第26話
膝から崩れ落ちたアーサーには蔑みの視線が向けられた。
当然だ。招待客全員を巻き込んだ愚かな振る舞いを行ったのだから。
どう収拾をつける気なのだと思っている笑い声を上げる人物が一人いた。
「あははは!ばっかみたい!」
声の主はアーサー殿下に突き飛ばされて床に転がっていたストーン伯爵令嬢だった。
顔を上げた彼女は普段の愛らしい姿はどこに消えたのか悪魔のように顔を歪めている。
そして彼女の視線の先にいるのはアーサーだった。
「アーサー、あんた簡単に見捨てられちゃって馬鹿みたい。私を振るからバチが当たったのよ!ふふっ!あんたのアホ面を見れたのは最高に良かったわ!」
彼女は何を言ってるのでしょうか。
ストーン伯爵令嬢は狂ったように笑っていた。しかし私を視界に捉えた途端「でも、アーサーだけが不幸じゃ意味がないのよね…」と呟く。
「ソフィア!なんであんたが隣国の王子と婚約してるのよ!」
私を指差しながら大声を出してくるストーン伯爵令嬢。
なんでと聞かれても婚約を申し込まれたからとしか言いようがありません。
それに私達の婚約は貴女には関係ない事でしょう。
そう言ってあげたかった。
「アーサーに振られたからって隣国の王子に泣きついたわけ?」
「そんな事は愚かな事はしておりません」
変な言いがかりを付けられるのはご勘弁願いたい。はっきりと告げればストーン伯爵令嬢は更に取り乱す。
「嘘よ!」
「嘘ではありません」
面倒な人ですね。
私に恨みでもあるのでしょうか。
彼女の恨みを買った記憶はない。そもそも関わった事すらありません。
「うるさい」
嘘だと喚き散らす彼女に低い声を出したのはウィル様だった。
彼の怒りを感じ取ったのかストーン伯爵令嬢は動きを止めて真っ直ぐこちらを見てくる。
「アーサー殿下と婚約を解消したソフィア嬢に婚約者になって欲しいと頼んだのはこの私だ。彼女に泣きつかれた事実はない。勝手な事を言うな」
ぽかんとするストーン伯爵令嬢。その隣には信じられないと言ってきそうな表情をするアーサー殿下がいた。
ある意味お似合いな二人ですわ。
「な、なんでよ!どうしてソフィアなんかが幸せになれるのよ!あんたが不幸にならないと私の計画が台無しじゃない!」
私の不幸?計画?
彼女は何を言っているのでしょうか。
ストーン伯爵令嬢の言っている事の意味が分からず首を傾げる。
「私の復讐相手はアーサーとオズワルデスタ公爵なのよ!私の事を振った男なんてみんな不幸になれば良いの!二人をまとめて不幸にするにはソフィア、あんたが死ねば良いのよ!」
アーサーだけでなく父も驚きに目を瞠った。
二人に復讐する理由は理解は出来ないけど分かった。
しかし、どうして矛先が私に向くのだ。
「ソフィ、俺の後ろに下がれ。嫌な予感がする」
「え?」
ウィル様に言われた事に驚いているとよろよろと立ち上がったストーン伯爵令嬢が私を鬼の形相で睨み付けてくる。
「殺してやる…!あんたは殺してやるんだからぁ!」
そう叫びながらこちらに向かって走ってくるストーン伯爵令嬢の手には小型のナイフが握られてしまいました。
私を刺そうとしてるのは明白です。しかしナイフは私の元には届きませんでした。
「俺の大切なソフィに刃を向けたな?」
ウィル様がストーン伯爵令嬢の腕を捻り上げて、地面に押し付けたのだ。
「離してよ!私はあの女を殺さないといけないのよ!」
これまでも王太子の婚約者として殺意を向けられる事はあったし、暗殺者を向けられる事だって少なかった。
怒り、妬み、恨み、憎しみ。
それらがごちゃ混ぜになった殺意は初めてだ。
「チャーリー、この女を摘み出せ。私の婚約者を傷つけようとしたのだ。手荒くして良い」
「承知しました」
「やだっ!離して!離してよ!」
ジタバタと暴れるストーン伯爵令嬢は最後の抵抗として手に握っていたナイフを私に向かって投げつけてきたのだ。
「…っ!」
「ウィル様!」
ナイフから私を庇ったのはウィル様だった。
彼の頰を掠めたそれは床に転がる。
「も、申し訳ありません」
「ちょっと頰に傷が入ったくらいだ。ソフィが気にするな」
「ですが…」
「俺が傷つくよりソフィが傷つく方がよっぽど辛い。そんな顔をするな」
宥めるように私の頭を撫でて抱き寄せてくるウィル様に寄りかかる。視界の先に映ったのは連れ出されて行くストーン伯爵令嬢。
扉が閉まる最後まで私を睨み続けていた。
「フール国王、アーサー殿下とストーン伯爵令嬢の処罰を」
低い声を響かせたのはウィル様だった。
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