第30話 妹は唐突な救いの手が信じられない

「な、なに、あんた?」

「お兄ちゃんって……冬野の兄貴? あんた、兄貴なんていたの?」


 セーラー服の中学生たちは、明らかに戸惑っている。

 吊るし上げていた相手の兄が、突然現れたのだから当然だろう。


 この倉庫は、彼女たち専用の溜まり場なのかもしれない。

 農具らしきものが置かれているが、どれも錆びついていて現用のものとは思えない。

 倉庫というより、ガラクタ置き場という印象だ。


「あっ、兄貴だろうが、関係ないでしょ。引っ込んでてよ!」

 セーラー女子の一人が凄んでくるが、どこか顔が引きつっている。

 体格には恵まれている春太に、小柄な中学生たちが怯むのも当然だ。


「兄貴が関係なくて、誰に関係があるんだよ」

 春太は冷静に言い返して――


『つーかさ、女子とはろくに話さないくせに、男どもにチヤホヤされていい気になってんじゃねーよ!』


 スマホを操作して、録音したボイスを再生する。


「ちょ、ちょっと、あんた!」

「一通り録音させてもらった。でも、こんなの録ってる場合じゃなかったな。余計なこと考えるんじゃなかった」


「そ、それ消してよ!」

「おまえは馬鹿か」

 春太は、セーラー女子の一人を睨む。


「そんなこと言ったら、自分らの不利を認めるようなもんだろうが。ハッタリを利かせろよ、ハッタリを」

「うっ……」

 セーラー女子たちはますます怯んだようだ。


雪季ふゆ、ちょっと待ってろ。話はあとだ」

「お、お兄ちゃん……」

 春太はセーラー女子たちの間をかき分けて、壁際に追いやられていた雪季の腕を掴んで、自分の後ろに立たせる。


「さてと……野郎どもなら、全員ぶん殴るトコだが」

 なにしろ、ケンカに負けたことがない春太だ。

 普段はおとなしいものだが、雪季のこととなると暴力沙汰すらもためらわない。


「まあ、女子となるとそうもいかないか。面倒くせぇな」

「な、なによ。なにする気?」

「心配すんな、さすがに女は殴らねぇよ。別に難しいことも要求しない。ただ、そうだな。全員、スマホを出せ」

「ス、スマホ? な、なんでよ?」


「写真を全部消してもらう。雪季に関係ないものも含めて全部だ。いちいちチェックしてられないからな。クラウドも全部データを削除しろ」

「馬鹿じゃねーの! なんでわたしらがそんなこと!」


「人の妹の写真、勝手に撮っておいてふざけたことを言うな。それとも、そのスマホを持ったまま、一緒に警察行くか? 同性だろうが隠し撮りは犯罪だ」

「そ、それは……」

 セーラー女子たちは“警察”という単語にわかりやすく怯えている。

 ただ、警察沙汰にしてしまうと、雪季に二次被害が生じる可能性もある。

 春太も、それはできれば避けたい。

 ただの脅しのつもりだったが、意外に効果はあったようだ。


「嫌なら、スマホを出せ」

「あ、あの、お兄ちゃん。そこまでしなくても……」

「雪季、いいから俺に任せてくれ」

 春太は、ぽんと雪季の頭に手を置いた。


「誰があんたの言うとおりになんかするか!」

「ま、そうだろうな。いいぞ、時間はいくらでもあるし、おまえらに言いたいこともいくらでもある。じっくり話し合おう」


 このセーラー服たちは、年下でしかも女子だ。

 本来ならあまりイキった態度も見せたくないが――雪季のこととなると話は別だ。


「こ、こいつ……!」

「ね、ねえ、こいつヤバくない……?」

「ど、どうすんの、これ……なんでこんなことに……」

「馬鹿、ビビってどうすんのよ。あんた、ちょっとデカいからって一人で――」


「おー、いたいた。危ね、行き違いになるとこだった」


「「え?」」

 春太と雪季が同時に驚きの声を上げる。

 シャッターの隙間から窮屈そうに入ってきたのは――


「ま、松風?」

「松風さん……?」

 短く刈り込んだ赤毛っぽい髪に、190センチ近い長身。

 黒いジャージの上下に、足元はバスケットシューズ。


「桜羽さんの家に行く気だったんだけどな。そこに、春太郎のレイゼン号があったからさ。この近くにいるのかって。ふーん、あんま楽しい状況じゃなさそうだな」

「ちょ、ちょっと、今度はなに?」

「なにこいつ、デカッ……」

 女子中学生たちは、もうあからさまに怯えている。

 松風は愛想のいい顔立ちなのだが、なにしろ体格に恵まれすぎているので、威圧感が強い。


「松風……おまえ、なんでここにいるんだ?」

 さっき意表をついた登場をしたばかりの春太が、今度は驚かされる番だった。


「月夜見さんから連絡もらってさ。春太郎がやべぇツラして桜羽さんのトコ行ったっていうから。追いかけてきた」

「追いかけてきたって……」


 晶穂が心配してくれたのはありがたいが、松風に連絡していたとは。

 ある意味では、もっとも的確な対応ではあった。

 今の春太は親であろうと止められないが、松風なら力ずくで止めることもできる。


「そんな、さらっと来れるような距離じゃねぇぞ」

「月夜見さんも追いかけろなんて言ってないけどな。でも、春太郎に電話したって、妹さんのことなら止められないだろ? だったら、直で行かないと」

 どうやら、松風は電車でここまで来たらしい。

 春太が出発した直後に出かけたなら、どこかで電車が終わって、夜が明けてから電車を乗り継いできたのだろう。


「こっちの話はどうでもいいよ、春太郎。俺はどうすりゃいい?」

「……ありがとな。そこにいてくれればいいよ。じゃ、話の続きをしようか。スマホ、出してもらえるか?」

「…………」

 セーラー女子たちは、渋々ながら全員スマホを取り出した。

 春太だけならともかく、松風が怖いらしい。


「じゃあ、写真を全削除、クラウドも全データを消せ。あとはLINE、SNSと動画投稿サイトのアカウントも持ってるなら、消してもらおう」

「ちょっ、要求が増え――!」

「なんだかわからんけど、お願いできるかな。春太郎がそうしたほうがいいって言うなら、そのとおりにしてもらわないと」

「あんた、こいつの子分なの!?」

「友達だよ。無条件で信じていいと思ってる程度の仲だけどな」


「……ちょっと、あんたら」

 セーラー女子の一人、ポニーテールの子が、他の三人に目配せする。

 逆らわないほうがいい、と気づいたようだ。

 ポニーテール女子がリーダー的存在らしい。


 彼女たちにとって、写真やLINE、SNSは命より大事かもしれない。

 そんな大事なものも消さざるをえないほど、春太と松風のコンビは怖いようだ。


 春太は、彼女たちに悪いとは全然思わない。

 データを全部消させた上で、スマホも粉々に破壊したいくらいなのだ。


「わかってくれたようだな。じゃ、やれ」

 春太は、意識的に横柄に言い放った。

 松風は怖いだろうが――本当はもっと怖いのは誰なのか、教えたつもりだった。

 セーラー女子たちは、春太に言われるままにスマホを掲げるようにして画面が見えるようにしつつ、データを削除していった。



「ま、こんなもんか。別にデータ消えても死にゃしない。新しい思い出をつくっていってくれ」

「最悪っ……!」

 ポニーテールが、春太を睨んでくる。


「俺は桜羽春太。この桜羽――冬野雪季の兄貴だ。文句があるなら、いつでも言ってきていい。そうだな、そこのポニテ、連絡先を交換しとこう」

「えっ?」


「スマホのデータを消しやがった相手の名前くらい、知っておきたいだろ?」

「……あんたの連絡先なんかいらない」

「そう言うな。いらないなら、あとで消してくれてもいい」

「…………」

 ポニーテールは、シャッター前に陣取っている松風をちらりと見て、これも言われるままにLINEと電話番号を交換する。


「もちろん……こっちが文句があるときにも連絡できるしな」

「ま、まだなにか要求するの!?」

「さあな。それがわからんから、連絡先をもらっとくんだよ」

 まだ“余罪”があるなら、春太は容赦するつもりはなかった。


 雪季のおかしな写真がネットに流出するような事態を避けられるなら、なんでもやるつもりだった。


「春太郎、終わりか?」

「ああ、終わりだ。待たせたな」

「まったくだ……ああ、眠っ。ここ来る途中で電車なくなっちまってさ、始発までネカフェで寝てたんだよ。ああいうトコ、狭ぇよな。ろくに眠れなかったよ」

「おまえがデカすぎんだよ」

「はは、そりゃそうだ。でも、腹も減ったなあ。よし」

 松風はすたすたと歩き出すと、ポニーテールの肩をがしっと掴んだ。


「な、なに?」

「なんですか、だ。俺は一応高校生で、年上だぞ。先輩へのタメ口は禁止だ」

「わたし、あんたの後輩じゃないんだけど……」

「ないんですけど、だ。おまえら、地元だろ? どっか朝飯食える店、知らないか?」

「朝飯って……き、喫茶店くらいしかない……です」

「それでいいや。モーニングも三、四人前食えば腹の足しになるだろ。案内してくれ」

「な、なんでわたしが……」


「感動の再会を邪魔するもんじゃねぇからだよ。さ、そっちの子たちも行くぞ。じゃあな、春太郎」

「お、おい、松風。おまえ帰るつもりか?」

「朝飯食ったらな。上手く行けば昼休みには間に合うだろ。朝練はサボっちまったけど、放課後の練習もサボったら、マジで先輩に殺されっからな」

 松風はニヤリと笑い、四人のセーラー女子を連れて倉庫を出て行った。


「……あいつ、いいヤツだな」

「お兄ちゃんはお友達に恵まれてますね……」

 思わず、二人で顔を見合わせてしまう。


「最低でも交通費くらいは払わないとな。まあ、それはそれとして」

「お兄ちゃん……」

 春太は雪季をまっすぐに見つめて。

 雪季も、潤んだ瞳で見つめてくる――


「すまん、もう身体が冷え切ってて、限界だ。雪季、おまえん家の風呂、貸してくれないか……?」

「えぇっ!?」


 実は、この倉庫も冷蔵庫のように冷えていて死ぬほど寒い。

 一晩バイクで走ってきて、氷のようになっている身体はもう限界だった。

 感動の再会は、とりあえず風呂のあとだ。

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