妹はカノジョにできないのに(旧題『15歳JC妹(略)』)
かがみゆう
1章
第1話 妹と朝チュンできない
天井が近い。
朝、目覚めるといつもそう思う。
幼い頃から見慣れた景色、二段ベッドの上の段。
もう高一にもなって、さすがに子供の頃から使ってる二段ベッドは窮屈になってる。
あと、天井が近いのは圧迫感があってイヤだ。
枕元のスマホの画面に触れる。
ぱっと液晶がついて時刻が表示される。6時32分。
起きるにはまだ少しばかり早い。
あと30分ほど寝ても、学校には間に合うのだ。
とはいえ、今朝はばっちり目が覚めてしまった。
天井も近いし、いつまでも見てると不意に殴りつけたくなる。
罪のない天井を殴るくらいなら、さっさと起きてしまえばいい。
春太はスマホを手に取り、身体をくるっと回して二段ベッドのハシゴに足をかける。
身体を起こして、ハシゴを一段下りると――
「わっ……!?」
そこに、女の子がいた。
長くてつややかなストレートの茶髪、整った顔立ちと、小さくてシャープな輪郭。
華奢な肩に、大きくふくらんだ胸元とそれを包む白いブラジャー。
下にはチェックのミニスカート。
右足だけ黒のニーソックスをはいている。
まさに、着替えの真っ最中だった。
彼女の大きな目がさらにまんまるに見開かれ、すうっと息を吸い込んで――
「きゃあああああああああああああああっ!」
「お、おい……!」
悲鳴を上げる少女。
彼女は逃げるようにあとずさって――
「はー、びっくりしました。まさか、お兄ちゃんがこんな早い時間に起きてくるなんて」
女の子は笑顔になると、大きく息を吐いて困ったように言う。
「悪い悪い、
春太は苦笑しながら、ゆっくりとハシゴを下りる。
この八畳の部屋は、
二段ベッドと、壁際には小学生の時から使っている学習机が二つ並んで置かれている。
本棚は共用で、並んでいるのは兄の少年漫画と妹の少女漫画。
戸が開け放たれたクローゼットはちょうど半分ずつ、兄妹の服が掛けられている。
「珍しいですね。あと30分は寝ていられますよ。起こしてあげますから、もう少し寝ていたらどうですか?」
「せっかくだからたまには早起きするよ。着替え中に悪いな」
「あはは、かまいませんよ」
雪季は春太に背を向け、もう片方のニーソックスを屈みながら穿く。
ミニスカートの裾から、白いパンツがちらりと見える。
「……雪季、またスカート短くなったんじゃないか?」
「あ、バレました?」
雪季は振り向き、ぺろりと舌を出す。
あざといほど可愛い仕草だった。
「ほんのちょっと短くしただけなんですが……ちょうどいい可愛い長さを見極めたんですよ。ダメですか?」
「雪季が可愛いのはいいけどさ。少し屈んだだけで見えてるぞ」
「うーん、それはまずいですね。ウチの中学、なぜかショーパン禁止ですからね。もう少し長くしてみましょうか」
「そうしろ、そうしろ。まあ、雪季は足が長いからミニスカ似合うんだよな」
「ふへへ」
変な笑い声を上げながら、ニーソックスを穿いて、くるりと一回転する雪季。
ミニスカートの裾がひらりと舞って、またもや白いパンツがちらり。
しかも、上はまだブラジャー姿のままだ。
「どうですか、お兄ちゃん」
「ああ、可愛い可愛い」
雪季は自分の可愛さをしっかり意識している。
昔から自覚はあったが、中学生になってからは自分磨きに余念がない。
中二に上がった頃に髪を茶色に染めたし、薄くメイクもするようになった。
髪や肌の手入れにも熱心で、オシャレも研究しているし、下着にも手を抜かない。
「お兄ちゃんに褒められると嬉しいです。でも、ちょっと困ってるんですよね」
「困ってる?」
「ほら、ご覧のとおりまた胸が大きくなってきてるんですよね」
「んん……? よくわからねぇな」
じーっ、と春太は雪季の白いブラジャーに包まれた胸を凝視する。
雪季はまだ中三。
歳の割に、お椀のように形のいい胸は大きくふくらんでる。
ただし、一センチや二センチ大きくなっても、さすがに違いには気づけない。
「ほら、ちょっと触ってみたらわかるんじゃないですか?」
「どうだろうなあ、手触りでも難しくないか?」
そう言いつつ、春太は雪季のブラジャー越しに胸に触れてみる。
ぷにっとブラジャー越しでも柔らかさと、手のひらになんとか収まる程度のサイズ感も伝わってくる。
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん……!」
「な、なんだよ!」
胸を触られて、顔を赤くしてぎろりと春太を睨みつける雪季。
「雑に触りすぎです! せっかくいい感じにブラを着けたのに、ズレちゃったじゃないですか!」
「怒るのそこなのかよ!」
無遠慮に胸を揉まれて、さすがに怒ったのかと思ったら、全然違っていた。
「ブラジャーも綺麗に見えるように着けるのは、けっこう大変なんですよ」
「人に見せるわけでもないだろ。だいたい、どう着けたって、動き回ってりゃズレてくるんじゃないか?」
「着けるときに、ぴたっと胸をいい感じに収めたいんです」
「そ、そうなのか……悪かったな」
春太は謝りつつも、少し呆れてしまう。
なにをもっていい感じで、今がどう悪いのかまったく判断がつかない。
雪季は変に几帳面なところがある。
TVのリモコンなども位置をきっちり決めていて、少しでもズレていると直さずにはいられないタイプだ。
「許します。でも、ブラはまたサイズ上げないといけないみたいです」
「またか? ちょっと前にブラジャー買ったばかりじゃなかったか?」
雪季が買ってきたばかりの白、ピンク、水色のブラをわざわざ一つずつ身につけて見せてきた記憶があった。
似合うかどうか兄に確認してほしかったらしい。
「ブラも安くないんだろ。小遣いで買ってたら財布がもたないよな。母さんに金出してもらえよ」
「お兄ちゃんも一緒に言ってもらえます……?」
上目遣いでお願いしてくる妹。
「わかった、わかった。母さん、なんだかんだで雪季に甘いから大丈夫だろ。それに必要なもんなんだから」
春太の家では、小遣いが平均より多めに渡される一方、日用品も自腹で買うのが原則だ。
ただ、男子と女子では下着もまた別物。
雪季の貴重な小遣いが、すくすくと発育する身体のせいで消費されるのは可哀想だ。
春太が口添えしてやれば、母は下着代くらいは出してくれるだろう。
もし無理なら、春太が資金援助してやればいい。
「よかった。ささっと着替え済ませちゃいますね。今日はネクタイにしようかな。お兄ちゃん、結んでくれます?」
「俺がやると結び目でかくなるんだよなあ」
苦笑しつつ、春太は雪季から渡されたネクタイを手に取る。
雪季はブラウスを着て、ボタンを留めたところだ。
彼女の中学校では、女子の制服はネクタイかリボンが選べる。
雪季なら、どちらも似合うが、密かに春太はネクタイのほうが可愛いと思ってる。
妹の細い首にネクタイを巻きつけ、さっさっと結ぶ。
「うーん、やっぱり結び目がいびつなような……」
「いいですよ、これで。ちょっとラフなくらいが可愛いです。可愛いんですよ」
「うおっ」
雪季がぴょんと春太に抱きついてくる。
「お、おい、せっかく結んだのに形が崩れちゃうだろ!」
「朝のハグですよ、朝の。忘れてました」
ぎゅーっと抱きついてくる雪季。
別に毎朝妹と抱き合う習慣などないのだが……雪季は、思いつきで甘えてくることが多々ある。
春太は苦笑いしながらも、雪季の華奢な身体をぎゅっと抱く。
細いけれど、縦にはずいぶん大きくなった。胸も。
それでも、やっぱりどこかで彼女は小さな妹のままだ。
物心ついた頃から知っている、可愛い妹のまま――
「じゃ、朝ご飯つくりますね。お兄ちゃん、今朝の卵はなにがいいですか?」
「昨日は目玉焼きだったから、スクランブルエッグがいいかな」
「任せてください。トロトロで美味しいヤツをつくりますね」
雪季は不敵に笑い、ぐっと拳を握り締める。
可愛い上に、朝食までつくってくれる。
こんなによくデキた妹が他にいるだろうか。
春太は朝から世界一幸せな兄だった。
このときは――世界一幸せだった。
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