第13話 妹はまだ特別な朝だと知らない
五月の連休が終わった。
今年の桜羽家は両親が多忙な上に、雪季が一応受験生でもある。
なので、特に旅行などはしていない。
春太はクラスの友人たちと遊園地に出かけたが、
ただ、桜羽家ではもちろん兄妹でのお出かけはあった。
約束通り、ホテルの屋内プールのチケットを使い、二人で遊んできた。
前日に購入した、ピンクでフリフリがついたビキニの水着姿の雪季は可愛かった。
すたりとしたスタイルで、胸のふくらみも大きい雪季が子供っぽさもある水着を身につけているアンバランスさが絶妙だった。
雪季は自分を可愛く見せることに全力を注いでいる。
さすがのチョイスで、大人びた水着では雪季の幼さの残る可愛さを強調しきれなかっただろう。
それでいて、胸のボリュームははっきりとわかるデザイン。
大人と子供をバランスよく良いとこ取りできる水着は、雪季の清楚な可愛さと大人っぽいスタイルを引き立てていた。
そんな妹は周りの注目を大いに集めていたのが、兄としては嬉しくもあり少々腹立たしくもあった。
雪季は常に春太にくっついていたので、さすがにナンパされることはなかったが。
プールで一日遊び倒したことを除けば、あとはひたすら二人でゲームをやり込んだ。
遠慮なく夜更かしして、CS64を心ゆくまで遊び、春太も雪季も無事にSランクに返り咲いた。
それどころか、春太は初のSS昇進が射程に入り、雪季を焦らせた。
『ぐ、ぐぬぬ……い、妹として兄に譲るだけですから。私は兄を立てる、デキる妹というだけなんですからね』
意外に負けず嫌いな雪季は、妹という属性を最大限に利用していた。
もちろん、春太は妹を待ってやるつもりはない。
さっさとSS昇進を決めて、妹にドヤ顔する日が楽しみだった。
「お兄ちゃん、おはようございますぅ……」
連休明けの朝、春太がまた早起きすると、雪季が着替え中だった。
まだ頭は起きていないらしい。
お気に入りのピンクのパジャマを脱ぎ、白い肌を晒したまま、嫌そうに制服を用意していた。
「おはよう、今日も早いな」
「は~、今日から学校なんですね。もっとGWが続いてもいいのに……」
春太も挨拶すると、妹はぶつぶつと文句を言い始めた。
「GWが終わったら、もう完全に受験モードだな」
「うっ……い、嫌なこと言いますね、お兄ちゃん」
雪季はいつもどおりブラジャーを丁寧に整えてから、ブラウスを着る。
下はまだスカートをはいていなくて、水色のパンツがあらわになっている。
春太は、今日も下着姿の妹が可愛いことを確認すると。
「雪季、まだ志望校も絞り込めてないんだろ? いい加減、決めないとまずいぞ?」
「……あの、お兄ちゃんと同じ高校は……無理ですよね?」
「おまえ、自分で無理って言ってなかったか? うーん……」
春太は唸る。
正直に言えば、不可能に近い。
春太の学校――悠凛館は超名門というほどではなくても進学校だ。
雪季はといえば、ごく普通の公立中学で平均よりは下のレベル。
進路調査で春太と同じ高校を志望したら、即座に進路指導室に呼び出されるだろう。
だが――春太は教師ではない。
「雪季が頑張るっていうなら、協力する。俺はどうせ部活もバイトもしてないしな、妹の家庭教師くらいできるさ」
「本当ですか! お兄ちゃんに教えてもらえるなら頑張れます!」
見た目の大人っぽさに似合わず、可愛いことを言う妹だった。
「じゃあ、さっそく今日から始めるか。雪季はゲームは一日一時間な」
「……自分は一時間じゃないような言い方ですね」
あまり可愛くないジト目をする妹。
「兄はもう受験戦争をくぐり抜けたから。でも真面目な話、ウチの学校を目指すなら遊ぶ時間をがっつり減らすことになるぞ?」
「うっ……」
雪季は、自分で言い出しておいて怯んでいるようだ。
春太としては妹に無理をしてほしくないが、向上心は必要だと思っている。
勉強漬けにするのは可哀想――いや、甘やかしてはいけないのだろう。
「まあ、俺が教えるのはかまわないが、雪季はもうちょっと真剣に進路を考えてみたらどうだ? 先生にも相談したほうがいいだろ」
「そ、そうですね。うう、ずっと中学生でいたかったです……」
「JKって世間でチヤホヤしてもらえるみたいだぞ」
「私、JCですけどチヤホヤされてます。晶穂さんも美味しいケーキとかプリンとか貢いでくれます」
「あいつ、おまえを甘やかしすぎだよ」
晶穂は、初訪問のあとも二度ほど桜羽家を訪ねてきた。
二回目からは、雪季への手土産も忘れない。
雪季を餌付けして、桜羽家への出入りをフリーにしようという腹だろう。
春太も妹さえOKすれば、晶穂の来訪を拒否する理由はない。
「いいじゃないですか。コンポはパパの使用許可もちゃんと出ましたし」
「父さん、月夜見に会ってみたいとか言ってたな。女子高生に会いたがる親父か……世間様には公表できないな」
「音楽の趣味が合うから話したいだけでしょう。それどころか、晶穂さんのほうもパパに会いたいって言ってましたね」
「やだなあ、親父がクラスの女子と不倫して家庭崩壊なんてシャレになれねぇぞ」
「晶穂さん、美人だからパパが変な気を起こしたり……ああっ、嫌な想像が!」
「やめよう、やめよう、こんな話。今のところ、月夜見と父さんが顔を合わせることもなさそうだし」
「あー……」
雪季が、表情を曇らせる。
「パパ、そんな暇はなさそうですよね。ちょっと働きすぎでは……」
「なんか忙しそうだよな。父さんもだけど、母さんも」
両親はGWはさすがに休みだったが、二人ともPCと長いこと向き合ったり、時々どこかに出かけたりしていた。
連休も忙しそうにしているのは過去にもあったが、今年は特に慌ただしいようだ。
「母さん、連休中も家事ができないくらいだったし、雪季も受験だからな。俺も、さすがに家事をやらないとな」
「えーっ、私の生き甲斐が!」
がしっと春太の肩にしがみついて、涙目になる雪季。
「受験合格を生き甲斐にしてくれ。まずは基本の卵料理からかな。思い立ったがナントカだし、今日の朝飯からさっそく――」
そのとき、トントンと部屋のドアがノックされた。
「春太、雪季。ちょっといいですか?」
「あれ、母さん?」
「え? ママ、今日もまだお休みなんですか?」
部屋に入ってきた母は、長袖ブラウスにジーンズという格好だった。
いつもなら、母はきちんとスーツを着て出勤していく。
「今日は昼から出勤します。それより、二人ともちょっとリビングに来てもらえますか? 朝から悪いのですが、二人も今日は遅刻しても――いえ、休んでもいいです」
「「え?」」
「じゃ、すぐに来てください」
同時に首を傾げた兄妹にそう言うと、母はドアを閉じて部屋を出て行った。
「……なんなんだ?」
「さあ……ああ、もしかして」
「あ」
そうか、と春太も気づいた。
母が転職するという話を、つい先日したばかりだ。
職場が変わるのは、決して小さな変化ではないのかもしれない。
まさか、単身赴任になるとか――
「ま、とりあえず聞いてみよう。ここで想像してたってしゃーない」
「……そうですね」
雪季は、きゅっと春太の手を握ってきた。
このときは――二人はまだ、なにも知らなかった。
なにも。
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