さん、お兄さんの前では性格違うんですね……」


「家と外でキャラが違うのはあるあるだろ。霜月はどうなんだ?」

「……ウチは商売をやっているので、人より違いが大きいくらいかもしれません」

「ふうん、商売か。なにをやってるんだ?」


「旅館です。そんなに大きくはありませんけど、歴史だけは……」

「老舗旅館ってヤツか」

 霜月は、こくりと頷く。


「それって温泉とか――っと、また雪季からだ。ちょっと待ってくれ」


ふゆ 《ちょっと早いですけど中学行ってきます》

ふゆ 《晶穂さんが付き添ってくれます》

ふゆ 《先生と面談するだけなので大丈夫です》


「え? あれ? それでいいのか?」

「どうかしたんですか?」


「いや、雪季が中学に行くらしい。今、母親はいないらしいが、保護者付きじゃなくていいんだろうか?」


「現状と進路の確認の面談ではないでしょうか? もう受験校は決まってるでしょうし、本人だけでも問題ないのでは」

「なるほど、それもそうだな」


 一応、雪季はまだこの町の中学に在籍している。

 形式上、学校側が受験前に確認しておきたいことがあるらしい。


「合格の報告も来なきゃいけないのかな。あ、卒業証書は受け取りに来ないといけないのか。いや、郵送してもらえるか?」

「どうしても、妹さんをこの町に来させたくないみたいですね……」

「悪く思うな。ウチの妹は、あれでなかなか繊細なんでな」


 いつまでも兄が甘やかし続けるわけにもいかないが、それでも守れるうちは守ってやりたい。

 今のところ、それが春太の方針だ。


「つっても、いきなりやることがなくなったな。母さんが帰ってくるのは夜か……」

「あ、でしたら! あの、ウチの旅館に来ませんか。この時期は比較的すいてるんですよ。温泉もありますから」


「そこは家族で混浴もできるのか?」

「はい、できま――って、ちょっと待ってください。まさか桜羽さん、冬野さんと一緒に入る気ですか?」


「……いいや」

 しまった、と春太は脊髄反射で質問したことを悔やむ。


「あ、いえ。ご家族で入られる分には私たちは気にしていません。あまりお客様のことは話してはいけないんですけど……高校生の娘さんがご家族と入ったりするのは時々ありますから」

「ふーん……そんなものか」


 春太は、家でも以前はよく一緒に風呂に入っていた。

 最近は父親の警戒の目があるので、めったに入らなくなったが。


「桜羽さん、是非来てください。というか……桜羽さんと冬野さんに来てほしかったんです。もちろん、あの綺麗な小さい方もご一緒に」

「小さいって、おまえより年上だぞ、あいつ」


「あ、すみません……でも、ご招待させてください。もちろん、お代はけっこうですから」

「温泉か……」


 もちろん、この旅の主目的は母親と会うこと、中学で用事を済ませることだ。


 だが、母親が夜まで戻ってこないなら、無駄に時間を潰さなければならなくなる。

 はるばるこんな遠くまで来て、家族と会うだけで帰るのももったいない。

 そうなると――


「じゃあ、ありがたく招待を受けようか。雪季と晶穂――あの小さいのも合流させていいんだな?」

「もちろんです! 是非いらしてください!」


 霜月はかなり乗り気らしい。

 というよりは、春太と雪季を旅館に招待して、少しでも罪滅ぼしをするつもりだったのかもしれない。


 春太は、心ならずも霜月をチクチクとイジめてしまった。

 別に、この中学生に多少やり返しても心は痛まないが――


「そうだな、実は霜月にも少し訊いておきたいこともあったしな」

「わ、私にですか?」


「この前、俺のアホな友達に会ったんだろ?」

「……はい」


 霜月は頷いて、かぁーっと顔を赤くする。

 どうやら、松風の話は冗談ではなかったようだ。


 目の前にいる、この可愛い女子中学生と親友がベッドで――

 嫌な光景が思い浮かびそうになり、春太は想像を振り払う。


「そのあたりの話、一応聞いておきたい。もちろん、話したくなきゃ無理にとは言わねぇよ」

「は、はい……」


 意地の悪い切り出し方だったな、と春太は何度目かわからない反省をする。

 しかし、この霜月の前だと平静ではいられないことを認めたほうがよさそうだ。



 温泉旅館“そうげつ”――

 霜月を“そうげつ”とも読むらしい。


「初めて聞いたな。まだまだ知らんことばかりだ」


 そうげつの温泉に浸かりながら、春太はふーっと息をついた。


 霜月透子の家は、予想以上に大きな旅館だった。

 100年以上の歴史があり、建物も同じくらい古いらしい。


 駅前のカフェからはかなり遠かったが、霜月が旅館の送迎バンを呼んでくれたため、あっという間だった。


「私の友達のお兄さんです」


 と、霜月は旅館の従業員に説明していた。


 雪季が霜月の友達、というところに引っかからないでもなかった。

 だが、春太もわざわざ波風を立てようとは思わない。


 旅館の従業員も商売っ気に欠けるようで、嫌な顔一つせずに春太を温泉に案内してくれた。


 昼過ぎのこの時間帯は、本来は温泉は清掃中らしい。

 春太のために、わざわざ開けてくれたようだ。


「ふぅー……こりゃ良い湯だな……」

 温泉など、正直あまり興味はなかったが、なかなか悪くない。


 大きな露天風呂で、入る前はかなり寒かったが、一度浸かってみれば心地良い熱さだ。


「これは、雪季も喜ぶな。あいつ、寒がりだし、風呂も好きだし」


 あとで雪季と合流したら、一緒に入るべきだろう。

 温泉で大喜びする雪季の顔を見逃したくない。


「……晶穂はどうするんだろうか」


 今のところ、春太は晶穂と一緒に風呂に入ったことはない。

 終わったあとにシャワーを浴びるのは、一人ずつだった。


 晶穂は風呂は一人で入りたいタイプで、春太も無理にとは言わなかった。

 まさか、雪季と晶穂と三人で――ということはないだろうが。


「あの、桜羽さん……」

「ん?」


 振り返ると――


「し、失礼します……」

「…………」


 長い黒髪を後ろでまとめ、裸の身体にタオルを当てただけの格好の――霜月透子がいた。


「お、お背中、流しにきました」

「……この旅館は、経営者の娘が背中を流すサービスやってんのか? そりゃ客が殺到するだろうな」


「そ、そんなわけがありません。冬野さんのお兄さんだけの……サ、サービスです」

「…………」


 俺に絡むと、頭がどうかする女子ばかりなのか?

 つい、そんなことを疑ってしまう春太だった。

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