第11話 妹は友達に兄を寝取らせない
「……つまんねー」
「おい、こら。もっと楽しそうにしろ、春太郎。後輩たちが見てんだぞ」
母校の体育館。
春太は松風とともに、バスケ部員たちの練習を見ている。
一応、春太も経験者ということで指導の真似事をしているが、面白くはない。
正直、
友人を裏切れないので、まさか帰りはしないが。
「つか、松風。ウチのバスケ部、もうちょっと強くなかったか? 今年、レベル下がってんだろ」
「それも言うな。今はチームに180センチ超えすらいないしなあ。やっぱ、バスケはデカいヤツいないと厳しいわ」
「だろうな」
一番大きい選手がつとめるポジションの“センター”も177センチの春太と同じくらいの身長だ。
中学生なら悪くはないが、もっと大きいセンターは中学生でもたくさんいる。
松風が抜けた新チームの先行きは厳しそうだ。
「お兄ちゃーん」
「ん? あれ、雪季。まだ帰ってなかったのか」
振り返ると、なぜかジャージの上着にハーフパンツという格好の雪季がいた。
体育館に入ってきて、笑顔で走り寄ってくる。
練習中のバスケ部員たちが、ざわざわと騒ぎ出す。
有名な美少女、雪季の登場に興奮しているようだ。
その雪季は注目されていることにも気づかず、走ってきて――
ジャージの上着のファスナーは胸の下まで下げられていて、Tシャツ越しにおっぱいがぷるんぷるんと弾むように揺れている。
「…………」
「お兄ちゃん、ちょっとこれから――ひゃうっ?」
春太は目の前で立ち止まった妹のジャージのファスナーを、ぐいっと強引に閉める。
「ちゃんと閉めとけ」
「え? は、はぁ」
バスケ部の後輩たちが不満そうな声を上げるが、春太がひと睨みすると黙った。
「ちょっとー、ふーたん、速い!」
「失礼するっすー」
今度は、体育館に別の女子二人が入ってきた。
春太も見知っている雪季の友人二人で、彼女たちも同じジャージ姿だ。
雪季が桜羽家に呼んだことがある数少ない友人でもある。
氷川はショートカットで、小麦色の肌。
冷泉は赤いフレームの眼鏡に、黒髪ボブ。
この二人の後輩も可愛く、校内での人気は高い。
「なんだ、その格好? 雪季も……そっちの二人も部活やってないだろ?」
「最近、バスケの3on3が女子で流行ってるんですよ。せっかくお兄ちゃんが中学にいるんですし、たまには外で遊びましょう」
「遊びましょうって……ゴールは部活で使ってんぞ」
「グラウンドの隅にバスケットゴールがあるでしょう。あそこでやってるんです」
「あー、あったな、そんなの」
この中学のグラウンドには、なぜか古びたバスケットゴールがある。
「つーか……氷川と冷泉はいいけど、雪季がいたら実質3on2だろ」
「私、戦力的にはゼロなんですか!?」
むしろ足を引っ張ってもう一人分マイナスになるくらいだが、それを言わないのが兄の優しさだった。
「いいから、行ってこい、春太郎。女子にもバスケの楽しさを知ってもらいたい。布教してこい」
「おまえ、適当言ってんだろ」
ちなみにこの中学には、女子バスケ部はない。
春太は仕方なく、雪季たち三人とグラウンドへ出た。
確かに、グラウンドの隅で何人かの女子たちがキャッキャとバスケを楽しんでいる。
「すみませーん、このあと私たちにもゴール使わせてもらえますか?」
雪季が、ぱたぱたと走って行って先客たちと話し込み始めた。
「おお……雪季が交渉してる……!」
「最近、人見知り治ってきたみたいですよ。氷川たち以外とも遊んでますし」
「3年になってからは、桜羽先輩に頼れないっすから。ボクらも友人の成長を見守ってるっす」
氷川と冷泉が、ここ最近の雪季について説明してくれる。
兄の知らないところで、妹は成長を見せているようだ。
ちなみに、氷川は一人称が“氷川”、冷泉は“ボク”だ。
学校一の美少女の友人だけあって、この二人もどこか普通ではない。
「お兄ちゃん、ひーちゃん、れーちゃん、今ちょうど試合終わったところなんで、すぐ使っていいそうです!」
雪季がまた、ぱたぱた走って戻ってくる。
「あ、お兄ちゃんチームはどうしますか? 誰か二人入ってくれますかね?」
「ん? 雪季チーム三人対俺一人でいいぞ」
「ひーちゃん、れーちゃん、ウチの兄が二人のことナメてますよ?」
「いや、ボクらじゃなくてナメられてるのはフーっす」
「しかも友達の氷川たちでも否定できないから、ふーたん」
妹は言葉を飾らない友人たちを持っているようだ。
雪季は、ぐぬぬと悔しそうな顔をする。
「つか、俺は経験者で男子で年上だ。それくらいのハンデはいるだろ」
春太は、ぐっぐっと身体をほぐしていく。
服装はパーカーに、柔らかくて動きやすいストレッチジーンズ。着替えの必要はない。
年下女子といえども、三人を相手にするのはしんどそうだが、妹の前で弱腰にはなれない。
「じゃ、始めるか」
「あ、はい。桜羽先輩、ここでのルールはちょい特殊なんすよ。まず――」
冷泉が軽く説明してくれる。
彼女が、一番ここでのバスケをやりこんでるそうだ。
眼鏡っ子で文系っぽいが、実は意外と運動神経がよかった記憶がある。
「ふーん、了解。後輩たちに先攻を譲るよ」
ここでの3on3は細かいルールは無視。
重要なところは2ポイントラインの外にボールを持ちだしたチームが攻撃側に回る、という程度らしい。
「お兄ちゃん、私もシュートはゴールに届かなくてもドリブルくらいはできますよ!」
なんの自慢にもならないことを言いつつ、雪季がドリブルを始める。
春太は雪季の前にゆっくり近づいたかと思うと――素早く払うようにしてボールを奪い、慌てて妨害に来た氷川もかわして、ラインの外へ出る。
あっという間の攻守交代だった。
「うわっ、桜羽先輩、大人げなっ!」
「後輩相手に本気出してるっすよ、この人!」
氷川と冷泉が、ぎゃーぎゃーとわめいている。
弱者の遠吠えが春太には心地よい。
「ふん、俺は女子供には強気だぞ」
「やべー、友達の兄貴だけど前からやべー人だとは思ってたよ」
「さくまつのイカレたほう、って呼び方はガチっすよね」
妹の友人二人も、やはりなかなかいい性格だ。
しかも、中学でもさくまつという通り名があったらしい。
「ヘイヘイ、お兄ちゃん、悪いですが通しませんよ。私が転ぶかもしれないのに、強引に突破はできませんよね?」
「…………」
雪季は春太のすぐ前で、両手を大きく広げて立ちはだかった。
なるほど、ドリブルで抜き去ろうとしたら雪季とぶつかってしまうかもしれない。
「よっ」
「きゃぁっ!?」
春太が人差し指で、雪季のおっぱいを軽くつつくと、彼女は反射的に手で胸を押さえた。
その隙を見逃さず、春太は急加速して妹の横を通り抜け、軽くゴールを決める。
「ちょ、ちょっと、れーちゃん! 今のアリなんですか!?」
雪季が冷泉にルールを確認している。
「女子同士のセクハラはむしろ推奨、男女でのセクハラは永久追放、兄妹の場合は――フー次第っす」
「……ぐぬぬ、推奨です」
「推奨なのかよ」
春太も後輩女子たちの前で妹にセクハラするのもいかがかと思ったが、本人からの許可があっさり出てしまった。
「あ、桜羽先輩、フーは好きにしていいっすけど、ボクたちの胸はダメっす。まあ、お尻くらいなら、なんとか」
「揉むのはふーたんのおっぱいだけにしてください。こいつ、氷川たちを差し置いてすくすく成長しすぎなんで……って、ダメじゃん! 揉まれたらもっとデカなるやん!」
「急に関西弁になるな、氷川。とりあえず冷泉は俺に後ろを取られたら覚悟しろよ」
「きゃーっ!♡」
「氷川はお尻もあかんで!♡」
「こうなったら、先制攻撃っす! 妹にばっか構ってんじゃねーよアタック!」
「たまには後輩とも遊べタックル!」
「ちょっと待て! 次はおまえらのボール――」
春太はドリブルしていた手を止めて、逃げようとしたが遅かった。
後輩女子二人が、左右から一気に飛びかかってくる。
かわしきれず、春太は氷川と冷泉に体当たりをくらい、倒れ込んでしまう。
「って、それはさすがにファウルだろ!」
「ここのバスケはルール無用っす――って、きゃあっ、マジでお尻! お尻掴んでる! 痴漢にも触られたことないっすよ!」
「ちょっ、先輩の腕、氷川のおっぱいに当たってますよ! Bカップになったの、気づいてたんですね!」
ぎゃあぎゃあと後輩二人は楽しそうに騒いでいる。
冷泉のぷりんとしたお尻の弾力、氷川の慎ましくも確かな胸の柔らかさが伝わってきている。
「……なーんてね。先輩、妹の友達にも優しいっすね」
「おまえな……」
ボソボソっと冷泉が、春太の耳元にささやいてくる。
赤フレーム眼鏡の奥の目が、意味ありげな視線を向けてきている。
春太が飛びかかってきた二人を支えてやったことに、気づいているらしい。
「と、友達が私を裏切ってお兄ちゃんにちょっかいを……!」
雪季は慌てて駆け寄ってきて、春太から二人の友人を引き離す。
「というか、誰の胸もお尻もダメです! お兄ちゃん、女子中学生のおっぱいとお尻を触りたいなら妹で我慢してください!」
「……なんか、後輩女子たちからの蔑みの視線が凄いんだが」
集まってる二十人ほどの後輩女子の一部から、ゴミを見る目が向けられている。
春太は3on3は負ける気はしないが、ここに来たことが負けだと悟った。
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