第5話

「しかし殿下のお相手が『最悪の悪女』とは…」

「あなた、アーサー殿下があの女の正体を知ったらソフィに復縁を迫ってくるかもしれませんわ」

「そうだな。その前に何とかしないと」


怯えてしまったジョセフを宥めていると両親の会話が聞こえてくる。


「ソフィ、しばらくルイのところに行かないか?」

「お兄様のところ?」

「あぁ」


ルイとは次期公爵として数年前から領地の管理を任されている四歳離れた兄である。

つまり兄のところに行くという事は領地に行くという事である。しかしそうなるとここに住む家族とは離れ離れになってしまう。

どうしたものかと思っていると母に手を握られた。


「離れるのは事が落ち着くまでの間よ」

「お母様…」

「それにレイラの代わりにルイを手伝ってほしいのだ」


レイラとは五年前に兄と結婚した元侯爵令嬢であり、私の義理の姉に当たる存在だ。

優しくて穏やかな義姉。

姉が欲しかった私としては兄の結婚は嬉しいものだった。


「お義姉様の代わりにお兄様の手伝いですか?」

「そうだ。もうすぐ二人の子供が産まれるのはソフィも知っているだろう」

「もちろんです」


数ヶ月前、兄とレイラから妊娠の知らせが来た時は屋敷中が大騒ぎになったのをよく覚えている。

それにお祝いの品も贈っている。


「だからしばらくはルイの手伝いが出来ないそうだ。代わりにやってくれないだろうか?」


婚約破棄をされた今の私は傷物令嬢だ。

アーサー殿下は私の今後をどうにかすると言ってたが正直に言えば余計なお世話。

もう関わらないで欲しいとも思う。

領地に行けば彼に会う事もなくなるし、兄の手伝いをしていれば家の穀潰しになる事もない。

こちらの家族と離れるのは寂しいが良い事だらけの提案だ。


「分かりました。お兄様のお手伝いに領地に出向きます」

「すまないな」

「いえ、気遣っていただきありがとうございます」


領地に戻る事は決まった。

ただすぐに行くわけにはいかない。

アーサーにはお別れを言えたがお世話になった陛下や王妃様にはまだ言えていない。

礼儀としてお礼とお別れはするべきだ。


「お父様、陛下や王妃様にお会いする事は出来ますか?」


尋ねた瞬間、父も母も顔を顰めた。


「駄目だ」

「ですが…」

「今は駄目って事よ」


どうして駄目なのだろう。

婚約破棄された人間が会いに行くのはいけない事なのだろうか。


「何故ですか?」

「陛下達がソフィを気に入っていると言ったでしょ。だから会いに行けば婚約者に戻されるかもしれないわ」


アーサーの婚約破棄はおそらく誰にも相談されずに行われたものだ。陛下達が知った時にどうなるか分かったものではない。

再び彼の婚約者にされるのは絶対に嫌だ。


「落ち着いたら会いに行っても良いですか?」

「ああ、もちろん。なにか伝えたいことがあるのなら手紙を書きなさい。私が渡しておくよ」

「分かりました。ありがとうございます」


手紙だけでお礼とお別れをするのは良くないが落ち着いたらまた会いに行けばいい。


「陛下の方には私から伝えておこう。正式な婚約破棄もそこで行わせてもらう。ソフィは来なくていいからね」

「よろしくお願いします」


父の言葉に大きく頷いた。



それから数日後、私は領地に向かった。

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